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僕は染まりきれないカメレオン |記憶めぐり第16話

    なぜ自分は、どこへ行っても
    染まりきれなかったのか。

    その問いの輪郭が、
    姉の死をきっかけに、
    少しずつ自分の中ではっきりしてきた。

    僕はこれまで、
    いくつもの場所を渡り歩いてきた。

    幼少期はイギリスで過ごし、
    その後、日本に帰国した。

    中学・高校はアメリカ。
    そのアメリカ生活の中でも引っ越しを経験した。

    そしてまた日本へ戻り、
    予備校、大学、社会人と進んできた。

    環境が変わるたびに、
    そこに流れている空気も、
    人との距離感も、
    求められる振る舞いも変わった。


    そのたびに、うまく馴染めないこともあった。

    日本に帰国したばかりのころは、
    文化の当たり前がわからず戸惑うことが多かった。

    社会人になってからも、
    新入社員研修の初日に空回りしたことがある。

    最初から自然に馴染めた場所なんて、
    ほとんどなかったと思う。

    ただ、不思議と、毎回
    そこで終わるわけでもなかった。

    失敗して、少し浮いて、戸惑って。

    それでも時間をかけて、
    なんとかその場所でやっていけるようになる。

    完全に馴染むわけではない。
    でも、完全に外れるわけでもない。

    ずっと、その繰り返しだった。


    それまで僕は、これをずっと
    自分の弱さだと思っていた。

    ひとつの場所に自然に馴染み、
    その文化や価値観を
    自分のものとして生きられる人がいることは理解していた。

    自分には、それができない気がしていた。

    どこへ行っても、ある程度までは適応できる。
    でも最後の最後で、なにかが残る。

    少しだけズレている感覚。
    入れてはいるけれど、入りきれてはいない感覚。

    その理由を、それまでの自分はうまく説明できなかった。



    ずっと言葉にならなかったものに、やっと名前がついた

    その感覚に初めて輪郭が生まれたのは、
    姉の死をきっかけとした出来事の中だった。

    ただそれは、一度で答えが出るようなものではなかった。

    むしろその後の社会人としての経験の中で、
    その感覚が少しずつはっきりしていった。

    「お姉さんの死は残念だが、今こそ仕事を頑張る時だ」

    これを言われて、自分の中で
    何かがはっきりしていく感覚があった。

    何を大切にしたいのか。
    どんな人と関わって生きたいのか。
    どんな場所に身を置きたいのか。

    それまで曖昧だった問いが、
    初めて自分の中に現れた。


    そして同時に気づいたのは、
    「適応できないこと」が問題だったわけではない、
    ということだった。

    理解はできる。合わせることもできる。

    それでも、最後のところで、
    完全には自分のものにならない。
    あるいは、したくない。

    そんな感覚が、
    ずっと前から自分の中にあった。

    そしてそのとき初めて、
    自分の中にあった感覚の輪郭が、
    「染まりきれない」という言葉と結びついた。

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    染まりきれないまま、生きていく

    染まりきれなかった理由は、
    単純に能力の問題だったのかもしれない。

    あるいは、
    ひとつの場所に深く留まり続ける強度が、
    自分には足りなかったのかもしれない。

    それは今でもわからない。

    ただ同時に、どこかで
    「完全に染まること」そのものに、
    抵抗があったのも事実だと思う。

    昔は、それを欠点のように感じていた。

    でも今は、少し違う見方ができるようになった。

    染まりきれなかったからこそ、
    見えた景色があった。

    ひとつの価値観の内側だけでは、
    気づけなかったこともあった。


    そして何より、僕の人生は、
    決して浅い関係の連続だったわけではない。

    むしろ、人との縁に
    ずっと支えられてここまで来た。

    場所は変わった。環境も何度も変わった。

    それでも、その時々で出会った人たちとのつながりが、
    今の自分をここまで運んできてくれた。

    僕はたぶん、これからも
    何かに完全に染まりきることはない。

    けれど、それでいいのだと思う。

    染まりきれないまま、
    その時々で出会った人や場所の色を
    少しずつまといながら、
    これからも生きていくのだと思う。



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    記憶めぐりその17
    『染まりきれないまま、家族になった』


     
     
    幼少期をイギリスで、思春期をアメリカで過ごした。 帰国子女という肩書きだけが先走り、自分の輪郭はずっと曖昧なままだった。 姉を亡くし、15年以上経ってやっと、過去と向き合う気になった。 姉は絵を残した。僕は言葉を残す。

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