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染まりきれないまま、家族になった |記憶めぐり第17話

    僕はずっと、恋愛の中でも
    どこか染まりきれないまま生きてきた。

    相手のことが嫌いなわけではない。

    むしろ大切に思っていた。

    それでも、どこか深いところで、
    完全には交わりきれない感覚があった。

    近づきすぎると壊れてしまいそうで、
    離れすぎると何も残らない。

    そのあいだの、
    ちょうどいい距離を探し続けていた気がする。

    そんな中で、唯一、
    例外のように出会った人がいる。

    妻だ。

    その人のことだけは、
    理屈ではなく好きになった。

    理由を並べる前に、
    もう惹かれていた。

    もっと深いところで、
    最初から決まっていたような感覚だった。

    彼女は、僕のコンプレックスごと、
    そのまま受け入れてくれた。

    理解しようとしてくれた、というより、
    そこも含めて自然にそこに置いてくれた。

    僕にとって、それはとても珍しいことだった。


    それまでの僕は、
    関係の中で何度も変わることを求められてきた。

    足りないところを直したり、
    もっと相手に合わせたり。

    そういうやり取りを重ねながら、
    人と関わってきた。

    もちろん、それが悪いことだったとは思わない。

    ただ僕は、そのやり方に、
    どこかでずっと馴染めなかった。

    でも彼女との関係には、
    それがなかった。

    変わらないままでも、
    一緒にいられた。

    それは僕にとって、
    少し不思議で、かなり救いだった。


    仕事の都合で海外に出る前に、
    僕たちは結婚した。

    劇的な出来事があったわけではない。

    ロマンティックな決断というより、
    一緒に行こう、という選択だった。

    そのまま移住して、
    慣れない土地で生活を始めた。

    もちろん、順調なことばかりではなかった。

    お互いに余裕を失う日もあったし、
    理想の夫婦像からは遠い時間もたくさんあった。

    でも、不思議と壊れなかった。

    むしろ、きれいごとでは済まない時間を
    一緒に過ごしたことで、
    関係が少しずつ現実になっていった気がする。

    その後、パンデミックの影響で、
    予期しない形で別々の国で暮らすことになった。

    2年も、だ。

    同じ夫婦なのに、
    別々の国で生活していた。

    普通なら、その距離は
    関係を弱らせてもおかしくなかったと思う。

    でも、その時間があったからこそ
    見えたものもあった。

    依存でもなく、
    ただの同居でもなく、
    それぞれが自分の生活を持ちながら、
    それでも関係を続けていくこと。

    一緒にいることより、
    一緒にいられる状態をどう保つか。

    気づけば、僕たちは
    そんなことを考えるようになっていた。


    その後、
    子どもを持つことについて話すようになった。

    子どもを持ちたいのか。
    どこで産むのか。
    どこで育てるのか。

    その問いは、
    気持ちだけでは答えが出なかった。

    生活や仕事や時間、
    いろんな現実とつながっていた。

    何度も話した。
    何度も考えた。

    その延長で、
    不妊治療にも向き合うことになった。

    海外のクリニックに通いながら、
    長い時間を過ごした。

    思い通りにいかないことも多かった。
    先が見えなくなることもあった。

    そのたびに、家族になるということの輪郭が、
    少しずつ変わっていった。

    まっすぐ進む道ではなかった。

    でも僕たちは、その都度、
    同じ方向を見ようとしていた。


    そして2026年2月、
    第一子が生まれた。

    息子が生まれた。

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    正直、自分でも驚くくらい可愛いと思った。

    少し照れくさいけれど、
    本当にそうだった。

    小さな体で、ただそこにいる。

    それだけなのに、目が離せなくなる。

    父親になったという実感より先に、
    ひとつの生命としての存在感に圧倒されていた。

    気づけば、守ろうとするより、ただ見つめている。

    そんな時間が増えた。


    同時に、不安もある。

    僕はずっと、
    どこかで染まりきれないまま生きてきた。

    そのままの僕が、
    父親としてやっていけるのか。

    息子とちゃんと関係を築いていけるのか。

    うまく言葉を交わせるのか。

    あるいは、どこか噛み合わないまま
    時間が流れていくのか。

    そんなことを考える。

    でも今は、その答えを
    急がなくていい気がしている。

    目の前にいる、
    この小さな存在と向き合い続けること。

    今の僕にできるのは、
    それだけだと思う。

    この先、この子がどう育っていくのかはわからない。

    そして、僕が父親として
    どう変わっていくのかも、
    まだわからない。

    ただ一つだけ確かなのは、

    この関係が、
    これまでのどの関係とも違うかたちで、
    これから先も続いていくということだ。


    この子がこれから何を受け取り、
    何を残していくのかはまだわからない。


    ただ気づけば僕も、
    受け取る側から、
    渡していく側へ、

    少しずつ立つ場所が変わり始めている。



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    記憶めぐりその18 最終話
    『統合失調症で逝った姉が残した絵を、これからどうしていくか』



     
     
    幼少期をイギリスで、思春期をアメリカで過ごした。 帰国子女という肩書きだけが先走り、自分の輪郭はずっと曖昧なままだった。 姉を亡くし、15年以上経ってやっと、過去と向き合う気になった。 姉は絵を残した。僕は言葉を残す。

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