
「船ごと沈めればいいんだね、かあさま」/漫画『巡礼の印』第5話(巻末歴史解説付)
遣唐使に選ばれた広成たち。
志願と選考にはさまざまな想いが交錯していた。
そして、正体を隠して船に乗る者たちと、その命を狙う者がいた。
不穏な空気のなか、船は難波津から出航し、九州、そして奄美大島へ。
一方、現代に生きる竜星は、広成たちを待ち構える悲劇を回避する方法をさぐろうとする。
夢の秘密やDJノエルの思惑がすこしずつ紐解かれていく。
いざ「巡礼の印」を探す旅へ。
第5話本編(ビューア)
次の話(第6話)
前の話(第4話)
ビューアが落ちるときは(第5話本編)























次の話(第6話)
★巻末歴史解説シリーズ 5.遣唐使船
遣唐使船には、どんな人が乗っていた?
第5話で海へ出た遣唐使船は、外交官だけを運ぶ船ではありません。
使節、留学生、僧、従者、操船技術者、通訳に祈祷師。
そして船を動かす人々が数隻の船に分かれて乗る、大きな遠征隊でした。

使節
大使、副使、判官、記録を担う役人たちです。
唐の皇帝に国書や贈り物を届け、帰国後には見聞を朝廷へ報告します。
広成、馬主、養年富たちは、作中では判官としてこの役目を担います。
学びに行く人々
留学生や留学僧は、唐の制度、仏教、医学、天文学、文章、音楽などを学ぶために渡りました。
彼らが持ち帰る知識や技術も、遣唐使の大きな目的でした。

船を動かす人々
もっとも人数が多いのは、帆を扱い、舵を取り、櫂を漕ぐ船員たちです。
特に水手(かこ)は、風のない海や沿岸で長い櫂を操る重要な役目でした。
船の旅は、外交官だけでなく、こうした海の専門家に支えられていました。
そのほかの人々
通訳(漢語、奄美語など)、医療や祈りに関わる人、船の修理に携わる人、使節に仕える従者なども同行しました。
船ごとの人数や構成は一定ではなく、航海の途中で船団が離ればなれになることもありました。
難波津から長安まで

第5話では天平5年(733)の遣唐使が奄美経由の南島路を進みました。
実際の航海では船ごとに風と海流に左右され、全員が同じ場所へ同じ順番で到着できたわけではありません。
一番安全な北路は、当時日本と新羅の関係が悪かったので選択できませんでした。
1. 難波津

現在の大阪周辺にあった港です。
朝廷のある奈良から海へ出る大きな玄関口として、
船団はここから西へ向かいました。
2. 大宰府

北部九州の行政と外交の拠点です。
唐・新羅など大陸との往来を管理し、
遣唐使にとっては最後の大きな準備地でした。
3. 奄美諸島

外洋へ出る前、風向きと海の状態を待つ場所です。
実際には船や時期によって立ち寄る島や港が異なりました。
4. 東シナ海から蘇州へ
最大の難所は東シナ海です。
帆だけでは進めず、天候が崩れれば船団が離れ、
漂流や遭難につながりました。
作中では江南の蘇州を唐側の到着地として描きます。
5. 蘇州から洛陽、長安へ
海を渡っても旅は終わりません。
江南から大運河や陸路を使って内陸へ入り、
東の大都市・洛陽を経て、唐の都・長安を目指します。
長安は現在の西安付近にあり、遣唐使にとって外交と学問の中心でした。

読むときのポイント
第5話の船出は、まだ冒険の入口です。
海を越えた後にも、運河、街道、洛陽、長安という長い旅が続きます。
だからノエルのいう「八世紀のアジア各地に散った遣唐使たちの痕跡」は、日本から中国への一本道ではなく、海と大陸をまたぐ旅の記憶なのです。