
「必ず三人で帰る」——しかし、二人は生きて帰れない/漫画『巡礼の印』第4話(巻末歴史解説付)
竜星は平群らが参加する733年の第十次遣唐使についてしらべはじめる。
そして、彼らの行く先に待ち構えるある残酷な事実を知ってしまう。
事件はこれから起きるようだ。
第4話本編(ビューア)
次の話(第5話)
前の話(第3話)
ビューアが落ちるときは(第4話本編)


















次の話(第5話)
★巻末歴史解説シリーズ 4.官位と役職
遣唐使と聞くと、
「唐へ行った日本の使節」とだけ覚えている人も多いかもしれません。
けれど実際には、遣唐使は数人だけの旅ではありませんでした。
大使や副使、判官、録事といった役人、留学生、留学僧、船を動かす人びと、水夫や職人など、多くの人が関わる大きな国家プロジェクトでした。
今回は、作中にも登場する遣唐使の役職と、奈良時代の役人たちの位階、官位、服装のルールについて、物語に必要な範囲で見ていきます。
遣唐使の役職
遣唐使は、唐の朝廷へ派遣される正式な外交使節です。
代表者だけが船に乗るのではなく、使節団として組織されました。
中心になる役職は、おおまかに次のようなものです。
大使: 使節団の代表。唐の朝廷に対して日本を代表する立場。
副使: 大使を補佐する副代表。大使に万一のことがあれば、任務を引き継ぐ立場でもある。
判官: 実務を担う中堅の役人。文書、交渉、手続き、現場判断など、旅の中核を支える。
録事: 記録係。書類、日誌、名簿、報告など、使節団の記録を扱う。
作中の平群広成、紀馬主、田口養年富は判官として描かれています。
判官は大使や副使より下の立場ですが、決して飾りの役ではありません。
航海、外交、現地での行動、帰国後の報告まで、
実務がわかる人間でなければ務まらない重要な役職です。

大使と判官の距離
第4話では、大使の多治比広成と、判官の平群広成が登場します。
同じ「広成」という名前でも、二人の立場は大きく違います。
大使は使節団の顔です。唐の皇帝や高官に対して、日本の朝廷を代表する責任があります。血筋、位階、政治的な信用も重く見られます。
一方、判官は現場を動かす実務担当です。
唐へ行くための準備、船団の中での調整、唐での手続き、帰国後の報告など、具体的な仕事を支えます。
つまり遣唐使は、「偉い人が船に乗る話」ではなく、外交、航海、記録、学問、宗教、技術が一つに集まったチームだったのです。
位階と官位
奈良時代の役人には、官職とは別に「位階」がありました。
官職は、何の仕事をするかを示す肩書きです。
たとえば遣唐使の大使、副使、判官、録事は、使節団の中での役目です。
位階は、その人が朝廷の中でどれくらいの身分かを示すランクです。
正三位、従五位下、正六位上のように表されます。
現代でいえば、役職名と等級が別にあるようなものです。
(現代の国家公務員も同じです。「課長」「部長」などという役職とは別に、「二級」「五級」という俸給の格付けをあらわす等級があります。)
この二つが組み合わさって、その人の待遇、給料、儀式での席順、着られる服の色、装備していい刀の豪華さなどが決まりました。
だから奈良時代の官人にとって、官位はただの肩書きではありません。人生そのものに関わる、かなり重い制度でした。
何位ならどれくらい偉いのか
位階は細かく分かれていますが、読者向けにざっくり見るなら、次のように考えるとわかりやすいです。
(平安時代以降の人物もまざっていて、作中の奈良時代とはちょっと基準が違うかもしれませんが、おもしろかったので調べてみました。)
一位: 太政大臣クラス。朝廷の最高位だが、ふさわしい人物がいなければ置かれない特別な官職(つまり大相撲でいう「横綱」)。→藤原仲麻呂、菅原道真、藤原道長、徳川家康など
二位: 左大臣、右大臣クラス。実際の政治を動かす最上層。→藤原不比等、長屋王、吉備真備、平重盛など
三位: 大納言、中納言クラス。朝廷の中枢で政務に参加する上級貴族。→大伴家持、多治比広成、平清盛、徳川光圀など
四位: 参議や各省の長官クラスに近い高級官人。かなり上の身分だが、三位以上とは扱いが違う。→藤原薬子、安倍晴明など
五位: ここから上が、いわゆる「貴族」と見なされるライン。地方官や中央官人としても上位。→山上憶良、秦朝元、紀貫之、源義経など
六位以下: 官人ではあるが、貴族というより実務を支える下級官人の層。→遣唐使任命時の平群広成、紀馬主など
とくに大事なのは、五位以上です。
律令国家では、すべての役人が同じ「お役人」だったわけではありません。五位以上になると、朝廷社会の中で一段上の身分として扱われ、貴族の入口に立ちます。さらに三位以上、または参議以上になると「公卿」と呼ばれ、政治の中心で発言できる上級貴族になります。
つまり、同じ官人でも、六位以下の実務官人、五位以上の貴族、三位以上や参議以上の公卿では、見える世界がまったく違いました。
服装は身分証だった

奈良時代の朝廷では、役人の服装にも細かいルールがありました。
とくに重要なのが、位階ごとに決められた服の色です。
高い位の人ほど、高貴な色を身につけることができます。
逆に、自分の身分より上の色を勝手に着ることは許されませんでした。
おおまかな色の目安は次のようになります。
三位以上: 紫系
四位・五位: 緋系
六位・七位: 緑系
八位・初位: 縹系
紫や緋は高位の色でした。
緑や縹は、それより下の位階の官人たちの色です。
現代の感覚では、服の色は好みで選ぶものです。
けれど奈良時代の官人にとって、
服の色は「私はこの身分です」と示す身分証のようなものでした。
宴や儀式の場面で、誰がどの色を着ているかを見るだけで、
その人の立場がある程度わかったのです。

作中の衣装を見るときの楽しみ方
第4話の壮行会では、多くの官人が集まっています。
全員が同じような古代衣装を着ているように見えても、
本来は位階や役職によって、色、冠、帯、持ち物に違いがありました。
たとえば、高位の官人はより格式の高い色や装身具を使えます。
低い位の官人は、同じ場にいても使える色や素材に制限があります。
この違いを厳密に描き分けると、画面はかなり複雑になります。
漫画では見やすさやキャラクターの識別を優先して調整することもありますが、「服の色や飾りは、ただのおしゃれではなく、政治的な情報だった」と知っておくと、壮行会の場面が少し違って見えてきます。
まとめ
遣唐使は、命がけの旅でした。
けれど同時に、それは個人の冒険ではなく、
朝廷の制度に組み込まれた公的な任務でもありました。
大使、副使、判官、録事。それぞれの役職。
正三位、従五位、正六位といった位階。
服の色で示される身分。
そうしたルールの中で、人びとは船に乗り、海を越え、唐を目指しました。
第4話で描かれる別れの夜は、ただの送別会ではありません。
国家の命令、家の期待、個人の覚悟、そして帰れないかもしれない旅への不安が、一つの場に集まった夜なのです。