
広成が遣唐使を目指す裏で、ある陰謀が動いていた/漫画『巡礼の印』第3話(一部過激な表現があります)(巻末歴史解説付)
不遇のバンドマン竜星はふしぎな音楽を媒介に
遣唐使をめざす奈良時代の青年・平群広成の人生を垣間見る。
はたして彼は実在し、歴史に名をのこす遣唐使になったのだろうか。
同時に、都の外でおきていた別の人物の物語が始動する。
長屋王の死の裏で消された「もうひとつの真相」。

第3話本編(ビューア)
次の話(第4話)
ビューアが落ちるときは




















次の話(第4話)
★巻末歴史解説シリーズ「都の外の奈良時代」

『巡礼の印』第3話では、舞台が平城京から離れ、伊豆の山中へ移ります。
奈良時代というと、平城京、天皇、貴族、寺院、遣唐使といった都のイメージが強いかもしれません。
けれど、当時の日本列島の大部分は、田畑、山、川、海、港、街道によって支えられていました。
都の外には、税を納める農民がいて、木を切る人、炭を焼く人、魚を捕る人、塩を作る人、布を織る人、薬草を知る人、山道を行き来する人がいました。
第3話に登場するナギやエグニ、コサムイの世界は、そうした「都の外側」にあります。
蝦夷とは?
作中でエグニは、都の人びとから「蝦夷のまじない師」のように見られています。
この時代の「蝦夷」は、現代の民族名のように一つの集団をはっきり指す言葉ではありません。
おもに朝廷の側から見て、東国や北方に住み、律令国家の支配に完全には組み込まれていない人びとを呼ぶ言葉として使われました。
そこには、朝廷に従う者もいれば、抵抗する者もいました。
(作中で隠密が「土蜘蛛」とよんでいたのは、朝廷に従わない地域のひとびとに対する別称です)
交易をする者、兵として組み込まれる者、境界の地域で暮らす者もいたと考えられます。
つまり「蝦夷」とは、都の人間が外側の人びとを見たときの呼び名でもあります。
作中のエグニは、この歴史的な言葉をもとにしながら、
縄文以来の山の民、薬草や毒、まじない、武術に通じた一族というフィクションを重ねた人物です。
史実そのものではなく、奈良時代の周縁にいたかもしれない人びとへの想像から作られています。

地方の暮らし
奈良時代の地方の人びとの暮らしは、
都の貴族の暮らしとはまったく違いました。
基本は農業です。田で米を作り、畑で粟、麦、豆、野菜などを育てます。
山に近い地域では、狩猟、山菜、薬草、木材、炭焼き、漆、鉱物、鉄なども生活と結びついていました。
海や川の近くでは、漁、塩作り、水運も重要です。
一方で、律令国家のもとでは、税や労役の負担もありました。
租、庸、調といった税、都や地方の役所で働くための徴発、兵役、道路や施設づくりなど、庶民の生活は軽いものではありません。
そのため、都から見れば「正規の戸籍に入った民」だけでなく、
山中や境界の土地を移動しながら暮らす人びと、役所の目を逃れる人びと、
旅をしながら仕事をする人びともいたはずです。
コサムイのような人物は、そのすき間に生きる存在です。
行基集団とは?

第2話に登場した行基は、奈良時代を代表する実在した僧の一人です。
行基は朝廷公認の寺の中だけで活動した人物ではありません。
各地を歩き、民衆に仏教を説き、橋、池、道、港、宿泊施設のような社会事業にも関わったと伝えられています。
行基の周囲には、多くの信者や協力者が集まりました。
僧だけでなく、在家の信者、労働者、技術者、地方の有力者、生活に困った人びともいたと考えられます。
こうした人びとの広がりを、便宜的に「行基集団」と呼ぶことがあります。
ただし、行基の集団に入れば誰でも正式な僧になれた、という意味ではありません。
奈良時代の僧は本来、国家の管理を受ける存在でした。
勝手に出家した私度僧は、しばしば朝廷から問題視されます。
それでも、仏教は都の寺だけに閉じていたわけではありません。
地方を歩く僧、半ば僧のようにふるまう信者、修行者、祈祷師、薬師のような人びとが、民衆の生活に入り込んでいきました。
コサムイが僧のような姿で諸国を歩くのは、このような時代の空気を使った作中設定です。
山伏と修験者、役小角
山伏や修験道という言葉からは、中世以降の山岳修行者を思い浮かべる人が多いでしょう。実際、修験道が制度や流派として形を整えていくのは、奈良時代より後の時代です。
けれど、日本では古くから山そのものが神聖な場所と見なされてきました。山は水の源であり、鉱物や木材や薬草の場所であり、死者や神仏の世界に近い場所でもありました。
修験道の祖とよばれる役小角(あるいは役行者)は、そうした山岳信仰や修験道の始祖として語られる伝説的人物です。
史実と伝説が混ざった存在ですが、後の時代には、山を駆け、術を使い、鬼神を従える修行者として語られるようになります。
「前鬼」と「後鬼」という夫婦の鬼を使役していたというのは有名な話です。
史実では、小角は7世紀の飛鳥時代に伊豆に流刑にされています。
エグニとナギが伊豆に住んでいたのは、はたしてそのこととなにか関係があるのでしょうか。
コサムイという人物

コサムイは史実上の人物ではありません。
彼は、旅の僧、行商人、盗賊、まじない師、情報屋、山の案内人の要素を混ぜたフィクションの人物です。
僧のような姿をしているのは、当時、宗教者や修行者が諸国を歩くことにある程度の説得力があったからです。
いろいろと都合がよかったのでしょう。
もちろん、僧の姿をしていれば何をしても許されたわけではありません。
けれど、祈祷、薬、供養、情報、道案内、物の売買は、村から村へ移動する人間にとって大きな力になります。
作中のコサムイは、そうした移動する人びとの暗い側面を担っています。
都の役人でもなく、正式な僧でもなく、完全な盗賊でもない。
山の民や裏社会と都の情報をつなぐ、境界の人物です。

まとめ
奈良時代は、平城京だけの時代ではありません。
都の外には、都から見えにくい暮らしがありました。山の道、海の港、川の渡し、村の寺、薬草を知る者、まじないをする者、旅をする者、逃げる者、追う者。
ナギとエグニの物語は、その都の外側から始まります。
そして、その外側にいる人びともまた、やがて都や遣唐使の大きな物語とつながっていくのです。