
「妹が大学に入ったので、採用してください」 ~秋葉原の焼肉店に、人が人を連れてくる理由~
この記事で書くこと
飲食店を経営していると、人の問題は避けて通れません。
秋葉原の焼肉店「やまの」では今、アルバイト14人のうち8人が、スタッフの紹介で入ってきてくれた子たちです。 直近で入った5人は、連続で紹介です。
先日、3年前に卒業した元スタッフが店に来て、「妹が大学に入ったので、採用してください」と言ってくれました。
なぜ、卒業した子が、大切な家族を預けに来てくれるのか。 なぜ、人が人を連れてくる店になったのか。
この記事では、そのことを書いていきます。
思い返すと、その始まりは、私自身がある一人の男を神戸から連れてきた日だったのかもしれません。
ある日の来店
少し前のことです。
店に、懐かしい顔が現れました。 3年前に就職で卒業していった、元スタッフの男の子です。
近況をひとしきり話して、その流れで、こう言ってくれたそうです。
「妹が大学に入ったので、採用してください」
自分が働いていた店に、大学生になったばかりの妹を預けに来る。
考えてみれば、これは簡単なことではありません。 バイト先なんて、世の中にいくらでもあります。 その中からわざわざ、自分が卒業した店を選んで、大切な家族を連れてくる。
最初から、こうだったわけではありません。
一人で店に立っていた日々
やまのを始めた当初から、良いスタッフには恵まれていました。
ただ、人の問題がなかったわけではありません。 面接の約束をしても来ない人がいる。 オープニングから入ってくれたスタッフが、すぐに辞めてしまう。 シフトが思うように組めない週が続く。
私一人で営業する日もありました。 昼も、夜も。 開店から閉店まで、一人で通しということもありました。
もちろん、やるしかないので営業はします。 注文を取り、肉を出し、会計をして、片付ける。 体は動きます。
でも、一人で店に立っていると、忙しさとは別のものを感じることがありました。
孤独、と言うと大げさかもしれません。 でも、それに近いものでした。
飲食店は、人がいて初めて、温度が出る。
そのことを、あの頃の私は、身をもって知ったのだと思います。
神戸から来た店長
やまのには、英彰という店長がいます。

出会いは、やまのを始めるよりずっと前。 彼は、私がやまのの手本にしていた、友人が経営する神戸の店の店長でした。
神戸に行くたびに、店に顔を出していました。 英彰とはとにかく気が合って、営業後によく二人で飲みに行きました。 私が泊まっているホテルに、そのまま泊まっていくこともあったほどです。
やまのを立ち上げて数か月の頃には、神戸からわざわざ、店の様子を見に来てくれたこともありました。
そんな出会いから、7、8年が経った頃。 帰省で関西に行ったついでに店に立ち寄り、営業後にまた二人で飲みに行きました。
その夜、いろいろな話をしました。 彼は彼で、これからの身の振り方を考えている時期のようでした。
だから私は、言いました。
「やまのに来れば」 「家も、俺の家に住めばいいし」
当時、私は3LDKの家に、独身の友人と二人で暮らしていました。 部屋は、まだ一つ余っていました。
英彰は、来てくれました。
そこからは、店でも一緒、家でも一緒。 二人で旅行にも行きました。 毎日が、本当に楽しかった。
そして、英彰が店長になってから、やまのの空気は少しずつ変わっていきました。
彼は、人への踏み込み方がうまいのです。 一人ひとりをよく見て、ここぞというところで、すっと懐に入る。 大げさに言えば、人心掌握の才能だと思います。
年は離れていても、学生たちとはまるで友達のように仲が良い。 兄貴分にもなれば、ときには"いじられ役"にも回る。 オフの日に、学生たちと遊びに行くこともよくあります。 つい先日も、10人近くで野球観戦に出かけていました。 私の耳に入ってくるのは、たぶん一部だと思います。 そういう店長です。
考えてみれば、やまのの最初の"紹介"は、私が英彰を連れてきたことだったのかもしれません。
最初の紹介
英彰が店長になって、しばらくした頃です。
ある学生スタッフが、高校時代の同級生を紹介してくれました。
「友達が、バイト探してるらしくて」
それだけのことです。 でも私にとっては、それだけのことではありませんでした。
紹介してくれるということは、 「この店なら、自分の大切な友達を連れてきても大丈夫だ」 と思ってもらえているということです。
働く場所として合格、というだけではありません。 人として、店として、信用されている。
それは、大きな手応えでした。
そしてもう一つ、気づいたことがあります。
紹介する側は、ちゃんと考えてくれているのです。 この人なら、やまのに合うだろう。 やまのなら、この人に合うだろう。
そのうえで、紹介で入ってくる子は、最初からやまのの空気をある程度知っています。 紹介した側も、自然と気にかけてくれる。 新しく入った子も、輪に入りやすい。
だから、ミスマッチがほとんど起きない。
今では、やまののスタッフが紹介してくれた時点で、ほぼ採用確定です。 どんな子かは、紹介してくれたスタッフが一番よく分かっているからです。
だから、"選考"はしません。 やるのは"顔合わせ"です。
「はじめまして」の挨拶をして、その日からシフトに入ることもあります。 直近で入った子が、そうでした。
ラフティングの日
もともと私は、楽しいことが好きです。
あるとき、英彰と「みんなでどこか遊びに行こうか」と盛り上がり、ラフティングに行くことになりました。 何か戦略があったわけではありません。ただ、楽しそうだったからです。
このときのメンバーには、最初の紹介をしてくれたスタッフも、紹介で入ってきた2人もいました。
この一日が、本当に楽しかったのです。
行きの新幹線から、ずっと笑っていたような気がします。 川を下って、帰りにみんなでBBQをして。 私自身が心から楽しめたし、スタッフが本当に喜んでくれているのが分かりました。
この日を境に、スタッフと一緒に遊ぶことが増えていきました。
「グランピングがやりたいです」と言われて、グランピングへ。 「激辛フェスに行きましょう」と誘われて、激辛フェスへ。 謎解きゲーム、脱出ゲーム、焼肉会、懇親会、野球観戦。 懇親会のビンゴ大会から、二次会のダーツやカラオケに流れることもあります。 スタッフの部活の試合を、みんなで応援に行ったこともありました。

スタッフから出た提案は、だいたい実現してきました。 「やりたい」と言われて、できそうならやる。 自分も行きたいなら、なおさらやる。 それだけです。
そうやって何年もかけて、店というより、サークルのような空気が育っていきました。
ラフティングから7、8年が経った頃には、こんなこともありました。
始まりは、スタッフの「BBQしましょうよ!」という声でした。 「川の近くでやりたいね」と調べてみると、良さそうな川はどこも遠い。 「じゃあ、海は?」と、今度は候補地がいくつか挙がる。 「家が遠い子だけ泊まろうか」という話になり、 最後は「貸別荘を借りて、みんなで行っちゃおう!」になりました。
貸別荘は、言い出しっぺのバイトリーダー格の子が探してくれました。 ちなみに、最後のひと押しは私です。
こうして、ほぼ全員のアルバイトを連れて、海へ旅行に行くことになったのです。 泊まったのは、屋上から海が見える貸別荘。 学生たちにとっては、なかなか味わえない非日常だったと思います。
私は、妻と子ども2人も連れて行きました。 家族旅行も兼ねてしまえ、という感覚です。 家族にも、楽しんでもらいたかったので。

泊まった翌日は月曜日。本来なら営業日です。
店を休みにしてまで行くのか。 そう思う人もいるかもしれません。
でも、スタッフが楽しみにしていて、みんなで行けるなら、それでいい。 私はそう思って、店を閉めました。
自分のアイデアが形になって、みんなが楽しんでくれる。 その経験をした子は、「やらされている」のではなく「自分たちでつくっている」という感覚を持ってくれます。
その空気が、やまのの居心地をつくっているのだと思います。
正直、順番はどちらが先なのか分かりません。 店に貢献してくれるスタッフたちだから、一緒に遊びに行きたくなる。 一緒に遊ぶから、店のために動いてくれるようになる。 たぶん、両方なのだと思います。
遊びだけではありません。 誕生日には、プレゼントも渡しています。 最初は数人だったのが、今では20人近く。 最近は、本人にリクエストを聞くようにしています。 渡したときの笑顔が、嬉しいのです。
振り返ると、この頃からだと思います。 時給を稼ぎに来るだけではなく、"店のために動ける"スタッフが育ちやすくなったのは。 そして、紹介で入ってきた子が、またそういうスタッフに育っていく。
その流れは、今も続いています。
まかないと、シフトのない日
やまののまかないは、かなり喜ばれます。
ボリューム満点で、おかわりも自由。 A5ランクの肉も、珍しくありません。
「今日のまかない、何かな?」 みんな、毎回楽しみにしています。

スタッフは、英彰を「ヒデさん」と呼びます。 「ヒデさん、マーボー豆腐作ってください」とリクエストする子もいれば、 張り切って、自分でオリジナル料理を作ってくれる子もいます。
英彰も、みんなに喜んでもらおうと、 店では使わないしゃぶしゃぶ用の肉を、仕入れてくることがあります。

そして、やまのでは、シフトに入っていない日でも「まかないだけ食べに来ていいよ」と公言しています。
実際に、就活の途中でふらっと立ち寄って、まかないを食べて、エントリーシートを書いて帰っていく子がいます。 営業終了のタイミングを見計らって来て、みんなと一緒にまかないを食べながら、そのまましばらくわいわいしている子もいます。
日中の空いている個室は、自由に使ってもらっています。 勉強でも、昼寝でも、雑談でも。 最近は、就活中の学生がオンライン面接を個室で受けるのが定番になりました。 静かで、Wi-Fiがあって、すぐそばに「就活を経験した先輩」がいる。
バイトに来ていない時間にも、店に顔を出す子が自然と増えていきました。
お腹が満たされる。 気軽に来られる。 誰かがいる。 話せる。 笑える。
そういう日常の積み重ねが、「ここに来てもいいんだ」という感覚になっていく。
店が、働く場所から、居場所になっていく。
まかないは、やまのにとって、ただの食事ではなく文化です。
英彰がしていること
紹介が増えると、実は、新しい気配りも必要になります。
以前、こんなことがありました。
ある女子学生スタッフが、同級生を3人も紹介してくれたのです。 ありがたいことです。 でもこのとき、店には同じ学年の女の子が、もう一人いました。
4人の同級生グループと、一人。
放っておけば、その子が輪の外に置かれてしまうかもしれない。
そこで英彰が提案したのは、同学年の女の子たちだけで食事に行ってもらうことでした。 費用は店で持ちました。
結果として、みんなすっかり打ち解けて、仲良くなりました。
シフトの組み方ひとつでも、人間関係は変わります。
この二人だけだと、空気が硬くなるかもしれない。 でも、そこにもう一人入れば、三人の会話が生まれる。 輪に入りきれていない子がいれば、仲のいい子や、ケアのうまい子を同じ時間に入れる。
合わない人を離すのではなく、組み合わせて一つにしていく。 そこまで見ているのが、やまのの店長です。

コロナ禍で、時短営業やアルコール提供の制限が続いていた頃。 当時は、私もまだ現場に立っていました。
スタッフはみんな、私を「卓也さん」と呼びます。 英彰が、あるとき言いました。
「卓也さんでなくていいですよ」
以来、店の日々の運営は英彰に任せています。 今、スタッフの一番近くにいて、やまのの空気をつくっているのは彼です。
数日前、「新しい子たちも増えたし、懇親の場を設けようか」と英彰に持ちかけました。 返ってきたのは、こうでした。
「大丈夫です。しっかり交流してます」
頼もしい限りです。
数珠つなぎ
冒頭の元スタッフの話に戻ります。
「妹が大学に入ったので、採用してください」と言ってくれた彼は、実は、彼自身もいとこの紹介でやまのに入ってきました。
そして彼は、在学中に、同級生の女の子を誘ってくれました。 その子が、さらに3人の同級生を紹介してくれました。
英彰が食事会を開いた、あの「4人の同級生グループ」です。
一人の入店から、数珠つなぎのように人がつながっていったのです。
妹や弟を紹介してくれたケースは、彼を含めてこれまでに3人あります。
卒業しても、食べに来てくれる。 近況を報告してくれる。 そして、家族を連れてきてくれる。
やまのとスタッフの関係は、卒業では終わらないのだと思います。

紹介してくれるということは、ただ「人手が足りないなら誰か連れてきますよ」という話ではありません。
この人なら、楽しく働けるだろう。 やまのなら、大切な人を任せられる。
そこまで考えて、連れてきてくれている。
だから、紹介で入った子は、最初から良い空気の中で働き始めます。 そして、時間をかけて、"店のために動ける"スタッフに育っていく。
自分で考えて動く。 見ていないところでも、必要なことをする。 急な欠員が出たとき、出勤してくれることもある。
そういうスタッフが増えるほど、接客が良くなり、お客様の満足度が上がります。 口コミにつながり、売上や利益にもつながっていく。
紹介は、人が増える話ではなく、店そのものが良くなっていく話なのです。
求人広告よりも前にあるもの
求人広告を出すこともあります。 必要なときには使います。
ただ、大事なのは、求人を出す前の日常だと思っています。
今いるスタッフが、今日どんな気持ちで働いているか。 まかないを楽しみにしてくれているか。 ここにいていいと思えているか。 友達に紹介してもいいと思える場所になっているか。
そこが整っていないまま求人を出しても、長く続く人はなかなか増えません。
逆に、今いるスタッフが楽しく働いてくれていれば、その空気は外にも伝わります。
求人広告を出したときにも、「楽しそう」「ここで働いてみたい」と感じて来てくれる人が現れます。 そして、その人がまたやまのを好きになり、いつか誰かを紹介してくれる。
まとめ
紹介の文化は、一朝一夕にはできません。
やまのでも、紹介してくれた子にはお礼金を渡しています。 でも、みんながそれ目当てで紹介してくれているとは思っていません。 お礼金を出せば紹介が生まれるなら、人手不足で困る店はないはずです。
大事なのは、日常です。
まかないを喜んでもらう。 イベントを楽しむ。 スタッフの提案をできるだけ形にする。 新人が輪に入りやすいように、少し手をかける。
そういう小さなことの積み重ねが、やがて「紹介したくなる店」になっていく。
ここで働いていたい。 友達にも紹介したい。 大切な人を連れてきても、大丈夫。
そう思ってもらえる場所を、15年かけて少しずつ育ててきました。
その一番最初は、神戸で「やまのに来れば」と声をかけた、あの夜だったのだと思います。
人を大切にする店には、人が人を連れてくる。
「妹が大学に入ったので、採用してください」
あの言葉が、何よりの答えです。

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