
借金800万円から、秋葉原の焼肉店が予約で埋まるまで ~立地は良いのに、なぜ選ばれなかったのか~
この記事で書くこと
2010年、私は飲食未経験で秋葉原に焼肉店を開業した。
開業前はベンチャー企業でマーケティングを担当していて、商品が選ばれる仕組みを考える仕事をしていた。だから集客には自信があった。
でも、現実は甘くなかった。
開業から1年で運転資金は尽き、そこからはキャッシング、カードローン、未払い、滞納で店をつないだ。借金は最終的に800万円程度まで膨らみ、3年目には本当に潰れるかもしれないと思っていた。
秋葉原駅から徒歩1分。立地には恵まれていた。それなのに、店の前を毎日たくさんの人が通り過ぎていく。私は、その人たちを見ていなかった。
この記事は、マーケティングを見ていたはずの私が、ようやく目の前のお客様を見るようになるまでの話だ。何を変えたら、潰れかけの店が予約で埋まるようになったのか。メニューも価格も変えず、今日から真似できる工夫として書いていく。
飲食未経験。でも、集客には自信があった
開業前の私は、ベンチャー企業でマーケティングを担当していた。誰に、何を、どの順番で伝えるか。お客様が商品を知り、理解し、買うまでの仕組みを作る。そういう仕事をしていた。
飲食店が簡単でないことは、知っていた。黒字になる店は2割ほどで、開業して3年で7割が廃業する。そんな話も聞いていた。
でも正直なところ、こう思っていた。
ちゃんと考えていないから利益が出ないんでしょう、
ちゃんとマーケティングをしていないからお客様が来ないんでしょう、と。
良い商品、良いサービスを提供し、きちんと情報を出せば、お客様は来る。マーケティングをやってきた自分なら、そこには自信があった。
ところがふたを開けてみると、思ったようにお客様は来なかった。
開業当初は、友人や知人が来てくれた。「店を出したんだって?」「一回行くよ」と言って来てくれる人たちがいて、その来店は当時のやまのにとって大きかった。でも、友人知人が一巡すると、その後がなかなか続かないのだ。
本当に来てほしかったのは、やまのを知らないお客様だった。何度も来てくれる、日常のお客様だった。そのお客様が、思ったように増えていかない。その理由を、私はずいぶん長いあいだ、わかっていなかった。
借りたお金を、自分のお金だと思っていた
開業前、私は1,500万円の融資を受けた。それまで見たことのない預金残高で、銀行からは資産運用の提案まで来た。
本当は、借りたお金でしかない。いずれ返すお金である。それなのに当時の私は、すっかりお金持ちになった気分だった。飲み歩き、人に奢り、必要のないものを買い、「これだけあるんだから、少しくらい」と思っていた。
同じ甘さは、開業準備でも出た。内装、厨房機器、看板、外注費。決めることが多すぎて、一つひとつの金額を確認する余裕もなかった。100万円と言われたら「そんなものか」と受け入れ、安くできないか交渉するという発想すら、なかった。
今なら、見積もりを項目ごとに見て、必要なら交渉する。でも当時の私は、出された数字をまったく疑わなかった。
結果、開業前の段階で資金は足りなくなった。1,500万円では足りず、追加で410万円を借り、店が始まる前から借入は1,910万円になっていた。売上はまだ、一円も立っていない。廃業前から資金計画が崩れ始めた。というより、資金計画と呼べるものがなかった。
開業1年で、運転資金が尽きた
開業してからも、現実は甘くなかった。
商品には自信があったし、スタッフも良かった。来てくれたお客様の反応も、悪くなかった。それなのに、数字だけはどうしても悪かった。お客様は思ったように増えず、売上は足りない。そのあいだも、固定費は毎月出ていく。そうして開業から1年で、運転資金は底をついた。
家賃、仕入れ、人件費、借入の返済。支払いは容赦なく毎月来るのに、払うお金がない。すぐに連絡が来るところには払い、しばらく何も言ってこない仕入先は後回しにする。後回しにしているつもりで、実際には払えないものが積み上がっていくだけだった。
特に、優しくしてくれていた大家さんには甘えて家賃を滞納していた。
それでもどうしても現金が必要なことも少なくなかった。まずキャッシングを使った。一枚の枠がいっぱいになると次のカードで借り、その枠も埋まるとまた別のカードで借りる。気づけば、持っているカードのキャッシング枠はすべて埋まっていた。
それでも足りず、カードローンが始まった。最初のカードローンは利用枠が300万円あって、助かったと思った。これで少し息ができると思った。でも、売上が足りない状態は変わっていない。毎月の赤字も、支払いも、返済も続いていく。300万円の枠も少しずつ減ってまたいっぱいになり、次のカードローンを作り、その枠も使い、また足りなくなる。
これは立て直しではなかった。ただ店を続けるために、借りられるところから借りていただけだった。キャッシングとカードローンで600万円ほど、仕入れ先への未払いや滞納が200万円ほど。借金は合わせて800万円程度になっていた。しかもこれは、開業時の融資を含まない数字だ。
頭の中では、いつもExcelが動いていた。あと何日でいくら売り上がるはずだから八百屋に払える、その次の数日でこれくらい売り上がれば別の仕入れ先に払える。
もちろん、実際の売上は思い通りにはならない。売上が落ち込む日があれば、計算はすぐに崩れる。それでも私は、そのたびに頭の中で数字を組み直していた。店にいても、家にいても、電車に乗っていても頭の中はずっと資金繰りだった。
その頃のことで、今でも強く覚えている場面がある。
姪っ子の運動会に行ったときのことだ。よく晴れた秋の日で、歓声が響いて、家族はシートの上で笑っていた。子どもたちが砂ぼこりを上げて走っていて、私も拍手をしていた。でも頭の中では、今週の売上はいくらか、来週までにいくら作れるか、どこへの支払いを先にするか、そればかりを考えていた。
目の前で姪っ子がゴールテープを切って、周りが沸いた。私も笑っていたと思う。でも、心はそこにはなかった。
そこまでして店を続けたかった理由は、きれいなものばかりではなかった。
「塩塚の店、潰れたらしいよ」
そう言われることを想像すると、どうしても受け入れられなかった。店を閉めることが、カッコ悪いことにしか思えなかった。
だから借りた。借りて、つないだ。つないでいるうちに、借金は膨らんでいった。
「笑い事じゃないわよ」
開業して3年ほど経った頃のことだ。
大家さんには、かなり可愛がってもらっていた。お店にも来てくれて、いつも優しかった。今でも、変わらず優しくしてくれている。そんな大家さんに、私は家賃を最大で4ヶ月滞納していた。
大家さんに会ったとき、私は「すみません」と、つい笑って謝った。深刻に受け止めないでほしかったのだと思う。まだ大丈夫だ、なんとかなる。そう思いたかったのかもしれない。
その笑いを、大家さんは見ていた。
いつも優しい人だった。でもそのときだけは、表情を変えずにこう言った。
「笑い事じゃないわよ」
短い言葉だった。でも、その場の空気が一瞬止まったのを、今でも覚えている。
さらに、こう言われた。
「頑張ってる塩塚くんは応援したいけど、今の塩塚くん頑張ってないもん」
私は頑張っているつもりだった。朝、店に来て、準備をして、ランチを回して、片付けて、休憩して、ディナーの準備をして、営業して、片付けて、発注して、帰る。翌日また出勤する。この繰り返しを、自分の中では「頑張っている」と思っていた。
もちろん、それ自体は必要な仕事だった。でも、それだけでは店は変わらなかった。
大家さんから見れば、頑張っているかどうかは、お客様が増えているか、売上をつくれているか、利益を残せているかで見ていたのだと思う。私は毎日忙しくしていた。でも、成果につながる工夫はしていなかった。
そのあと、大家さんに「管理会社に入ってもらう」と言われた。
管理会社の担当者と話したとき、借金がいくらあるのかを聞かれた。私は「350万円です」と答えた。すると担当者は言った。
「他にはない? 借金している人は、少なく言うことが多いから」
図星だった。その時点で、実際には500万円ほどあった。でも私は、正直に言えなかった。借金があることも苦しかったが、それを人にそのまま言うことは、もっと苦しかった。
担当者は、私にこう言った。
「やめるというのは、カッコ悪いことじゃないよ」
その言葉は、正しかったのだと思う。続けることだけが正解ではない。これ以上傷を広げないために、店を閉めるという判断もある。でも当時の私は、そうは思えなかった。やめることは、カッコ悪いことにしか思えなかった。
頑張っているつもりと、成果につながる工夫をしていることは、違う。そのことを、大家さんの一言で突きつけられた。
看板はあった。でも、お客様を連れてくる看板ではなかった
大家さんに言われるまで、私は何もしていなかったわけではない。自分では、何かをしているつもりだった。看板はあったし、広告も出していたし、チラシも置いていた。でもそれらは、お客様が店を選ぶための情報にはなっていなかった。ただ、そこにあるだけだった。
当時、店前には白い大きな看板があった。「YAMANO」「やまの」、肉のマーク。店名は、たしかに目立っていた。

でも今考えると、ほとんど意味のない看板だった。店名は目立っていても、店を選ぶための情報がなかったからだ。何屋なのか、何が食べられるのか、いくらくらいなのか、自分が入りたい店なのか。それが、何も伝わらない。
店名だけで成立するのは、すでに名前を知られている店だけだ。歴史の長い有名店。誰もが知っているブランド。名前を見ただけで何が食べられるか想像できる店。そういう店なら、店名だけの看板にも意味がある。
無名店が最初に伝えるべきなのは、名前ではなかった。お客様が選ぶための情報だった。
私は初めて、お客様に聞き始めた
大家さんの言葉をきっかけに、私はようやくお客様に聞き始めた。というより、追い詰められていた。もう、わかったつもりで店を見ている場合ではなかった。
ホールに出て、来てくれたお客様に徹底的に話を聞いた。
どこに住んでいるのか
どこで働いているのか
秋葉原にはよく来るのか
外食を決める条件は何か
やまのをいつ知ったのか
何を見て知ったのか
今日なぜ入ってくれたのか
入る前に何が気になったのか
細かい質問を全部覚えているわけではない。でも、とにかく聞いた。必死だった。店の中から見ているだけではわからないことを、お客様に教えてもらおうとした。
見えてきたのは、とても基本的なことだった。でも当時の私には、その基本が見えていなかった。
何屋か分かりにくい
どんなメニューがあるか分からない
予算感が分からない
店内の雰囲気が想像できない
自分が入りたい店なのか判断できない
店の存在は見えていても、選ぶための情報が届いていなかった。
「2年半前から知っていました」
話を聞いている中で、あるお客様がこう教えてくれた。
「この店、2年半くらい前から知っていました」
私は驚いた。知ってくれているなら、いつか来てくれるものだと思っていたからだ。でも、そうではなかった。
その方は「入りづらかった」と言った。「今日は勇気を出して入りました」とも。そして、「入ってよかった」と言ってくれた。
嬉しかった。でも同時に、怖くもなった。
その方は、2年半ものあいだ、何度もやまのの前を通っていた。そのたびに、「どういう店か分からないし、入りづらいから、今日はいいか」と判断していたのだと思う。
知られていないことだけが問題ではなかった。知られているのに、選ばれる情報を届けられていなかった。
クーポンを配ったこともある。駅前の看板に広告を出し、クーポン付きのチラシを置いた。でも、回収はゼロだった。クーポンがあるから来るわけではないのだ。まず、その店に行きたいと思えるか。自分が入りたい店だと判断できるか。そこが伝わっていなければ、値引きだけでは人は動かない。
私は集客施策をしているつもりだった。でも、お客様が店を選ぶための情報を、届けられていなかった。
動線を、逆に見ていた
お客様に聞いて、もう一つ分かったことがある。
私は当初、秋葉原駅から来るお客様を集めようとしていた。そのために駅前に広告を出していた。でも実際に来ていたお客様の大半は、駅から来た人ではなかった。駅に向かう途中で、やまのの前を通っていた人たちだった。私は、動線を逆に見ていたのだ。
そこから私は、店の外に出て、あらゆる角度から見直した。駅へ向かう道を歩き、道路の反対側から見て、信号待ちの場所から見る。友人にも来てもらい、客観的にどう見えるかを聞いた。どのあたりから看板が見えるのか、どの距離なら文字が読めるのか、何が最初に目に入るのか、どこで何屋だと分かるのか。
やまのの前の信号では、かなり多くの人が立ち止まる。もし食事をする店を探している人が、その看板を見て「焼肉屋なんだ」「メニューを見てみよう」と思えるかどうか。そこが大事だった。
立地は、住所ではない。お客様の動きの中にある。そのことに、ようやく気づき始めた。
A型看板を変えると、ランチ売上は倍以上になった
まず変えたのは、店前のA型看板だった。
それまでは、黒板にチョークで手書きしていた。メニュー名と価格は書いてあったから、何も伝えていなかったわけではない。

でも、手書きの黒板は、店側のメモのようにも見えた。初めて通りかかった人が、一瞬で判断できる形にはなっていなかった。
そこで、一面がランチ、もう一面がディナーの大きなA型看板を作った。ランチ面には、写真、メニュー名、価格、短いコピーを入れ、すべてのランチメニューを載せて一目で見られるようにした。

すると、ランチはすぐに反応が出た。1ヶ月も経たないうちに、ランチ売上は倍以上になった。少しは効果が出るかとは思っていたが、想像をはるかに上回った。
これは、当時の私たちにとって衝撃だった。メニューを変えたわけではない。価格を下げたわけでもない。広告を出したわけでもない。変えたのは、店の前に出している情報だけだった。
情報はあった。でも、選ばれる形になっていなかった。それを直しただけで、お客様の反応はこれほど変わった。
ランチとディナーは、別の客だった
ランチのお客様が増えたので、ディナーで使えるクーポンを配ったことがある。ランチで来た人が、いつか夜にも来てくれたらいい。そう思っていた。でも、クーポンは一切回収されなかった。
今思えば、当たり前だった。昼と夜では、来店の目的が違う。昼は近くで働く人が、短い時間で食事をする。夜は誰かと時間を取り、店を選び、予約して来る。ランチのお客様を夜に誘導しようとすること自体に、無理があったのだ。
ディナー看板も、ランチと同じ手書きの黒板から作り直した。ここが焼肉店であること、どんな料理があるか、いくらくらいか、店内はどんな雰囲気か。それを店の外で伝えるための看板だった。
ディナーのお客様は、ランチより慎重に店を選ぶ。誰と行く店なのか、予算は合うか、ちゃんとした店なのか。気になることが多いぶん、ネットで調べてから予約する人が多い。だからディナー予約が本格的に増えたのは、口コミが増え、食べログの点数が上がってからだった。

※改善前の写真は残っていないが、以前はランチと同じ手書きの黒板で、夜のやまのがどんな店かは伝わらなかった
最後に、遠くから見える大きな看板を変えた
店前のA型看板を変えたあと、最後に店舗上部の看板を変えた。
店舗上部には、180cm四方の大きな内照式看板がある。中から光る看板で、30メートルほど先の信号待ちの場所からもはっきり見える。本来なら、そこで一瞬で「焼肉屋だ」と伝えなければならなかった。でも以前の看板は、何が何だか分からなかった。

写真は入っていたし、店名も入っていた。でも写真は小さく暗く、店名は目立つのに、肝心の「焼肉屋であること」が伝わりにくかった。
私はそこで、考え方を変えた。店を決めるのに店名は重要ではない。まず何屋かを分かってもらうことが大事である。やまの、より先に、焼肉。写真は肉に絞って大きく見せ、「焼肉」「YAKINIKU」の文字を大きく出した。一方で、「やまの」という店名は小さくした。

以前は、店の名前が書いてある看板だった。改善後は、信号待ちの人に、この店が何屋かを一瞬で伝える看板になった。

看板は、24時間働いてくれる営業マンだった
一つずつ直していく中で、看板の役割が見えてきた。
店舗上部の看板は、遠くから見える。信号待ちでも目に入る。その役割は、何屋かを認識してもらい、店前で足を止めてもらうことだ。一方、店前のA型看板は、店前まで来た人に向けたもの。具体的に何があるか、いくらか、どんな店か。入店前に、判断材料を渡すことだ。
同じ看板でも、見ている人の距離も、気持ちも、知りたい情報も違う。だから役割も違った。
以前の私は、看板をただの表示物として見ていた。でも本当は違った。看板は、営業時間外も店の前でずっと働いてくれる、24時間営業の営業マンだった。
ただし営業マンである以上、何を話すかが大事だった。店名だけを叫んでも意味はない。お客様が知りたい順番で、選ぶための情報を伝えなければならない。
ランチ、口コミ、食べログ、ディナー予約がつながった
看板を変えると、まずランチのお客様が増えた。
ランチのお客様が増えると、来た人が口コミを書く。口コミが増えると、食べログの点数が上がる。点数が上がると、ディナー予約が増える。そうやって、一つひとつがつながっていった。
もちろん、すべてが看板だけで変わったわけではない。料理を作るスタッフがいて、接客するスタッフがいて、来てくれたお客様がいて、口コミを書いてくれたお客様がいた。同時に、食べログの写真や説明も、お客様が選ぶための情報として整えていった。でも、最初の入口として、看板は大きかった。
そして、曜日の埋め方も変わった。
昔の私は、弱い曜日を直接埋めようとしていた。月曜が入りにくいなら、クーポンで月曜をなんとかしようとした。でも、それではうまくいかなかった。そもそも「行きたい店」になっていなければ、安くしても選ばれないからだ。
今は、考え方が違う。まず金曜を埋める。金曜に入りきらない状態を作る。すると、金曜に予約できなかったお客様が土曜を選ぶ。土曜も埋まれば、木曜、水曜、火曜、月曜へと広がっていく。弱い曜日を無理に埋めるのではなく、強い曜日から溢れさせる。今では、予約なしでは入りにくい店になった。
魔法の施策があったわけではない。お客様が選べる情報を、店の外とネット上に置き直し、それを積み重ねただけだ。
今も、店の外の情報を変え続けている
この考え方は、今も続いている。
むしろ店内のグランドメニューは、金額をたまに変えるくらいで、ほとんど変えていない。一方で、店外の看板やファサードは今も調整している。店外の情報が、お客様の入口だからだ。

現在のランチ看板では、主力のハラミ丼を大きく見せ、丼御膳、ステーキ・焼肉、定食と、選びやすいカテゴリに分けている。2階の店は外から中が見えないので、店内写真も入れて、入店前に雰囲気が分かるようにしている。
ディナー看板では、まず「焼肉」「YAKINIKU」「Japanese BBQ」と伝え、次にA5ランク牛や名物を見せ、価格、コース、個室、店内写真、営業時間を載せる。外国人のお客様にも分かるよう、A5 Wagyu、English Menuなどの表記も入れている。ただし、インバウンド向けの店に見えすぎないようには気をつけている。基本は、日本人のお客様に選ばれる焼肉店。そこに、外国人のお客様にも来てもらいやすくする。このバランスは、今も大切にしている。
良い店でも、伝わらなければ選ばれない
念のため言うと、ネット集客を軽く見ているわけではない。むしろディナーは、食べログなしには成り立たない。点数も口コミも、店の生命線だ。
ただ、店舗ビジネスでは、店前を歩く人こそ大切な潜在顧客だ。看板を見て店を判断する人がいる。店前まで来て、入るかどうか迷う人がいる。何屋か分からず、そもそも選択肢に入れない人がいる。
その人たちは、こちらが思っているほど店を知らない。こちらが思っているほど魅力を理解していない。そして、こちらが思っているほど、わざわざ調べてはくれない。
だから、店の外に情報を置く必要があった。何屋なのか、どんな料理があるのか、いくらくらいなのか、どんな雰囲気なのか、自分が求めている店なのか。それが伝わって初めて、お客様は店を選べる。
私はマーケティングを見ていた。でも、お客様を見ていなかった。見ていなかったのは、店に来てくれたお客様だけではない。店の前を通り、信号待ちで看板を見て、何屋か分からずに通り過ぎていたお客様だった。
私が変えたのは、看板だけではない。店を見る向きだった。
気づけば、あれほど苦しかった店が、予約なしでは入れない店になっていた。
良い店でも、伝わらなければ、お客様の中では存在しないのと同じだった。
<「やまのの経営ノート」創作大賞2026 応募シリーズ>
▼立て直した店の学生バイトと、個別指導塾を立ち上げた話は、こちら。
▼その店が、「人が人を連れてくる店」になった理由は、こちら。
▼フランチャイズ4社に加盟して、3社を撤退した話は、こちら。