
誰も死体を見なかった島⑨
六日目:日常
死体を処理し、証拠を燃やし尽くしてからというもの、島の空気は信じられないほど穏やかに変わった。
まるで憑き物が落ちたかのように、皆の顔からこわばりが消えている。朝は各々が好きな時間に起き、昼は無心で読書をしたり散歩をしたり、夕方は篠崎さんの腕によりをかけた料理を囲みながら、他愛のない話で談笑する。
デジタルデトックス。
己と向き合い、心を浄化する。
本来の自分を取り戻す。
最初に見たパンフレットに書いてあった通りの、理想的な生活が、死体を埋めたその日から、確かにそこにはあった。
「明日で、最後かあ」
須賀さんが夕食の席で、しみじみと言った。彼女の顔色は、来た時よりずっと健康的に見えた。
「早かったですね」
「本当に、あっという間でした」
「帰ったら、またうるさい現実が待ってるんだな……」
皆、口々に言いながらも、どこか晴れ晴れとした、ほっとした表情だった。
一週間、電波のない島で過ごした。編集者の催促から逃れられた。夫の暴力からも、医療訴訟の不安からも、横領疑惑の追求からも、大麻栽培の心配からも、全てから完全に隔絶された安息の日々。
その安息のために、一人の男が死んだ。
でも、それはもう「仕方のない、過去のこと」だった。
少なくとも、この七人の間だけに成立する常識では。
「先生は、何か書けましたか?」
八重樫に聞かれて、僕は曖昧に笑った。
「まあ、小説のネタには、なりましたよ」
「まさか、このことをそのまま書くんじゃないでしょうね」門脇が、鋭い目つきで釘を刺してきた。
「まさか、まさか。完全なフィクションですよ、フィクション」
もちろん書くつもりだ。ただし、全員の名前を変え、舞台を変え、動機も改変し、完全な作り話として世に出すつもりだ。
だって、これほど面白いネタは、作家人生で二度と転がっていない。
人が死んで、それを皆で隠蔽し、何事もなかったかのように穏やかな日常を続ける人々の話。
倫理も道徳も、彼らの中ではちゃんと機能している。ただ、その「ちゃんと」の起点が、一般社会とは少し、致命的にずれているだけだ。
僕自身を含めて。