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【 Cafu (寡夫)Cafe 〜お一人さま〜#1 】


〜子育て卒業まで、あと2ヶ月。おひとり様からのリスタート〜
子育ても、あと2ヶ月で終わる。
今年(2026年)の10月22日、三男・コウタが20歳の誕生日を迎えるのだ。
妻・フミコが亡くなった時、わずか2歳4ヶ月だったあの小さなコウタが、ついにハタチになる。
嵐のような日々を経て、10月31日をもって、私は「父子家庭」を正式に卒業する。
もう世間からは父子家庭と呼ばれなくなるのだ。
では、何と呼ばれるのか?

法律や行政の分類上、その名称は「寡夫(かふ)」になる。実際には「寡婦」の概念の中に包含される形なのだが、この「寡夫」という言葉、日常では確定申告の「寡夫控除」くらいでしか見かけない。
「え? 父子家庭卒業したら、オレは父子家庭OBって名乗るの?」と思ってしまう(笑)。
これだけジェンダーが叫ばれる時代なのに、どこかおかしくないだろうか?
そう感じるのは私だけかもしれないが、別にどう名乗るかは個人の自由だ。
だから私は、敢えてアルファベットで「Cafu」と名乗ることにした。
そして、同じように歩んできた仲間やおひとり様に向けて、『 Cafu(寡夫)Cafe 』として発信することにします。

要は、「おひとり様」のことである。
子どもの成長と比例して、子どもたちはどんどん親離れをしていく。
しかし、残された親のほうは、まったく「子離れ」の準備が出来ていないのだ。
我が家が一番賑やかだったのは、11年前のこと。
長男・クラマが高校3年、次男・ユウスケが小学6年、三男・コウタが小学2年だった頃だ。クラマとユウスケが野球をやっていたため、週末の洗濯物の量は尋常ではなかった。毎日のお弁当づくりに、巨大なおにぎり……あの頃は本当に目が回るような忙しさだった。

今思えば全てが愛しい話しである。
それが今や、クラマは結婚して一児の父になり、ユウスケは東京へ就職し、コウタは大学生になってろくに家に寄り付かない(笑)。にぎやかだった我が家に、静寂が戻ってくる。
62歳。私はここでもう一度人生をリセットし、新しい生き方をリスタートになる。

……ふう、とここで小さな「ため息」が漏れる。
子育てを終えた自分が、この先の人生で社会にどう貢献していけるのか。
講演活動をはじめ、「自らの経験をもっと多くの方にお伝えしたい、お役に立ちたい」と強く願う一方で、ふと周りの同世代を見渡すと、また別の「もどかしさ」が目に飛び込んでくるのだ。
60歳や65歳で定年を迎える企業が多い。久しぶりに会う友人も、非常勤や非正規といった働き方に変わっている。

ベテランの経験は、もう世の中に役に立たないのだろうか?

いや、ベテランの力をうまく生かしきれない社会になってしまっているのではないか。年金との兼ね合いなど、大人の事情もあるのかもしれない。そんなことに思いを巡らせてしまう。
時代が大きく変化していることは分かっている。しかし、シニア世代の活かし方を理解していない組織があまりにも多いのではないだろうか。
一方で、経験を積んだ側の「伝え方」にも課題はあるように思う。

積み重ねてきた言葉には重みがある反面、今の若手から見れば「またか…」と思われる場面もあるようだ。
「俺だったら」「俺の時代だったら」といった言葉は、今の世代には響かないどころか、避けるべきNGワードだと耳にする。
さらに言えば、自分の経験を感覚ではなく「可視化」「言語化」して伝える技術がない人も多い。感覚だけで教えようとすると、相手から「何を言われているのか分かりません」というような顔をされてしまうのだ。

人生100年時代と言うのであれば、シニア世代が継続して輝き、活躍できる場は間違いなく必要だと思う。
ただし、そのためには「自分自身が健康でいること」が最低条件になる。毎日のウォーキング、血圧や体重の測定など、自分自身の体をしっかり管理しなければ、結局は周囲に負担をかけることになってしまう。社会の側の受け皿と、シニア側の歩み寄りや自己管理。双方が噛み合わない現状に、なんとも言えないもどかしさを感じてしまう。

子育てを終え、「Cafu」として歩み出すこれからの人生。

自分自身の健康管理に努めながら、自分の言葉や経験をしっかり「言語化」し、社会の役に立てるよう発信を続けていきたい。
ため息をひとつ吐き出したら、また背筋を伸ばして歩き出そうと思う。
※毎週土曜日にアップします。

息子たちの大好きなホットサンド


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