Charlie Hustle〜グリーフと向き合う〜#1
〜「お前がしっかりしろ」の言葉に、涙を奪われたあの日〜
今だからこそ、伝えられる。
まさかのガン宣告から、わずか12日後に旅立った妻。「え? うそやろ?」という動揺から始まった、その後の人生。
「子育てや家事はどうするの?」と友人は心配してくれたが、私、長男、次男の3人は、まだ誰も現実を受け止められていなかった。
私たちが人前で最後に泣いたのは、告別式の時だった。
世間からは「みっともない」「お前がしっかりしないでどうするんだ」と言われる。そうなると、もう泣けない。
私が泣けないからこそ、子どもたちも泣けなかったのだと思う。
今なら「泣いていいんだよ。思いきり泣きなさい」と言える。けれど、当時は言えなかった。
半年後、医療関係の知人に「一度、メンタルクリニックに行ってみたら」と勧められ、診察を受けることにした。「できない」「無理だ」と口にしない私だったが、心と身体はすでに悲鳴を上げていたのだと、そこで初めて気づかされる。
メンタルクリニックのエレベーターを降りる。待合室にいる女性たちを見て、「病んでいる方なのだろうか」と思った。と同時に、今度は自分が待合室に座りながら、エレベーターを降りてくる人に対して「自分もそう思われているのだろうな」と感じていた。
診察室に入ると、医師はこう言った。
「病んでいますよ。これまで、泣いてこなかったのではないですか?」
「はい」
「男性はパートナーを亡くすと、泣けなくなるのです。周囲から『みっともない』『お前がしっかりしろ』と言われると、なおさら泣けない。これは、大切なパートナーを亡くした男性の『あるある』なんですよ。泣くことは、気持ちを外に出す(表出する)ことです。山にでも行って、思いきり泣いてきてください」
そうアドバイスをされた。
「悲しみは時間薬」「悲しみは乗り越えられる」「前を向こう」
世間はそう言うし、私はただ頷くだけだった。けれど、この先どうなるのかは全くわからない。道標(みちしるべ)が欲しかった。
そして「心のケア」が必要だとは感じつつも、そのケアが一体何なのか、自分でもわかっていなかった。
身体と心が、バラバラになっていた。
心のケアそれが「グリーフケア」という言葉なのだと知るまでに、私は5年の歳月を要したのであった。
