
母が数え続けた、「昭和100年」🗓️
🍁「今年は昭和〇年よ」という母の口ぐせ
「今年は昭和100年になるんよ」
お盆やお正月に実家に帰省した時、母はいつもカレンダーを見ながら私に言います。
「今年は昭和80年」
「今年は昭和95年」
元号が平成に変わり、令和へと移り変わっても、母の中では昭和の時間が途切れることなく、ずっと穏やかに流れ続けているのかなと思いました。
若い頃は「もう昭和じゃないのに」と少しおかしく聞いていましたが、「昭和100年」という大きな区切りを耳にしたとき、胸の奥になんだか温かいものが広がりました。
母が大切に数え続けてきたその時間。
私自身が過ごしたあの日々のことを思い出してみました。
昭和を知らない平成生まれや令和を生きる若い世代の人たちに、あの時代が持っていた「あたたかな手触り」を少しだけ書いてみたいと思います。
🍁「手間」と「時間」が教えてくれたこと
いまの世の中は、本当に便利だと思います。
指先ひとつで好きな音楽が聴けて、遠くの友人と一瞬でメッセージを交わすことができます。
失敗も少なく、効率的で、無駄がありません。
けれど、昭和の暮らしはもっと「手間」と「時間」がかかるものでした。
お気に入りの曲をラジオからカセットテープに録音するときは、息を潜めて録音ボタンを押しました。
そんな時に家族が部屋に入ってきて、
「し〜っ🤫」としたものです。
家族で写真を撮るときは、36枚撮りのフィルムを大切に使い、現像から出来上がってくるまでの数日間を、まだか、まだかと待ちました。
すぐに手に入らないからこそ、手元にある一枚の写真や一曲の音楽が宝物のようでした。
思えば、その「思い通りにならない時間」
こそが、私の心を豊かにしてくれていたように思います。

🍁おせっかいと温もりの境界線
昭和の風景を思い出すとき、そこにはいつも「人の声」がありました。
夕方になれば近所から夕飯の匂いが漂い、子どもたちの笑い声が路地に響いていました。
困ったことがあればお隣さんが醤油を貸してくれたり、近所のおじさんに叱られたりしました。
今考えると少しおせっかいで、プライバシーもなかったように思います。
けれど、そこには「人と人が無防備につながり合える安心感」がありました。
SNSの画面越しではなく、顔を合わせて交わす挨拶や、近所の人とのたわいもない会話の中に、確かな人の体温がありました。
🍁昭和の良さは、いまの暮らしの中にも取り戻せる
昭和の時代が、何もかも素晴らしかったと思っているわけではありません。
不便なことも、理不尽なこともたくさんありました。
だから、「昔に戻ればいい」と言いたいわけでもないんです。
昔を懐かしみながら、今の便利さも楽しむ。
私には、それくらいがちょうどいいのかもしれません😊
ただ、スピードが速すぎて少し息苦しさを感じたとき、昭和の空気を思い出すことがあります。
喫茶店の少し重い扉を開けて、深煎りの珈琲と固めのプリンを味わってみる☕🍮
好きな音楽を最初から最後までじっくり聴いてみる🎧
誰かと画面越しではなく、直接会ってたわいのないおしゃべりを楽しむ👭
そんな小さな行動の中に、昭和が大切にしていた「心の余白」や「人の温もり」はいつでも色あせずに存在しています。

🍁おわりに
「昭和100年」という節目に母の言葉を思い出しながら、あの時代から受け継いだ大切なものを次の世代へ手渡していけたらなと思います。
時短や効率が重視される令和の毎日に、ほんの少しの「のんびり」と「温かさ」があればいいなと思います。
昭和を駆け抜けた記憶が、いまを生きる方たちの心をふっと緩めるきっかけになれば嬉しいなと思います。
【参考】
2026年は昭和元年から満100年。政府も「昭和100年」を機に、関連施策やイベント情報を発信しています。
「昭和100年」ポータルサイト(内閣官房)
ハッシュタグ
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