
久しぶりに帰った実家で、ひと回り小さくなった両親の背中を見た
お盆に久しぶりに帰った実家はどこかいつもと違う時間が流れているように感じた。
前に行ったのはたしかゴールデンウィーク。
3ヶ月ぶりだった。
玄関で出迎えてくれた両親を見て、また小さくなっていたことに驚いた。
父のこと🌳
今年の始め、父が出先でつまづいて転んだ。
「久々に次女と行くから」と電話をしたら、母が申し訳なさそうに、父が転んで怪我をしたと言った。
骨折はしなかったものの、かけていたメガネが顔にあたって出血と打撲。
試合後のボクサーのような顔を、私はきちんと見ることができなかった。
父は家事を一切やらない人だ。
昔の人間独特の、何でも自分の言う通りにしないと気が済まない。
短気で負けず嫌いで、母にはよく当たる。
でも外面はよくて、近所では いい人 で通っている。職人気質で、「自分にできるのに、なんで子どもたち(私たち)はできないんや」といつも言っていた。
父は5人兄弟の4番目だ。
他の兄弟は病気で亡くなり、今は父だけが残っている。
気づけば80を超えていたことに私と娘は顔を見合わせて驚いた😌
母のこと🌸
母は昔から見た目が若く、きれいな人で、「〇〇ちゃんのお母さんはきれいやな」と、子どもの頃によく言われた。
大人になってからもよく言われ、それが正直、私はとても嫌だった。
私は父似で、母に似ているのは大きな二重の目だけだったから。
母は忙しなくて、とてもあわてんぼう。
そこだけは私も同じです。
そんな母も、父にだけは逆らえずに生きてきた。
お盆に帰ってみて🚙
3ヶ月会わないうちに、2人ともまた一回り小さくなったように見えた。
父はさらに耳が遠くなり、動作もゆっくりになっている。
でも頭はしっかりしていて、会話は普通にできている。テレビの字幕もはっきり見えているから、視力の良さにはとても驚いた。
母も動作のスピードがやや落ちた気がする。それより気になったのは、
「えらい(しんどい)」
という言葉を、何度となく発し、今まで聞いたことがなかったから、今回とても気になってしまった。
以前バセドウ病を患い、長く薬を飲んでいた過去がある。数年前に寛解しているけれど、少し私は心配になった。
そして今もなお、父は自分のこと以外は何もしない。というより、できない。
洗濯機も回せない、レンジで温めることもできない、銀行のATMも一人では操作できない。
以前、父が店先で何かを聞かれて、意味が分からず最後には怒りだし、「分からんから聞いたんや」と逆ギレしていたのを思い出した。ガラケー時代には、電話のかけ方を教えてもなかなか通じなかったことも思い出した😅
そして、帰りの車の中でふと思った。
あと何回、健康な両親に会えるのだろう

これから思うこと🌱
元気な今を、ちゃんと大切にしたい。
その気持ちは強くあります。でも同時に、これから2人とどう関わっていけばいいのか、正直まだ答えは出ていません。
家事もATM操作も一人でできない父。
元気な母もいつどうなるか分からない。
この先どちらかが倒れたら——考えたくないけれど、考えないわけにもいかない。
今はまだ、答えを探しながら、月に一度でも顔を見に行こうと思います。
それくらいしか、今の私にはできないから🍵
