
修司|第四章 第十三話|手羽先
ガラガラガラ
「いらっしゃいませ」
「予約してた──」
席に通されて、テーブルに向き合って座った。
「予約してくれてたの?」
「あー、うん」
「一応」
「入れなかったら、嫌だろ?」
「…うん」
「ありがと」
「ん」
「じゃあ試合と行きますか」
「お前それ、なにと戦ってんだよ」
呆れたように笑いつつも、声は優しかった。
「うるさい」
「いたっ」
掘りごたつの中で軽く脚を蹴ってやった。
「どしたの?」
ニヤニヤしながら聞く。
「…お前」
「あ、いたっ」
「ちょっと!」
「修司はだめでしょ」
「なんでだよ」
「やられたらやり返せって習っただろ」
「どんな育ち方してんのよっ」
「いてっ」
「ちょ、」
「失礼いたしまーす」
「ご注文、お伺いしまーす」
ちょっとだけ息が上がっていた。
「え、あ、」
「いや、」
「じゃあ──」
二人で目に付いたメニューを適当に頼んだ。
「お待たせ致しました」
ガラガラと個室の引き戸が引かれた。
「…え、」
テーブルにどんどん並んでいくお皿と修司の顔を見比べる。
修司もテーブルに肘をついた手で口元を隠して壁の方を向いているけど、完全に肩が揺れている。
「ごゆっくりどうぞー」
ガラガラ
引き戸が閉まって、思わずお互いに顔を見合わせる。
「…やば」
「…多すぎるだろ」
「誰」
「こんなに頼んだの」
「…お前と、俺」
「いや、そうなんだけど!」
「バカすぎない?」
「…だな」
「じゃあ、食べれるだけ食べるか」
「うん」
「研究してきたから修司にも教えてあげる!」
「ここ、こうするでしょ?」
「…ああ」
「で、こう」
「…ん」
「で、こう」
「………..」
「…ならない」
「…っ、はははは」
「ダメじゃん」
修司が目尻を下げて笑った。
「うるさい」
「試合、完敗だな」
「食べたらわたしの勝ち」
「出た、理論捻じ曲げ」
「…勝ちに行く」
「はいはい」
そう笑って、結局お互い無言で、ベタベタの手で、苦戦しながら食べた。
コツン
脚に修司の足先が触れた。
チラッと目で修司を見ると、修司はニヤっとしてこっちを見ていた。
ツン
手羽先を食べながらわたしも修司の脚に少しだけ触れ返す。
手羽先を食べる修司の口元が少し緩んだ。
何度かお互いにやり合ったところで、首を振ってから大袈裟にため息をついてみせた。
それからまた手羽先にかぶりつく。
修司の眉毛が少しだけピクっと動いた。
げしっ
「いてっ!」
「やられたらやり返せって、さっき習った」
「…俺、なんもやってねぇ」
ベタベタの手で摩ることも出来なくて、固まる修司が可笑しくて、声を出して笑ってしまった。
それから、修司のつま先にツンとわたしのつま先をくっつけた。
修司が驚いてこっちを見たのは分かったけど、そのまま無視して食べ続けた。
「…お腹いっぱい」
ふぅと息が漏れた。
「これ以上は俺も無理だわ」
「持って帰れるかな?」
「聞いてみるか」
「はーい。お包みしてきますね〜」
店員さんは慣れた手つきで残ったお皿を片付けて行く。
「手羽先とビール、最高」
「それはよかった」
「…連れてきてくれてありがと」
「ん」
「ねえ、修司」
「ん?」
「プレゼントは?」
「…忘れてた」
少し目が泳いでいる。
「嘘つけ」
「…考えてたけど」
「やめた」
「なんで」
「…なんか違うと思って」
「…なおみは?ねえの?」
「ない!」
「一緒かよ」
すこし安心したように笑う修司の目を見て、
「一緒」
と、わたしも繰り返した。
「…癖?」
「え?」
「首」
そう言われてから、ようやく首元に触れていたことに気がついてパッと手を下ろした。
「…別に」
「そっか」
ずっと触れていた修司のつま先が少し離れて、そっと重なった。
思わず顔をあげると、また、あの目だった。
なんでか少しだけ目頭が熱くなってしまって、誤魔化すようにビールを飲んだ。
「お待たせしました〜」
包んでもらった手羽先を受け取った。
「…行くか?」
「…うん」
離れて行くつま先が冷たかった。
厚手のコートを着てストールをぐるぐるに巻いた。
「すぐそこなのに」
「…寒がりすぎない?」
「…うるさい」
「絶対外寒いからいいの」
「…なあ」
「なに!」
また揶揄われると思って語気が強くなった。
「…今日さ」
「綺麗だよ」
「え、」
「…それ今言うの」
「ずるい」
「そっか、ずるいか」
はははと笑われて、コツンとつま先で脛を蹴った。
「蹴るなよ」
そう言いながらまだ少し笑っている。
「…修司は」
「いつも、かっこいい」
「むかつく」
「そうか、むかつくか」
「ほら」
「行くぞ」
「あ、待って」
手羽先の入ったビニール袋を持って先に歩いて行く修司の耳が少し赤かった。
「ごちそうさまでした」
そう二人で言ってから店を出て、駅に向かう。
強い風が吹いた。
「さむっ」
「だから言ったじゃん」
「うるせえ」
「家出た時はこんなじゃなかっただろ」
「バカじゃん」
「しょうがないなぁ」
「貸してあげる」
ぐるぐるに巻いたストールを解いていく。
「え、」
「それはダメだろ」
「なんで」
「なおみが寒くなる」
「コートしめれば平気だよ」
「ほら」
「巻いてあげるから屈んで」
「…ありがと」
屈んだ修司の首にストールをかける。
いつもより近くなった修司と目が合った。
優しい目をしていた。
急にストールを巻いてあげていることが恥ずかしくなって、
「しょうがないなぁ」
ともう一度言った。
「なあ」
「ん?」
また目が合った、と思った時には修司の顔が目の前にあった。
あまりに一瞬のことで、キスされたと気づいたのは、唇が離れる時だった。
勢いよく体を起こした修司につられて、ストールの両端を持っていたわたしも引っ張られる。
「ぶ、」
修司の胸に顔からぶつかって変な音がした。
「…….」
「なに、今の音」
「…知らねぇよ」
「…….ふふ」
「笑うなよ」
と言う修司も少し口の端が揺れている。
「修司も笑ってるじゃん」
「…もう」
「ほら、ちゃんとして」
最後の一巻きが残っている。
ストールを引っ張って、屈むように促した。
「…ん」
そう言って屈みながらわたしの肩に片手が触れる。
「え、」
キスが落ちた。
何度か浅く食まれて、離れていった。
「…これでいい?」
「え、」
「いや、わたしが言ったの」
「…こっちの話」
そう言って掴んだままのストールの両端をツンと引っ張った。
「…は?」
それから、少しつま先立ちになって、目が泳いでいる修司の首にもう一周ストールを巻きつけた。
「…でも」
「今のも、いい」
「え?」
「だから、」
「もっかい」
「え、」
返事も待たずにつま先立ちのままキスをした。
一瞬遅れて修司の腕が腰に回る。
何度も、なぞるようにゆっくり重ねた。
息が上がって、ようやく唇が離れていく。
ゆっくりと目を開けると、目が合った。
冷たい風に揺れて、手羽先の入ったビニール袋が腰のあたりでカサカサと音を立てていた。
シャーッ
自転車がすぐ横を通り過ぎた。
ハッとして同時に飛び上がるように離れた。
「……行くか」
「…うん」
「…ほら」
少しぶっきらぼうに差し出された大きな手に、自分の手を重ねた。
しばらく静かに歩いたところでふと修司が言った。
「…このストール」
「なおみの匂いする」
「はあ?!」
「変態!」
「返して!」
「無理」
修司はいたずらそうに笑った。
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