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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第4話 最埌の日々④

     6.

     私は目を芚たした。口には酞玠マスクがあおられ、腕には点滎が぀ながっおいる。ここは病院か 起き䞊がろうずしたが、手足が瞛られおいお動けない。
     どうなっおるんだ、これは。モゟモゟ動いおいるず息苊しくなっおきた。たた暗闇が近づいお来る。
     再び私は目を぀むる──

     ───

     気が぀くず、家の裏の畑に立っおいた。
     私は劻ずずもに畑仕事をしおいた。栜培しおいた今幎のじゃがいもの出来はたずたずだった。
    「芪父」
     声のした方を振り向くず勝男がいた。嫁の和子ず、ただ小さい孫の陜介が道に立っおいる。
    「おヌ早かったな」
    「じいちゃん」
     陜介があぜ道を駆けおきた。私は陜介を抱き䞊げた。
    「久しぶりだな、元気だったか」
    「うん、今日もポッポヌ芋られる」
     陜介は倩北線のデゎむチを芋るのが奜きだった。私は腕時蚈を芋た。
    「そうだな、もうすぐ急行が通るな。じいちゃんず䞀緒に芋よう」
    「わヌい」

     ───

     話し声のする方向を芋るず勝男ず私の心臓の䞻治医の先生がいる。私はい぀の間にかベッドの端に座っおいた。状況がよくわからないがずりあえず二人の話に耳を傟ける。

    「─なので、お葬匏にはお父様もおられた方がよいでしょうから、䞀旊退院にしたしょう」
    「倧䞈倫ですかね」
     勝男が心配そうに聞く。
    「たあ倒れた時よりだいぶ持ち盎しおきたしたから」
    「はあ」
     先生はそう蚀うず足早に郚屋を出お行った。ため息を぀いおいる勝男に私は聞いた。
    「母さんはどこに行った」
    「だから䞀昚日亡くなったんだよ。さっき蚀っただろ。今日が通倜で明日が葬匏だ」

     私は勝男の蚀葉に耳を疑った。母さんが亡くなったそんな話は聞いおいない。勝男に問い質したかったが、䞍機嫌そうなのでやめた。䞻治医に蚀われた通り退院ずなったので勝男はさっさず荷物をたずめた。私は今ひず぀はっきりしない、倢う぀぀な気持ちで勝男を眺めおいた。

     勝男に蚀われるたた病宀を出お、勝男の車に乗り病院を埌にした。車の䞭から倩北線の線路が芋えた。よく目にするい぀もの颚景だ。
     しかし、螏切を枡る時に工事車䞡が停たっおいるのが目に぀いた。螏切の手前には札が立おかけおある。「この螏切は列車が通りたせん」ず曞かれおいた。工事車䞡の暪で、重機が螏切の蚭備を撀去しようずしおいる。
     どうしお螏切を撀去するのか 私は䞍思議な思いで眺めおいた。

     自宅に着くず、居間には既に祭壇が䜜られおおり、劻が入った棺の暪に私は座った。死化粧が斜された劻の顔を芋おも、どこかで劻が生きおいるような気がしおいた。

     通倜も葬匏も気が぀くず党おが終わっおいた。駅長や枡蟺さんを始め近所の人たちに声をかけられたが、私は劻が死んだかどうかわからないので䜕ず答えたらよいかわからなかった。
     そんな私を掚し量るように、みな「二人ずもよくがんばった」ず優しく肩をたたいおいった。

     葬匏の埌、私の様子を芋かねた息子は旭川に来いず蚀っおきた。私は鬌志別に残るず蚀っお聞かなかった。䜕かあったらすぐに電話するんだぞ、四十九日の時にたた来るから、ず目に䞍安の色を浮かべながら息子たちは垰っおいった。

     7.

     劻の遺圱を芋ながらの私だけの暮らしが始たった。やはり劻は垰っおこない。私ひずりのがらんずした郚屋の䞭。劻がいないず䜕もする気にならない。静寂の䞭で聞こえおくるのは、劻があの日発した「むダむラむケレ──」の声だけだ。
     
     がんやりしながらもスヌパヌに行っおの買い物は䜕ずかできた。しかし買うものを忘れたり、間違っお買ったりが倚いようだった。盞倉わらず茫然ずしおいる私を芋お、次第に近所の人たちずの䌚話も枛っおいった。

     駅前を通ったずき、鬌志別の駅舎は解䜓工事が始たっおいた。駅名暙は既に倖されおいる。重機が唞り声を䞊げお駅舎の壁や柱に噛み぀き、朚が裂ける音が響く。叀い駅舎は容易に厩れおいった。散らばった残骞は速やかに片付けられおいく。
     今埌は代替バスの新しいタヌミナルが建぀ずいう。か぀おの鬌志別駅前が新しく生たれ倉わるず駅長が蚀っおいた。

     私は家に垰った。時蚈を芋るず思ったより倧幅に時間が経っおいる。そろそろ劻が垰っおくる時間だ。どこぞ出かけおたんだっけ。それよりちょっず歩きすぎたのかな、かなり息苊しいぞ。
     私はそのたた床に倒れ蟌んだ。

    ──

     目の前には完成したばかりの真新しい鬌志別の駅舎がある。ただ二十歳くらいだった若い私ずミナがそこにいた。駅前にはたくさんの人がいる。
     私たちは人目を避けるように駅舎の䞭に足早に入っおいった。混雑する駅舎内で玠早く目を走らせる。コサマむンに教えられた通り刞売所に行く。
    「皚内たで二人」
     䞭幎の駅員はゞロリず私たちを芋た。切笊を枡し、もうすぐ列車が来るから早く行け、ず蚀った。 
     改札を通りホヌムに出るず、ホヌムにも倚くの人がいる。間もなくどこからか汜笛が聞こえおきた。線路の向こうに目をやるず、もうもうず立ち昇る煙を吐き出す機関車が向かっおくる。あれに乗れば倧䞈倫だ。
    「──よかった」
     胞をなで䞋ろし、ミナに埮笑んだその盎埌だった。
    「䜐野──」
     背埌からあの男の声が──

    「たずい」ず思った私は身䜓を起こした。私は床の䞊で寝おいた。
     ふう、倢だったのか。呚りを芋るず家の䞭は真っ暗だった。そういえば劻は今日も垰っおきおない。やはり勝男が蚀うようにこないだ劻は死んだのかもしれない。
     私は郚屋の灯りを぀けた。祭壇の劻の写真が私にほほ笑みかけおくる。そうだよな、死んだんならもう垰っおこないよな。

     郚屋にはスヌパヌで買っおきた二人分のおにぎりや総菜などが眮いたたたずなっおいる。劻の垭に眮かれた箞もそのたただ。ずりあえず食べるずするか。いや、そんなこずより私は劻の遺品の敎理をしなければならないんだった。息子に頌もうか? いや、どれが倧事なものかはあい぀には分からんだろう。
     
     たずタンスからだな。私は劻のものが入っおいる匕き出しを開けた。劻の服のほか小物や化粧品、今たで受け取った手玙の類が敎然ず収玍されおいた。䜕から手を付けおいいかわからない。途方に暮れおいるず小さな叀びたナむフが目に止たった。
    「これは──」
     私はそれに芋芚えがあった。蚘憶の奥深くに沈んでいるそのナむフをじっず芋぀めた。
     マキリ──
     劻ず結婚する時に私が枡したもの。そうだった。豊原のペナンケ叔父に教えおもらいながらこっそり私が䜜ったマキリ。劻はその埌もちゃんず取っおおいおくれおいた。
    「倧事にしおいおくれたんだな──」

    「そんなの圓たり前ですよ」
     私は声のした方を振り向いた。遺圱の劻が私を芋お笑っおいる。
    「そんな倧切なもの」
    「そ、そうか」
     劻は曎に続ける。
    「捚おたりするわけないじゃない」
    「──うん」
     私の反応を芋お劻はやや䞊目遣いになり、
    「あなたは私があの時枡したアットゥシの刺繍、捚おちゃった」
    「いや、捚おたわけじゃないけど──」
     目が泳いでいる私を芋お劻は笑った。぀られお私も笑った。

     電話の呌び出し音が鳎っおいる。
     目を開けるず倖は既に明るい。時蚈を芋るず十時過ぎである。たた祭壇の前で寝おしたったようだ。
    「俺だけど」
     受話噚から聞き慣れた声が聞こえおきた。声は知っおいるはずなのに、誰なのか思い出せない。黙っおいるず、
    「おヌい、聞こえおるか」
    「おう、どうした」
     ずりあえず返事をした
    「倧䞈倫なのかその埌䞀人で䜕ずかやっおるのか」
     どうやら息子の勝男からの電話らしい。
    「どうなんだちゃんずごはんも食べられおいるのか」
     あたり食べた蚘憶もはっきりしないが、ずりあえず倧䞈倫だ、ず蚀った。
    「たあでも䞀人暮らしが難しいようなら早めに蚀っおくれよ。旭川に来おくれた方が俺は安心だよ」
     私は受話噚を持ったたたた䜕ず答えればよいかわからない。
    「たた母さんの四十九日の盞談もしないずいけないしな」
     四十九日ずいうずいう蚀葉か匕っかかる。
    「ただだ」
    「䜕だっお」
     勝男の声が倧きくなった。
    「母さんはさっきたでそこにいた。ただ死んでない。俺は母さんずしゃべっおたんだから」
    「・・・」
     受話噚の向こうは沈黙が続く。
    「だからやらんでいい」
     少しの間があった。
    「芪父」
    「なんだ」
    「倧䞈倫か」
     息子の怪蚝そうな声が私の神経を苛立たせた。
    「心配せんでいい」
     私は䞀方的に電話を切った。
     掌のマキリを芋぀めながら、私はたた遠い蚘憶の䞭に吞い蟌たれお行った。

     目を芚たすずあたりは明るくなっおいた。私は床から身䜓を起こした。呚りにはスヌパヌで買っおきた食べ物のゎミが散乱しおいる。ごはんは食べたんだろうか。たああたり空腹でないから食べたんだろう。
     ふらふらず玄関の戞を開け倖に出た。あれ、俺は䜕をしようずしおいたんだ。そうだ、劻のお芋舞いに行くんだった。

     病院ぞ続く道を歩いお行くず、䜕やら倩北線の線路で工事をしおいる人たちがいる。保線䜜業䞭のようだ。ご苊劎さんでも蚀おうかず思い近寄っお芋るず、枕朚から犬釘を抜いお線路を撀去しおいる。䞀䜓䜕をしおいるのか。
     慌おお駆け寄り䜜業員たちを問い詰めた。
    「䜕をしおいるんだ」
     癜髪混じりの䞭幎の䜜業員が眉をひそめお私を芋た。
    「芋おの通りだ。廃止されたから撀去しおんだ」
    「なんだずそんなこずは聞いおない」
    「ちょっず危ないから離れおおくれよ」
     そう蚀っお私を抌し返すず圌は再び䜜業に戻っおいった。
     私はなす術がなかった。そしお興奮したせいかたた胞苊しさに襲われた。暗闇が迫っおくる。たずい、早く垰っお䌑たなければ。
     私は撀去䜜業を暪目で芋ながら家に急いだ。どんどん胞苊しさは悪化する。

     重機が容赊なく倩北線のレヌルを匕き剥がしおいる。その鋌鉄が軋む嫌な音が、私の脳裏に眠っおいた黒い泥を掻き乱す。

     枕朚の犬釘、レヌル、貚車──。どこかで芋た光景だった。

     気が぀くず家に垰り、劻ず話をしおいた。
    「線路が取り倖されおいっおたよ」
    「そう」
    「鬌志別川のコタンの近くで」
    「ちょうどあなたたちがいたあたりね」
    「──そうだったな」
     蚀われおみればそんなふうだったような気がする
    「朚厎さんずか石原さん、でしたっけ」
    「そう、だった──」
    「みんなで敷いた線路なのにね」
    「ああ──」

     朚厎──
     石原──
     接田──
     䌊藀──・・
     私は劻の遺圱を眺めながら、奥深くに眠っおいた蚘憶がたた蘇っおくるのを感じた。そうだよな、私はここに連れおこられた。思えばそれが私の人生の党おの始たりだった。

     その蚘憶は、もう止めるこずができなかった。
     あれはい぀頃だったんだろう──・・

     

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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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