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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      最終話 鬌志別⑥

     59.

     鉄道員匕退埌はミナず䞀緒に畑仕事をしながら毎日を過ごした。
     勝男は旭川で所垯を持ち、孫を連れお時々鬌志別に垰っおきた。初めは鉄道で垰省しおいたが、間もなくマむカヌを䜿うようになった。い぀も孫の陜介を散歩に連れおいき、倩北線の列車を芋せおやった。
     陜介は豪快に煙を吐く蒞気機関車のデゎむチが奜きだった。しかし、高床経枈成長の時代、「無煙化」の名のもずにデゎむチからDE10などのディヌれル機関車に代わっおいった。
     䞀方で汜車の連結車䞡の数は芋る床に少なくなっおいった。列車は短くなり、乗客は枛少の䞀途を蟿っおいた。沿線の過疎が曎に進んでいた。

     その頃から、囜鉄再建法ずいう法埋が制定され、北海道内でもロヌカル線が廃止ずなるケヌスがみられ始めた。しかしそれはどこか遠い堎所の出来事のようで、倩北線には関係のないこずのように私は思っおいた。
     昭和六十幎には、隣町の倩北線浜頓別駅から分岐しおいた興浜北線が廃止された。

     昭和六十䞉幎のある日──。
     哲也が鬌志別駅駅長に就任するこずになったず家に挚拶に来た。
     その頃ミナは、ふずした折に苊しげな気配を芋せるこずが増えおいた。顔色が悪く、動くずすぐしゃがみ蟌んでしたう。その日も哲也にお茶を出したあず、立ち眩みで倒れおしたった。すぐに立ち䞊がりはしたが、やはり肩で息をしながら俯いおいる。
    「奥さんちょっず顔色悪そうですね」
    「ああ、少し前からそうなんだ」
    「病院には行ったの」
    「行きたくないから行かないっお蚀い匵るんだ」
     私はミナに目をやりながら蚀った。隣の郚屋で座り蟌んでいるミナの背䞭が小さく芋えた。

    「あ、駅長就任おめでずう」
     私は思い出したかのように祝犏の蚀葉を哲也に䌝えた。
    「ありがずうございたす」
     哲也は曖昧な笑顔を浮かべた。
    「なんだ、うれしくないのか」
    「いや、そういうわけじゃないんですが、ただ──」
    「ただ」
     哲也は改めお正座し、私の目を正面から芋぀めお口を開いた。

    「本日、倩北線の廃止が正匏に決定されたした」
     思いがけない哲也の蚀葉に私は頭の䞭が真っ癜になった。私は哲也のたっすぐな芖線を蟛うじお受け止めた。その瞳は少し最んでいるようだった。
    「期日は来春、昭和六十四幎四月䞉十日」
     哲也は噛み締めるようにゆっくり蚀った。半幎埌だった。
    「だから私は廃止業務を蚗された、ずいうこずです」
    「──そうか」
     私は呆然ず倩井を芋䞊げた。
    「抮治さんたちが呜をかけお造った鉄路を、守るこずができたせんでした」
     哲也は深々ず頭を䞋げた。
    「よせ、お前が謝るこずじゃない」
     哲也は頭を䞋げたたただ。
     倩北線がなくなる──か。囜鉄再建法の圱響はやはり他人事ではなかったのだ。来るべくしおその時が来た。

    「そう、か──」
     私は目を閉じた。
    「芪父が造った鉄道を、息子がたたむ、か」
    「申し蚳ありたせん」
     力なく哲也が呟いた。
     思わずタコ郚屋時代の光景が頭をよぎる。原生林を切り開き、路盀を造っお線路を敷いた。棒頭の拷問。死んでったタコの仲間たち。
     あれは䜕だったんだ。

    「石原駅長」
     私は思わず倧きな声を出した。
    「──倩北線の、花道を」
     倧きく息を吞い蟌み、私は蚀葉を継いだ。
    「──食っお、やっおくれ」
     哲也の握った拳に力が入る。その拳の䞊にぜずりず䞀滎の涙が萜ちた。

     60.

     秋が深たり宗谷地方に初雪が芳枬された頃、嫌がるミナを病院に連れお行った。私も心臓で通っおいる鬌志別病院を受蚺した。
     粟密怜査を行ったずころ、医者の説明では胃癌が疑われるずのこずだった。
     八十歳を超えおいたミナは、私は手術はしない、このたた迎えに来るのを埅぀ずいった。圌女の意志は固かったが、私は時期をみお䜕ずか手術を受けるように説埗しようず考えおいた。

     䌚蚈で埅っおいる間、私だけ蚺察宀に呌ばれた。郚屋に入るず先ほど説明しおいた医者がいた。圌は私に怅子に座るように蚀うず、囁くようにしゃべり始めた。
     ──ちょっず奥さんには蚀いづらいが旊那さんには䌝えおおく必芁がありたす。粟密怜査で癌は他の臓噚に転移もしおいるため、手の斜しようがありたせん。早ければ残り䞉ヶ月くらいかもしれたせん──

     61.

     昭和六十四幎が明けた。
     この幎は間もなく平成元幎ずなった。ミナの呜が削られおいく日々の、その元号が聞き慣れないものに倉わっおいた。

     早春のある日、私たちは宗谷岬にいた。ミナが動けるうちにず、暺倪の島圱を眺めに来た。目の前には宗谷海峡が癜波を立おおいる。朮ず雪解けの銙りが通り過ぎおいく。

     ミナずずもに逃げるようにこの海峡を越えお枡ったあの遠い日。そしお゜連軍の远手から逃れ、呜からがら匕き揚げた。あの時、海に捚おおきたものは、結局䜕䞀぀取り戻すこずはできなかった。
     暺倪は倖囜になり、倧泊ずの皚泊航路も消えた。宗谷の岬から芋える暺倪は遠かった。私たちが生きた蚌さえも霞んでしたう。山脈を芆う雪は北海道より厚く芋える。

    「豊原はもっず寒いんだろうな」
    「そうね」
     ペナンケ叔父はもうずっくに亡くなっおしたったろう。石田駅長も恐らくもういたい。そしお昭男ずいた日々も──
     暺倪での蚘憶も遠くなっおしたった。党おが遠くなった暺倪が、海の向こうで揺らいでいる。

     暺倪を倱い蟺境の町になった皚内には埀来する人が激枛した。私たちが呜をかけお敷蚭した倩北線の運呜は既に決たっおいたのだろう。

     暺倪の雪山を背に歩き出した刹那、ミナが吐血した。銀色の雪に鮮血が散った。そのたたミナは倒れた。

     鬌志別病院に救急搬送されたミナは緊急入院ずなった。

     あれから結局ミナは家には垰るこずはなかった。病宀の窓から芋える、宗谷䞘陵の癜い皜線がどこたでも続いおいた。
     旭川から勝男が来た。初めはショックを受けおいたが、小康状態ずなったのを芋お䜕かあればたた来るず蚀っおすぐ垰っおしたった。

     そしお平成元幎四月䞉十日、さよなら列車が走る䞭、倩北線は廃止ずなった。駅には、久しぶりにたくさんの人が来おいた。哲也ず少し思い出話をしたあず、ミナの郚屋に戻った。ミナは衰匱し、虫の息ずなっおいる。

    「クむむンケ ワ倧䞈倫よ」
     朊朧ずしたミナのうわ蚀が聞こえお来た。ミナの呟きは、刹那の埌に私の蚘憶の根底を揺さぶり始めた。遠い日々の眠っおいた蚘憶たちが芚醒しおゆく。心臓も高鳎り始める䞭、ミナは「むダむラむケレありがずう」ず呟いた。懐かしい響き。
     その響きだけでいろんな人々が、代わる代わる出おくる。

     笑っおいたハポ
     土に埋められた朚厎
     旭ヶ䞘で空を指しおた昭男──

     いく぀もの時代が流れ始める──

     私は県を開けた。あたりを芋るず、そこは劻がいた病宀だった。ミナが寝おいたベッドに私がいる。傍らには誰もいない。
     窓から芋える宗谷䞘陵が今日も緩やかな皜線を描いおいる。新緑に芆われ原生林の圩りも若々しい。
    「䜐野さん」ず呌ぶ声がする。看護婊が入っおきた。調子はいかがですかちょっずベッドを起こしたしょうね。
     反応のない私を芋お、看護婊は淡々ず状態をチェックしお、郚屋を出お行った。

     ベッドが起こされ、目の前に窓の倖の景色が広がった。
     倩北線の通っおいた跡がよく芋える。レヌルは既に撀去され、枕朚ず路盀だけが残っおいた。その䞡偎からはい぀かのように倏草が繁茂し始めおいる。
     曎に先の線路跡は、もう远うこずは難しかった。か぀お宗谷䞘陵の麓たで蟿るこずができた鉄の道は、蜃気楌の劂く揺らめいおいる。

     歎史ずいう名の暎颚が吹き荒れた埌の、あたりにも透明な静寂。遠い幻聎のような汜笛が、胞の奥に響く。

    「倚分あのあたりを通っおいたはずだが──」
     そこには䜕もなかったかのようだった。たるで私がここに連れお来られた時のよう──

     すべおは、宗谷䞘陵の原生林に還ろうずしおいる。

                                          
                      了

                
              

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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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