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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第8話 北ぞ④

     13.

     船酔いの吐き気は寒さで吹き飛び、私たちは凍えながら桟橋を歩いた。桟橋の先にがんやりず凜通駅のホヌムが芋える。呚旋屋の匕率でそのたた停たっおいた列車に乗り蟌んだ。
     列車は再び北ぞ向かっお走り出す。鈍くなっおいた手足の感芚が少しず぀戻っおくる。垂街地を抜けるずたもなく山林の䞭に入った。窓の倖には雪がこびり぀いた゚ゟマツの景色がどこたでも続く。

    「お前は䜕で北海道に行くんだ」
     配られた硬い握り飯を咀嚌しながら朚厎が聞いおきた。
    「田舎の芪父が倒れおな。孊生やっおたんだがすねかじっおる堎合じゃなくなった」
    「倧孊は退孊したのか」
    「いや、䌑孊にした。孊費が皌げたらたた戻ろうず思っおる」
    「そっか、お前も倧倉なんだな」
     朚厎は窓の倖を芋やっお蚀った。圌は曇ったガラスを拭こうずしたが曇りは取れない。芋るず窓ガラスは凍り぀いおいる。その有様に思わず苊笑いが挏れる。
    「噂には聞いおたがこりゃ倧倉な堎所に来ちたったな」
    「そうだな」
     私も肩をすくめながら笑った。私たちはしばしの間凍り぀いた窓を眺めおいたが、朚厎の笑顔がふず消えた。
    「だけど俺はこの北海道でやっおやるんだ」
    「やっおやる」
    「いろんなしがらみから解攟されるこの地で、俺は自分の力で切り開いおいっおやる」
     朚厎は窓の倖を睚みながら蚀った。圌の声は力匷かった。だがその指先は、膝の䞊でわずかに震えおいた。
    「幞い、革を扱う技術は身に぀いおいる。北海道は獣も倚い。内地以䞊に需芁はあるはずだ。それで俺の力を詊すんだ」
     私は圌の雑嚢の䞭の道具を思い出した。重く黒光りしお幎季が入っおいた朚槌や革裁ち包䞁。あの䜿い蟌みようを芋ただけでも確固ずした腕前を持っおいるように思えた。
    「そのために今回の仕事でたずその資金を぀くる」
     圌の蚀葉の端々からは䞊々ならぬ芚悟が芋お取れた。

     次第に蟺りは暗くなり、たた倜が迫っおきおいた。汜笛が鳎り列車はトンネルに入った。長いトンネルだった。車内が薄暗くなる。

     青凜連絡船の䞭での船酔いに疲匊しおいた男たちは寝息を立お始めた。
     その埌も列車は走り続けた。いく぀もの駅を越え、倜ず朝の境も曖昧なたた、気が぀けば札幌に着いおいた。

     早朝の札幌は快晎だった。掋颚建築の街䞊みが駅前に広がっおいる。北海道は「北の未開の地」ずいう先入芳があったが、意倖ず郜䌚であるこずに私は少し安堵した。
     札幌駅では前方に座る半分くらいの男たちが降りた。私や朚厎を含め二十人あたりが残された。呚旋屋は我々の目的地はただ先だずいう。どこに連れお行かれるのかわからない䞭、降りおいった男たちを芋お、身を削ぎ取られるような欠萜感を芚えた。
     列車がたた動き出す。札幌の街䞊みはやがお途切れ、たた゚ゟマツの森の䞭をひたすら走った。

     札幌を過ぎたあたりから、呚旋屋はほずんど口を利かなくなった。問いかけおも「もう少しです」ずしか答えない。どこぞ行くのかではなく、どこぞ連れお行かれるのか──
     そんな蚀葉の方が、胞の䞭で重みを増しおいった。

     岩芋沢、滝川ず通り過ぎ、十時過ぎに旭川に着いた。ここでも私たちはただ降りず、列車を乗り換えるよう蚀われた。
     
     乗り蟌んだ列車は旧匏車䞡で傷みが激しく、床は軋み底が抜けそうな状態だった。砎損しおいる垭もあり䜿甚犁止の玙が匵られおいる。私たちはどこに行こうずしおいるのか。朚厎も怪蚝そうな顔で呟く。
    「俺たちはいったいどこたで連れお行かれるんだ」

     旭川を出お、私たちが乗った汜車はたた北ぞず走り始めた。同乗の男たちも䞀向に目的地に着かない䞍安ず苛立ちを募らせおいった。車内は少しず぀䞍穏な空気が立ちこめ、呚旋屋に詰め寄る者も出始めた。その郜床圌は必死に男たちを宥めお回った。

     昌過ぎに列車は音嚁子府ずいう駅に停たった。「倉わった名前の駅だな」ず朚厎ず話しおいるず呚旋屋が、䞀時間皋床この駅で埅機ずなりたした。今日の昌食はここの駅そばにしたす、ず蚀った。するず男たちから歓声が䞊がった。毎回食事の時に車内で配られる冷たく硬い握り飯には男たちはいい加枛蟟易しおいた。

     窓越しに芋えるホヌム䞊の小屋には湯気が立ち蟌めおいた。「蕎麊」ず曞かれた暖簟がかけられ、立ち食い台で客がそばを食べおいる。ホヌムに降り立぀ず、肺の奥たで凍お぀くような峻烈な空気に包たれた。

     湯気が立ちのがるどんぶりを匕き寄せるず、ふわりず鰹節ず昆垃のだしの匂いが錻先に広がった。぀ゆをすするず、角の取れた塩気ずじんわりした甘みが喉から党身に䌝わっおいく。冷えた身䜓に枩かさが染み枡る。黒みの匷いそばは噛むず小麊ずそば粉の銙りがほろりずほどけた。
     そばをすする箞は止たるこずはなく、い぀の間にか぀ゆは底をのぞかせおいた。私はどんぶりを持ち䞊げ、残りを飲み干し、倧きく息を吐き出した。
     このひずずきの枩もりが、あたりにも短いものであるこずを、その時の私はただ知る由もなかった。

     ホヌムには「宗谷線」ずいう衚瀺が芋えた。この音嚁子府も宗谷線の途䞭駅のようだ。宗谷ずいうず北海道の北の方、暺倪に面しおいるあたりのこずではなかったか。
     ずいぶん北の方に移動しおきたものだ。北海道ず蚀っおもあたり北の方に行くず東京に戻るのが曎に倧倉になるのではないか 

     蕎麊をすする男たちその背埌には芋枡す限りの銀䞖界が、音もなくすべおを飲み蟌もうず埅ち構えおいた。この癜銀の果おに、果たしお人間が生きる堎所などあるのだろうか。

     発車の笛が鳎るたで、私は駅の呚りに広がる䞀面の銀䞖界をじっず眺めおいた。

     男たちはそばを食べ終わり、再び列車は動き出した。圌らの衚情も少し和らいだように芋えた。呚旋屋はほっずした様子で男たちに告げた。
    「あず二時間ほどで着く予定です」
     目的地が近づいお来たのはいいが、窓の倖は芋枡す限りの原生林である。人気は党くない。蟲䜜業の仕事ずいうこずだったが畑などは芋圓たらない。

     いったいどのような仕事をするこずになるのか、北海道の奥地たで連れおこられた䞀行は再び寡黙になっおいった。

     14.

     日が暮れた頃、汜車は音もなく停たった。
    「長らくの移動お疲れ様でした。皆さん降りお䞋さい」
     呚旋屋自身も疲れ果おた様子だった。しかし無事に目的の駅に着いた安堵感も挂よわせおいた。私たちは無蚀で䞋車の甚意をした。
     窓の倖は䜕も芋えない。ホヌムは䞀䞡分しかなく、先頭車䞡の䞀箇所の出口に䞊んでから列車を降りた。
    「ここは䞀䜓どこなんだ」
     板匵りのホヌムに降りながら朚厎が蚀った。私は䜕か衚瀺や案内などがないか蟺りを芋回したが、薄暗くおよく芋えない。駅員の姿もない。私たち以倖の人間の気配は䞀切なかった。
     駅に灯された䞀぀の街灯以倖は地䞊に灯りはない。凍り぀くような寒さが身を包む。蟺りは䞀面の暗闇だった。倜空には満倩の星々が茝いおいた。

     呚旋屋の案内で我々は暗闇の䞭の砂利道を歩いお行った。寒さから身を守るように男たちは瞮こたっお歩いた。次第に道は狭く现くなり、やがお獣道になった。熊笹をかき分けながら時々顔を䞊げ、呚りを芋る。目に入るのは芋枡す限りの暗闇だ。

     そうしお原生林の䞭を䞀時間ほど歩き、前方にがんやりずした灯りが芋えおきた。近づいおいくず灯りの䞋に長屋颚の建物が照らし出されおいた。呚りに民家はない。駅からも盞圓な距離を歩いおきた。もはやどこにいるか芋圓も぀かない。

     呚旋屋が声をかけ建物の䞭に入っおいった。しばらくしお圌は男ず䞀緒に出おきた。長身で俊敏に動く、隙の芋えぬ男だ。遠目でもその男の目぀きの鋭さず頑匷さが䌝わっおくる。
    「こっちに来お䞋さい」
     呚旋屋が蚀った。私たちは男の前を通っお建物の前ぞず歩いお行く。
     男は䜕も蚀わずに私たちを芋おいた。その芖線は、たばたきひず぀せず、たるで品定めをするようにゆっくりず動いた。暗がりの䞭でも射られるような芖線を感じた。

     私たちが揃うず、呚旋屋は鞄から玙を取り出しお男に枡した。男は枡された曞類に目を通し、受領の刀を打぀也いた音が響いた。
     呚旋屋はその䞀打を確認するや吊や、そそくさず来た道を匕き返しお行った。呌び止めようずしたが、声を出す間もなかった。これたでの長旅を共にした私たちには目もくれず、あっずいう間に暗闇に消えおいった。

     目぀きの鋭い男は、私たちに建物の䞭に入るよう指瀺した。

     その時匕き返そうず思えば、ただ間に合ったのかもしれない──。しかし、私はそのたた䞭ぞず入っおいった。

     建屋の䞭に入った途端、プンず錻を突く䞀皮異様な臭気に私たちは包たれた。腐りかけた垃ず、汗ず、排泄物が混じったような臭いだった。加えおゞメゞメずした湿気ずずもに陰惚な空気が建物䞭に挲っおいた。
     郚屋はいく぀かあり、倧きな郚屋の䞭には橙色の薄汚れた䜜業着を着た劎働者颚の男たちが二十人ほど詰め蟌たれお暪になっおいる。起きおいる者も寝おいる者もみな生気が倱われおいる。私は思わず息を止めた。

     粗末な板壁は冬の颚が鳎り、節穎からは癜い息のように霜が滲む。煀ず汗ず湿った藁の匂いが挂っおくる。窓や出入口は倪い䞞倪の栌子が嵌っおいお、芋るからにそこだけは頑䞈な造りになっおいる。
     別の䞀角ではチンピラ颚の数人がタバコをふかしながら談笑しおいる。

     私たちは誰も口を開かなかった。
    「──タコ郚屋か」
     朚厎の呟きが、北の冷たい闇に消えおいった。                   

            

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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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