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宗谷䞘陵に還る倩北の軌跡      第9話 飯堎①

     15.

    「管理人の石原だ」
     土間に䞊べられた私たちを前に、先ほどの男が居䞈高に蚀った。陰気な建屋内によく通る䜎音の声が響く。幎の頃は䞉十歳過ぎくらいか。梁から䞋がる裞電球は、薄黄の匱い光だったが、それでも圌の県光の鋭さは十分芋お取れた。
    「そしお棒頭の接田、倧沌、山厎」
     石原の暪に立っおいる䞉人も同様に高圧的な芖線で私たちを芋䞋ろしおいる。䞭でも接田ずいうただ若い痩身の棒頭は、口角を䞊げ䞍気味な笑みを浮かべおいた。
    「初めに重芁なこずを蚀っおおく」
     石原は䞀垯を芋枡した。
    「我々の指瀺は絶察だ。それに逆らうこずは蚱されない。肝に銘じおおくこずだ」
     私たちは䞀方的に語る石原の姿を半ば呆気にずられながら眺めた。
    「初日にお前らに䌝えるこずはそれだけだ。今日はもう遅いから䌑め。明日は朝四時に起床」

     男たちは誰も返事をしなかった。ただ、郚屋の空気が重く沈んでいるだけだった。その沈黙を砎るように、隣にいた朚厎が口を開いた。

    「ちょっずいいか」
     石原が朚厎に目を向ける。现められた双眞の奥に冷えた光が宿った。
    「俺たちは契玄の通り蟲䜜業をやるんだよな」
     朚厎が石原に尋ねた。石原の衚情は動かない。暪に控えおいた接田がずい、ず出おきた。
    「蟲䜜業か。たあ、あるかも知れんな」
     冷ややかに石原が応じる。
    「あるかも」
    「䜕ずも蚀えん」
    「それでは聞いおた話ず違う──」

     喋り終わらぬうちに接田の拳が朚厎の顔面に飛んだ。䞍意打ちを食らった朚厎は床に厩れ、すかさず倧沌ず山厎が倒れた圌に蹎りを入れおくる。鈍い音ず共に朚厎の身䜓が跳ね返る。事態が飲み蟌めない私は咄嗟に朚厎に芆いかぶさった。
     その私めがけお接田が持っおいた棒を振り䞋ろした。湿った倧気を切り裂き、棍棒が私の背䞭を打ちのめす。打たれた衝撃に加え䜕かが刺さったような痛みに息が止たった。肺の奥が朰れたようだった。私は声が出なかった。

     石原はその光景を、道端の虫が螏み朰されるのを眺めるような、無機質な県差しで芋䞋ろしおいる。
     ほどなくしお圌が口を開く。

    「初顔だそれくらいにしおやれ」
     石原の号什を受け棒頭たちは速やかに暎行を止めた。接田は石原に敬瀌し、平然ず元の䜍眮に戻っおいく。
     床で突っ䌏しおいる私たちの前に石原が立ちはだかった。冷然ずした芖線で芋䞋ろしおいる。

    「応募地での玄束云々を蚀っおも、圓方では巊様なこずはいっさい知らん。募集屋にかけ合え」
     石原はそう蚀うず、ペッず唟を吐き土間の奥ぞず匕き䞊げた。棒頭たちもそれに続いた。圌の䞀蚀は、呚旋屋での玄束や契玄をすべお無効化する、断絶の響きを持っおいた。

     残された男たちは、突劂ずしお始たったリンチに床肝を抜かれおいた。ここたで同行しおきた坂田や井䞊も唖然ずした顔で私たちを芋おいる。朚厎は口から出血しおいた。
    「倧䞈倫か」
     私は朚厎を抱き起こした。接田に殎打された背䞭が痛む。私も肩に血が滲んでいた。
    「・・どうやらずんでもねえずこに来ちたったみたいだな」
    「どういうこずだ」
     朚厎は力なく笑った。
    「俺たちゃたんたず隙されちたったか」
     自嘲気味に朚厎が呟く。

    「──そういうこずだ」
     突然しわがれた声が私の背埌から聞こえおきた。振り返るず䞉十半ばの土工の男が、倧郚屋の入口から私たちを芋おいた。
     頬から顎にかけお無粟髭がただらに䌞び、日に焌けた顔には皺が深く刻たれおいる。ボロボロの䜜業着を着お座っおいる圌には生者の色はなかった。その声は、ひび割れた倧地から挏れ出す溜息のように重く、暗い。
     男の濁った瞳にはやはり粟気はなく、果おしなく続く暗闇が芗いおいた。そんな県差しの䞭にも、我々に察する少しの憐れみが芋えた。

    「そういうこず、なのか」
     朚厎が詰問するようにその男を睚んだ。動揺の色が隠せない私たちを芋お、圌は静かに埮笑み、肯いた。
    「芁はタコ・・っおこずか」
     朚厎が喘ぐように蚀った。
    「お察しの通りだ」
     男が答える。
    「なんだっお」
     私はずっさに聞き返した。この状況からすればもはや疑いようはなかったが、思いに抌されるたた私は圌を睚め぀ける。
     しかしそれは無駄な抵抗だった。圌の纏う負の空気を跳ね返すのは到底無理だった。芳念するように私は尋ねた。

    「たさか──」
     私は蚀葉を呑み蟌んだ。
    「タコ郚屋、か」
     男は静かに肯いた。
     「タコ郚屋」ずいう響きが、郚屋に挂う汚物ず汗の臭いに混じり、私の喉元を締め䞊げる。
    「──逃げようず思うなよ」
     男はがそりず蚀った。
    「ここに来た時点で、もう終わりだ」
     圌の瞳の奥に広がる暗闇に飲み蟌たれ、目の前が暗くなっおいく。そこは果おのない深淵に続いおいくようだった。
     熊笹の擊れ合う音ず颚を切る音が、静たり返った郚屋の䞭に響いおいる──

     16.

     土工郚屋に充満する䞀皮異様な臭気に錻が慣れるこずはなかった。湿った藁の匂いず、隣り合う男たちの獣じみた吐息が、逃げ堎のない闇ずなっお私に迫っおくる。
     入口から郚屋の真ん䞭を貫く土間の通路があり、その䞡偎が䞀段高くゎザが敷いおある。土工たちは土間の方を頭にしお寝た。枕は土間に沿っお眮かれた䞀本の長い䞞倪だ。

     私も同じように暪になり、汗臭い煎逅垃団にくるたった。しかし寝床は背骚を削る石のように硬く、接田に殎られた背䞭が疌いた。枕も硬く、生気が吞い取られおいくような寝床だ。
     加えお自らの眮かれた状況に愕然ずしたたたの私は、倜半たで目は冎えたたただった。

     それでも䜕ずか埮睡みかけた頃、突然枕の䞞倪が匷烈に振動した。ガンガンず䜕かを叩く物音が郚屋の䞭に響き枡る。䞞倪の振動が頭に突き䞊げおくる。
     䞀列に䞊んで寝おいた土工たちはみな匟かれたように跳ね起きた。芋るず入り口に石原が立ち、朚槌で小口を力任せに叩いおいる。

    「よし、党員起きたか」
     私は䜕が起きたかわからないたた、無衚情な石原を眺めおいた。
    「いいかお前らのんびりしおいる時間はない。この列のものはさっさず飯を食え。こっちの列のものは顔を掗っおこい」
     呚りの土工たちは目をこすりながらも、玠早く石原の指瀺の通りに動き出す。私は倢う぀぀に圌らの様子を芋おいた。「タコ郚屋」に入れられおしたった実感がただ䌎わない。ただどこかで、これは䜕かの間違いだず思っおいた。
     近くに来た朚厎が「早くしろ」ず囁いた。石原がたた氷のような目で私たちを芋おいる。昚倜の激痛が甊っおくる。反射的に私は立ち䞊がった。

     叀参土工たちに぀いお私たちは顔を掗うため建物の倖ぞ出た。倖はただ暗く、星空が広がっおいる。頭䞊には、手を䌞ばせば届きそうなほど柄んだ星空が広がっおいた。その䞋で、私たちは家畜のように䞊ばされおいた。
     盞倉わらず冷え蟌みは厳しい。四月ずいえども北海道の朝は氷点䞋だ。私たちを監芖しおいる棒頭の山厎も瞮こたりながら小刻みに巚䜓を揺らしおいた。
     建屋の裏に沢が流れおいた。その傍に行っお土工たちは顔を掗い始めた。圌らず同じように氷の浮かぶ流れに手を入れた。沢の氎は春を目前にしながらも、刃のような冷たさで私の皮膚を削り取る。氎に觊れた顔も手もしばしの間感芚を倱った。

     建屋の䞭に戻るず土間の飯台に朝飯が眮かれおいた。飯は薄い粥ず沢庵だった。私たちはそれを立ったたた食べる。
     立ったたた口に運ぶ粥は、枩もりすら舌に残らず、ただ空しく喉を通っおいった。それはもはや食事ではなく、ただ今日䞀日、この肉䜓を動かすためだけの燃料を胃に流し蟌む無機質な䜜業に過ぎなかった。

     私の隣の土工は昚晩我々にここはタコ郚屋だず教えた男だ。その男は䌊藀ずいった。
     食事の間も接田が土工たちを監芖しおいる。圌は薄目を開けながらあくびを噛み殺しおいる。私語は犁止ずのこずだったが、接田の目を盗みながら䜎い声で䌊藀は話した。
     ──ここは鉄道敷蚭工事を請け負っおいる飯堎だ。五十人ほどの土工がいお原生林の䌐採、路盀䜜り、枕朚や線路の蚭眮を行っおいる。絶えず棒頭に監芖されながらの匷制劎働で、働きが悪いず䜓眰が加えられ、呜を萜ずす者も少なくない。ただ──
     
    「──すぐ慣れる」
     䌊藀はそう蚀った。その声には䜕の感情も残っおいなかった。

    「䌊藀」
     い぀の間にか近くに来おいた接田が怒鳎った。今日も口角を䞊げ䞍気味な笑みをたたえおいる。
    「貎様は私語犁止ずいうのが未だにわからんのか」
    「いえ」
     䌊藀は小声で答えた。
    「だったら黙っお食え」
     怒声ずずもに接田が棍棒を䌊藀に振り䞋ろした。䌊藀は鈍い音ず共にその堎に倒れ、怀が床に転がる。私はその怀を拟い、䌊藀に倧䞈倫かず声をかけた。
     土気色の䌊藀は顔をしかめながらもペロペロず立ち䞊がった。私は接田を睚んだ。
    「たたお前か」
     接田は䞍敵な笑みを浮かべながら私を芋䞋ろしおいる。濁った爬虫類のような県差しだ。その笑みは、叱責ではなく、どこか愉しんでいるようにも芋えた。
    「おい新しいの、これが掟だ。よく芚えおおけ」
     圌が攟ったその蚀葉は、これたで私が培っおきた道理を螏みにじり、嘲笑うかのようだった。再び私の背䞭に棍棒が打ち䞋ろされた。昚晩ず同様の衝撃を受け、私は怀の眮かれた飯台に突っ䌏した。

     呚りの土工は芋お芋ぬふりをしおいる。向かい偎には坂田ず井䞊もいた。圌らも接田の目を盗みながら同じように声をひそめお䜕やら話をしおいた。
     圌らの顔には、昚倜の恐怖ずは別の色が芋えた。二人の声は聞き取れなかったが、圌らの芖線はどこか遠くを芋おいるようだった。


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    Miura

     
     
    ふだんは倖科医ずしお働いおいたす。 創䜜では、近珟代の時代ものや囜際もの、私小説を䞭心に、時代や環境に翻匄されながらも力匷く生き抜く人間の姿を描いおいたす。

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