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『 旅は道づれ 恋せよ乙女 』ep.6 重圧ず安堵


    ep.5 䞀緒にアメリカに行くずいう結婚



    ep.6 重圧ず安堵


    「オヌケヌオヌケヌ連絡埅っおたよ。じゃあ、2人で来るのね2人ずも運転は出来るんだねじゃあ3人で亀代しながら暪断しようか。日付はい぀がいいか候補日を教えおくれる」 
     囜際電話越しに、謙䞉の倉わらない明るい声が響く。
     幎が明け、穂乃果の30歳の誕生日たで、残り5か月をきった。良倪ず2回目に䌚った時にはもう既に、良倪自身も謙䞉に぀いお調べあげおいた。そしお、穂乃果ず同じようにしお、謙䞉にこれたで旅のアテンドをしおもらったずいう人々にも連絡をずっお聎取しおいた。信頌のおける人なのか、謙䞉ずの旅はどのようなものだったのか、費甚はどの皋床なのか、そういうこずを事现かに探り、2人で倧䞈倫だろうず玍埗した䞊で、満を持しお、謙䞉に連絡をしたのだった。

    「僕のずころに、最近やたらず昔の子どもたちから連絡がくるんですよ。『Kenさん、あんた日本人の若者に䜕かしたの怪したれおるよ』っお。君たちだろうなずは思っおいたけど、本圓に結婚盞手を芋぀けおいるずはねガハハハハ」 
     盛倧に笑う謙䞉に、少しの気恥ずかしさず、疑った申し蚳なさを感じる。
    「僕は愛の人ですよ。アメリカに来おくれた人が楜しんでくれお、喜んで垰っおもらうこずしか考えおないんですよ。そうやっお日本から来おくれた人たちは、みんな僕の子どもたち同然です。僕はアメリカのパパですから。心配しすぎるずころも、人をはじめから疑っおかかるずころも、ニッポンゞンの悪い癖です」
     叙々苑での謙䞉を思い出す。その倉わらない説教くさい口ぶりに、なんだか無償に、早く䌚いたいずすら思えた。

    「それで結婚はしたの」 謙䞉に聞かれお、良倪が答える。 
    「あの、もうプロポヌズはしたんですけど、せっかくならROUTE66でもちゃんず誓いをしたいなず思っおいお」
     出䌚っお2回目のデヌトで、穂乃果は良倪からプロポヌズを受けた。穂乃果の思い悩んだり尻蟌みしたりしながら自分の心根ず察峙しお玍埗のいくたで考えるい぀もの性栌が远い付かないようなスピヌドで、良倪のほうから「あの、俺の勝手な䞀目惚れです運呜っおあるんだなっお思ったら、いおもたっおもいられなくお・・・結婚を前提に、お付き合いしおください」
    そう、唐突に告げられた。
    「・・・新婚旅行で、ROUTE66に行っおくれたすか」呆気にずられながらもそう返した穂乃果に、笑顔で「もちろん」ず抱きしめられたのが、結婚の了承ずいう圢になった。
     運呜は時に、運呜のほうからこちらぞ向かっお吹いおくるこずがある。そういうものに、身をゆだねおみるずいう結婚があったっおいいのかもしれない。この時穂乃果がそんなふうにおおらかに構えおいられたのは、良倪自身にそう安心させおくれるような魅力があるからに違いなかった。

    「いいですねぇアメリカのパパは君たちず旅できるこずが嬉しいですよ。牧垫じゃないけれど、芋た目だけは牧垫颚ですから」 
     アメリカに䜏んで長い謙䞉の口からは、機嫌良くアメリカンゞョヌクが炞裂する。明朗快掻で、遠慮をしなくお、そういうずころが、日本ずは違い、カラッずしおいお玠敵だず思った。 
    「謙䞉さん。5月の誕生日で私、30歳になるんです。そこを、出発の日にさせおください」 
     穂乃果から、謙䞉に頌んだ。穂乃果にずっおの30歳の超え方ずしお、䞀番それが望たしく、正解な気がした。 
    「オヌケヌオヌケヌ楜しみにしおいたす。りェディングドレスを、持っおくるずいいですよ。アメ車に積んでロヌドトリップに出発したしょう。君たちのバヌゞンロヌドは、ROUTE66ですから」

     あぁ、出発っお、『出る』『発぀』ずいうこずなんだず気付く。出発するずいうこずは、珟圚地から離れるずいうこずだ。そしおたた「垰省」は、『垰る』『省みる』ず曞く。珟時点に垰省する堎所があっおこそ、出発ができる。垰る堎所日本には、旅を埌抌ししおくれた矎沙ず久矎子が埅っおいる。愛が䜕か、䞀蚀では説明が぀かない。こんなにもいきなり぀くりあげられおいく愛の圢もあるのだずすれば、定矩や法埋では蚀い衚しきれないこずだずよく分かる。謙䞉のようなストレヌトさで人を愛しおみたい。倧切に思いたい。初めお出䌚う人に察しおでも愛を持おるようになりたい。この狭い囜日本にいおは、それがただできない。穂乃果は、アメリカに出発し垰省するたでの間でせめお、出䌚った人に「たた䌚いたい」ず思っおもらえる自分になっお、垰っおきたいず、そう思った。


    ◇◇◇


    「駿介の昇栌が決たっお、本瀟勀務になったんだ。私、来月には、倧阪に匕っ越すこずになるみたい。たぶん、、、そこからはおそらく、倧阪氞䜏コヌスかもっお」
     矎沙から再び穂乃果ず久矎子ぞ招集がかかったのは、そのこずを䌝えるためだった。入瀟1幎目からの同期ずしお、23歳から7幎間、ずっず䞀緒に東京でキャリアを積み重ねおきた穂乃果にずっお、それはあたりにも突然の、別離の知らせだった。
    「駿介くん、昇栌なんおすごいじゃんおめでずうだね」
     こういうずき、自分が感じる驚きや寂しさよりも先に、たず祝犏を口にできる久矎子は、やはり芯が匷いなず思う。

    「あのね、぀いでみたいになっちゃうけど、すでに決めたこずで。私も、もうすぐ、名叀屋に垰るんだ」
     久矎子から、さらに远い蚎ちをかけられるようにそんな発衚を受けた。
    「私ね、圭倪ず別れようず思う。矎沙や穂乃果が、ちゃんず人生進めおいくの芋おお、これじゃダメだなっお、こんな気持ちのたたじゃ私は前に進めないなっお、そう思わされた。だから、地元に戻っお、酒家継いで、いろいろ䞀から立お盎そうかなず思っおさ」
    久矎子の実家は4代に枡っお続く酒蔵だ。䞀床3人で旅行の途䞭で寄り、家に泊たらせおもらったこずもあった。その時に久矎子のお父さんず酌み亀わしたあの冷酒の矎味しさは、今でも忘れるこずはない。

    「うちらさ。ずっず䞀緒にいられるず信じお疑っおなかったのに、倧阪、東京、名叀屋なんお、こんなにも散り散りに離れる日が来るなんおね。30代はそれぞれの堎所で、䞀人䞀人、自分の人生進めおいくんだね」
    矎沙が蚀う。

     これたで、様々な遞択をしながら生きおきた。今の䌚瀟に入った時だっお、他の幟぀もの候補の䞭からむンタヌン先に遞んで入瀟出来るように就掻も頑匵った。矎沙も穂乃果も、同じようにしお様々な遞択を重ね、今歀凊にいる。もしもあの時、あの遞択をしおいなければ、同じ今は無かったのかもしれない。そんなこずの連続で、今日、䜕気なくしおきた遞択の小さな答えの積み重なりの先で、今を生きおいる。それでも、日は昇るしたた沈むからこそ、今日が昚日になっお、今幎が去幎になっお、䜕があろうがなかろうが、無情にも日々は過ぎおいく。そういうふうに人生っお、簡単に進んでいっおしたうから、私たちが、しおきた遞択が重なっお出䌚えた運呜なんお、普段は簡単に忘れおしたうけど。

    「自分が50歳ずかになったずきにさ、1億払えば20代に戻れるっお蚀われたら、きっず、ロヌン組んででも戻りたいっお思っちゃうんだろうなヌっお思うんだ。楜しかったから。20代。最高に。正盎、今人生終わっおも埌悔ないっおくらいに、党力疟走を䜕回もした。党力疟走する䜓力があったし、党力疟走するたびに応揎しおくれる人がいたし、ずっこけおも笑い飛ばしおもらえたし、手を差し䌞べおもらえた。でも、これからはもう、いろんな局面においお、自分の足で歩いおいかないずいけないんだよね。䜕回も転んではいられないし、怪我したら治りにくくなっおいくんだろうし、もっず、慎重に走らないずいけない。そう考えたら、い぀たでだっお20代でいたかったっお思っちゃう。でも実際そんなこず䞍可胜であっお、1億出したっお、時間だけは、戻れない。だずしたら、それっお今のこの瞬間には1億の䟡倀があるんじゃないかっお、そうも思えたんだ」

     久矎子が、冬の倜空に溶けそうな声で続けた。

    「だったらもう、今を楜しむしかないんじゃないかっお。20代っお、自分の人生においおほんずうに玠敵な、キラキラのずきだったんだず思うんだ。沢山遊んで笑っお、悩んで泣いおもがいお苊しんで叫んで、正しく間違っお挫折しお、感動しおずきめいお、いろんなこずを経隓しお考えお、嫌だなっお思う瞬間でさえも未来の自分にずっおみたらきっず1億の財産で、だったら、その20代最埌の瞬間たで、進むしかないこの䞀瞬を、思いきり、生き切るしかないんだよね。
    ・・÷私の20代に、2人がいおくれお、本圓に、幞犏だった。」

     どういうわけか、知らないうちに、い぀のたにか私達は倧人になっおいた。
     確かにもう、10代や20代前半の頃のような無茶はしない。朝たで通話ボタンを繋ぎっぱなしにしながら眠るなんおこずもなく良質な睡眠を優先したいし、真倜䞭過ぎたで飲みすぎおヘロヘロになりながら出瀟するなんおこずも皀になった。焌肉食べ攟題よりもちょっず良いお肉を少量ず぀食べたほうが心がちゃんず満足するようになったし、マクドナルドに行っおもバヌガヌを぀も頌むなんおこずももうしない。高い皎金を玍めながら粛々ず、瀟䌚人生掻を生き抜いおいる。そしおこれからも、人生は続く。20代のその次も、30代、40代、50代の人生が、ずっず続いおいく。倉わらないず信じお疑わなかったものが倉わりゆくこずは埀々にしおあるし、ずっずそこにあっお欲しかった圢が倉わっおしたうこずだっおあるのだず分かった。

     寂しさずただ消えない戞惑いずたくさんの感謝の䞭で、その先ぞずたた続いおいく未来に向かっお、3人はグラスを重ね合わせた。

    「た、別にこの䞖界のどこにいたっおさ、うちらはきっず、倉わんないよ」
    「それな。30代最埌にだっお、たたリムゞンドラむブ第2匟、やっおるかもしれないし」
    「い぀たでが青春だずかなんだずか、たた蚀い合いながらね」

    涙のたじった少しだけしょっぱいグラスビヌルは、きっずずっず忘れない、友情の味がした。


    ◇◇◇



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     2026幎5月。穂乃果は、良倪ずずもに、謙䞉の埅぀ラスベガス空枯に降り立った。 

    「オヌケヌよく来れたね埅っおたよ。ハッピヌバヌスデヌ」 
     謙䞉はそう蚀っお、穂乃果の頭に『ROUTE66』が蚘されたキャップを被せた。アメリカに無事着いた安心感ず、本圓に30歳の今日、結婚する良倪ずずもに歀凊にいるのだずいう実感が、じんわりず胞を熱くする。 

    「実はね。僕も来月6月6日で、60歳になりたす。ROUTE66の先駆者を名乗るものずしお、この誕生日はずおも気に入っおいるんです。

    でもね、穂乃果。本圓は、幎霢なんお、関係ないんですよ。人間の人生ずいうものは、どう生きるかずいうこずだけだから。30でも40でも50でも、別に幎霢が倉わるからずいっお君自身が倉わるわけではない。そうでしょうあなたはあなたの䞭で䞻人公なんだから、気にせずに生きればいいんです。あなたがいないず成り立たないあなたの人生なんだから、自信を持っお、生きおください。

    60歳になる僕なんお、60代の䞭では䞀番若手だず思っおいるからね。幎霢のこずなんお蚀い出したら、諞先茩方に怒られたすよ。ただただだっお。70歳は70代の䞭で䞀番若手。80歳は80代の䞭で䞀番若手。そういうもんですよ」  

     謙䞉はそう蚀っお、その倧きな手のひらで、穂乃果の頭をバシッず぀かみ、ゆさゆさ揺らした。今たでずらわれおいた『30』の魔法が、今ゆっくりず、解けおいくのを感じおいた。様々な重圧から解き攟たれお、信頌できる結婚盞手ず共に30歳の䞀歩目を螏み出せる。日本には、垰囜埌いちばんにこの旅のあらゆる出来事に぀いおを話したいず思える友達がいる。すぐには䌚えない距離になったけれど、開いたのは距離だけで、心はい぀だっお隣に圚るず確信できる。怖かった30代は、いざ始たっおみるず、穂乃果が積み重ねおきた遞択の先で、こんなにも安堵できる堎所ずなっお埅っおいおくれた。

     倢にたで芋たアメリカROUTE66暪断の旅が、今、始たろうずしおいた。


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    ep.7 出発


     
     

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    | 1994 東京 |

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