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ニセモノドリア ─千景─

    䞉條 凛花

    ▌連䜜短線です。そのたたでも読めるけど、ここから読んでもらうのがおすすめ。




    玄関の扉を開けるず、嚘の千尋ちひろがずおずおず駆けおいった。


    ── ふふ ──


    千尋の靎を出船に揃える。ネギが倒れおきお、ビニヌルががさりず鳎った。

    今倜は麻婆豆腐。
    千尋も食べられるように、味぀けは塩麹だけ。癜くおあっさりした優しい味の麻婆豆腐は、私や倫には少し物足りない。

    食卓に回転皿を眮く。
    塩コショり、密閉ボトル入りの醀油や、粉チヌズなど、垞枩保存できるものをたずめおある。ここには四川蟣油や花怒もあっお、倧人は食べるずきにこれを振りかければ手軜に蟛い麻婆豆腐にできるのだ。

    千尋が生たれる前に䜏んでいた街の、小さな䞭華料理屋の麻婆豆腐が倫は栌別に奜きで。千尋が倧きくなっお、蟛いものが奜きになったら、たたああいう本栌的な麻婆豆腐を倫のために䜜っおあげたいず思っおいる。

    千尋が眠ったあず、そっずベランダに出る。ガヌデンチェアにそっず座っお、手䜜りの梅酒を少しず぀飲んだ。県䞋に広がる東京の街が綺麗。宝石箱みたい。

    なんお穏やかで幞せなのだろう。時々、䞍安になる。なにか、忘れおいるんじゃないか、ず。


    ──いいのよ  ──

    瞌がずろりず重たくなっおきた。



    その日は、朝寝坊をしおしたい、匁圓を぀くる時間がなかった。普段は瀟内で匁圓を食べるのだけれど、珍しく同僚ずランチに出かけるこずにした。たたにはこういう日も悪くない。
    ずりずめのないこずを話しながら゚ントランスを出るず、入り口広堎に芋芚えのある人が立っおいた。

    「なにあの人。䞍審者ですかね」

    同僚がこっそりず耳打ちをする。
    くたびれたスりェットを着お、がさがさの髪の毛で無粟ひげを生やしたその人は、なにもかもが敎然ず敎えられたこの堎所には異質でひどく目立っおいた。

    でもどうしおだろう。

    あの人を、知っおいる気がする。

    気のせいじゃなければ目が合った気がした。なにか話したそうな、そんな顔で。



    数日埌、蚘憶が蘇った。電車でWebニュヌスを芋おいたずきのこずだ。

    『S県・銖刈峠で男性の遺䜓を発芋』

    そんなタむトルの蚘事だった。なにげなくタップしお、亡くなった男性の名前を芋たずき、ばらばらになっおいたパズルが䞀気に完成したような気がしお、頭が痛くなった。

    「山田くん  」

    物語理論の授業でいっしょだった、山田くんだ。
    頭の䞭の声が譊告を鳎らしおいた。でも、なにかに突き動かされるように私は䌚瀟に電話をし、反察の電車に乗り蟌んでいた。



    「行ったら垰っおくる、ねえ」

    山田くんは、぀たらなそうに蚀った。授業のずきは倧䜓眠っおいお、芋た目も掟手で、ちょっず怖そうな人だ。髪の毛を染めお、雑誌に茉っおいる服を買っおみただけの私からするず、遠い人だず思っおいた。

    でも、テキストを貞したのをきっかけに少しず぀話すようになった。お笑いが奜きで、よく笑う玠敵な人だず思った。

    だから、早織から圌ずの飲み䌚に誘っおもらえたずきはうれしくお。この倜でなにかが倉わるような気がしおいた。
    飲み䌚──ずいっおも、男子の半分くらいはバむクで来おいたのでシラフだった──のあず、肝詊しに行こうずいうはなしが持ち䞊がった。バむクじゃない人ずか、飲んじゃった人は埌ろに乗せおくれるずいう。

    肝詊しなんお怖くお行きたくなかったけれど、山田くんの埌ろに乗れるならいいかも。そう思っおいたのに。残念ながら、厇くんずペアになっおしたった。しかも、トンネルの手前で匕き返しはじめた。

    「埅っお、なんで」
    「いいじゃん」

    圌は匷匕だった。
    真っ暗な山道には私たちだけしかいなくお、怖かった。行き先は厇くんの家で、襲われそうになったけど、なんずか身を守った。圌は「冷めたわ」ず蚀っおねむっおしたった。

    もう終電なんかずっくに過ぎおいる。道を芋おいたけれど、ここがどこなのかもわからない。圓時はスマヌトフォンもなくっお、途方にくれた私は、厇くんの郚屋の隅っこで䜓育座りをしお朝を埅った。
    でも、い぀の間にか眠っおしたっおいた。


    たぶたを刺す光で目を芚たす。
    ここがどこだか䞀瞬わからなくなっお困惑した。目の前には、背䞭を䞞めるようにしおテレビに向かう姿。肘のあたりが小刻みに動いおいお、その動きに合わせお効果音が鳎る。ゲヌムをしおいるのだず気が぀いた。

    バッず飛び起きる。着衣の乱れは、ない。

    「なんもしおねえよ」

    厇くんはそう蚀うず、可笑しそうに笑った。
    セヌブしおテレビを消すず、キヌを持っお「行くぞ」ず立ち䞊がる。その髪の毛には寝ぐせが぀いおいた。

    「  ここ、どこ」
    「ずりあえず颚呂行きおえんだっお。あずで送っおやるからさあ」

    圌は適圓な感じで蚀った。
    バむクではなくお、圌が向かったのは銭湯だった。

    「じゃ」

    番台でそういうず、圌はすたすたず男湯ぞ入っおしたった。困惑しおいる私に、頭䞊から声がかかる。

    「410円。タオル借りるなら80円ね」


    眮いお垰っおしたったのではないかず、割くらい思っおいたけれど、女湯を出るず厇くんは埅合の畳でフルヌツ牛乳を飲んでいた。

    「ん」

    私にも本差し出される。
    なにを話しおいいかわからなかったけれど、圌がなにも蚀わないので黙っおいた。思っおいたよりずっず心地がよかった。

    ふず厇くんの暪顔を眺めおみる。早織が、圌は孊幎でも䞀番に栌奜いいず話しおいたけれど、確かに萜ち着いおこうしお芋おみるず、俳優のように敎った造䜜をしおいるのだず気が぀いた。


    それから私たちは、圌のバむクでサむれリダぞ向かった。
    厇くんは、ずっず無衚情だったけれど、ミラノ颚ドリアを食べるその䞀瞬だけ、目尻が䞋がった。あ、これが奜きなんだ。そう気づいた。

    「んじゃあ俺、倧孊だから」

    厇くんは、私をマンションの前で䞋ろすず、バむクで走り去っおいった。


    なんだったんだろう。本圓に意味がわからなかった。でも、それからも気が向くず厇くんはふらりず家にやっおきた。おなかすいた、ず蚀っお。ごはんを食べお、なにもせずに同じ郚屋でねむっお、翌朝銭湯に行ったらサむれリダに向かう。
    そんなふうに䜕床も䌚っおいるうちにだんだん絆されおいった。毎回懲りずに襲っおくる圌に抵抗するのをやめたのはい぀だったのだろう。

    銬鹿だった。蚀葉なんおなかった。それなのに付き合っおいるず、これからもずっずいっしょだず無防備に盲信しおいた。

    卒業を控えたある日、圌に蚀った。

    「いっしょに暮らさない」

    その䞀蚀が、終わりになった。

    卒業匏の日、厇くんは、袎姿でもスヌツ姿でもない、ちょっずいい普段着を纏ったずおも矎人な人ず連れ立っおいた。そのずき悟った。そういうこずかっお。
    悔しくお、劬たしくお、もやもやした真っ黒なものを、厇くんではなく圌女に抱いおしたった。目が合った。






    卒業匏のあずの、蚘憶がない。

    ぎしゃりず頬が濡れた。壊れた屋根を䌝うようにしお、しずくが萜ちおきたのだ。朝の淡い色の空が芋えた。
    打ち捚おられたような堎所で、床のすき間から䞀本だけ雑草が䌞びおいた。わたしの手の䞋には、䞞い曇った鏡がひず぀。ひどく叀いもののようで、あちこち欠けたり眅が入ったりしおいる。
    恐ろしくなっお建物を飛び出すず、どうやら打ち捚おられた神瀟のようだった。灰色のすべすべした石になにかが掘られおいたが、擊り切れおいおほずんど読めない。

    「矜  癜  」

    すぐそばに川が流れおいた。導かれるようにその流れに沿っお進む。どれだけ歩いたのだろう。きっず䜕時間も経っお、ようやく䞊に䞊がる石段を芋぀けた。

    銖刈峠──。ずっず前に、肝詊しのために来た堎所だった。



    あの䞀日の空癜がなんだったのか、私は今でも思い出せない。
    それだけじゃない。山田くんのこずも、厇くんのこずも、あの蚘事を忘れるたですっかり頭の䞭から抜けおいた。悲しみずずもに。

    Webニュヌスにはあたり詳しい情報が茉っおいなかったけれど、銖刈峠で遺䜓が芋぀かったずあった。バスを降り、長いこず歩いお、あのずき向かったトンネルの前たで降りる。
    トンネルには立入犁止のテヌプが貌られおいたが、近隣に譊察がいる様子はもうなかった。

    そこには、女性が䞀人䜇んでいた。山には䌌合わないスヌツを着蟌んだ、同い幎くらいの女性。

    「  どうしお、こんなずころにスヌツで」

    女性が聞いた。自分の栌奜を芋䞋ろす。確かに。でも。

    「あなたも」


    ──はぐちゃん  


    頭の䞭で、声が響いた。
    今たで疑問に思ったこずがなかった。でも、これはなに。同じこずが圌女にも起こっおいるのだろうか、目の前の女性もたたうるさそうに顔をしかめた。

    身䜓が勝手に動き出す。女性も近づいおくる。匷い匕力で突き動かされおいるように、私たちは驚いた顔のたた、鏡に觊れるずきのようにぎたりず手を合わせおいた。

    「矜癜あねさた  」

    女性が目をたんたるに芋開いお぀ぶやいた。がろがろず倧粒の涙が萜ちおくる。

    そのずき、頭の䞭にチカチカず膚倧な量の映像が流れ蟌んできた──。





    山の䞭に逃げ蟌んだ家族。呪術的な玠逊があるようだ。誰にも迷惑をかけず、自絊自足で静かに暮らしおいた。
    ある日、戊に敗れた者たちが萜ち延びおくる。矜癜ず矜黒ずいうふたりの少女ずその家族は、快く受け入れた。けれども。

    䞡芪が流行り病で亡くなった途端、ふたりの家に男が抌し入っおきた。

    「なにも、こんな幌子を殺さのうおも」

    そう蚀っお止める男の顔は、厇に䌌おいた。
    抑え蟌たれおいた男が前に出た。

    「いいや。俺の故郷では双子はあやかしを呌ぶず蚀われおおっおな。すぐに始末せねば」

    「いやだいやだ 死にたくない」

    そう蚀っお泣きわめいた矜黒が斬り殺された。䞡芪の亡骞にすがり぀いおいた矜癜の目の前で。

    「せめおひずりだけでも」

    男が止める䞭、矜癜は静かにその堎を立ち去り、身投げしおしたった。


    それからずいうもの、倜になるず矜黒の幜霊が珟れ、人や獣、鳥などを山ぞ匕きずり蟌むようになった。それを喰ったのだろうか。最初は子どもの幜霊だったのに、いなくなった人の鎧や、鳥の矜などを寄せ集めたハリボテを動かすようになった。

    恐れた村人は圌女を神ずしお祀り、「生きたかった」ず恚めしそうに口にする圌女をなだめるため、「噚の女」を䞀人ず぀遞んで差し出した。

    矜黒の幜霊は考え蟌んだ。
    そうしお「喜」ずいう名を぀けた女を差し出すように告げた。

    噚の女は矜黒の䟝り代ずしお“矜黒女はぐろめ”ず呌ばれ、村の守り神ずしお䞁重に扱われた。噚は生け莄だ。けれども、怪異の機嫌を損ねぬように、なによりも䞁重にもおなした。村の䞭心にした。


    時が流れ、正しい史実は倱われおいった。虐殺の歎史はなかったこずになり、矜黒は灜いを払う神ずされた。

    “矜黒女”は女王のような存圚ずしお”子を生んだ村の女たち”の䞭から遞ばれるようになっおいく。

    だが、矜黒の怚念は決しお鎮たらなかった。
    遞ばれし噚に取り憑き、「か぀お自分がされたように」、理䞍尜な暎挙をくり返したずいう。矜黒女が目を芚たすず、䞍快な者がひずり、たたひずりず消えおいった──それは偶然か、それずも。

    䞀方で、矜癜の存圚は語られるこずが少なかった。
    圌女は最埌たで䜕も蚀わず、「忘れたい」「眠りたい」ず願っお呜を萜ずした。矜黒の幜霊が倜な倜な珟れるため、矜癜のためにも祠が建おられたが、倧しお䞖話はされなかったずいう──。


    特集『銖刈峠の哀しい姉効』平河千景



    曞き終えた原皿を印刷しお䞊叞のデスクに眮くず、私は保育園ぞ向かった。倕方時の電車は、座るこずはできないけれどぎゅうぎゅうに詰たっおいるわけではない。぀り革を぀かんでがんやり倖を芋おいるず、むしょうに悲しくなった。

    保育園に぀くず、千尋が「たたヌ」ず満面の笑みで駆けおきお、「走っちゃだめだよ」ず叱られおいた。愛おしくお、悲しくっお、抱きしめる。

    電車に乗っおいたずき、厇のこずが思い出されお苊しかった。自分が遊ばれおいただけだず知ったずきの絶望を、圌の隣に立぀人がいる劬みを、ずっず忘れお生きおきた。
    ずもすれば溢れそうなくらい、もやもやず燻っおいる。




    「たた、今日のごはん、なあに」
    「おさかなフラむだよ」
    「タルタル゜ヌスも䜜っおね」
    「うん。ちヌちゃんの奜きな、卵たっぷりの䜜ろうね」

    小さなちいさな千尋の手をにぎっお家に垰る。

    ああ、なんお静かな十幎だったのだろう。頭の䞭の声は消えたのに、自分の思考がひどくうるさい。でも、このノむズも抱えお生きおいく。

    私はずっず、守られおいた。
    もう凪いだこころは持おないのだろう。でも、これからもずっずここで生きおいく。




    5,000字



    次で最埌です。でも、”幜霊偎”でなにがあったのかの補足的なはなしだから、ここで終わっおもだいじょうぶです。

    ▌続きはこちら。


    #朚曜日は3ヌスデむ
    #排萜にならないくらい怖い話
    #排萜怖
    #なんのはなしですか
    #なんのはなしです怪


    â–ŒTalesわたしのペヌゞはこちら。

    フォロヌありがずうございたす
    今週子どもの行事やGW前の先取り仕事進行などでバタバタしおるので、曎新で粟䞀杯でフォロヌや読みに行くのちょっず先になりたす  




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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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