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レテの海 第章 レテの海 │ 創䜜倧賞2025

    䞉條 凛花


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    「氎䞋サン、いっしょに垰ろうよ」

    い぀ものようにさあっずいなくなる生埒たちの䞭で、”本物の”心愛だけが残っおいた。圌女は、デニムのショヌトパンツのポケットに手を突っ蟌んで、くちゃくちゃずガムを噛んでいる。

    声をかけおくれたものの、璃子ず心愛のあいだにはなかなか䌚話が生たれず、気が぀くずもう校門のあたりたで来おいた。

    「あ、あれ」

    心愛が校門の向こう偎  こんもりず朚が茂っおいる堎所を指さした。

    「知っおる うちの孊校の䞃䞍思議。血が流れる手掗い堎のこず」

    璃子はふるふるず銖を振った。

    「こっち」

    心愛はずんずん進んでいく。迷ったが埌を远った。茂みのなかにたるで隠されるように、叀い手掗い堎があった。蝉の声が濃くなった。氎道管はすっかりさび぀いおおり、ざらざらした茶色いものがこびり぀いおいる。

    「んヌ」

    心愛が力を入れるが、蛇口はぎくりずも動かなかった。

    「教頭先生が蚀っおたんだよね。むかし、ここで殺された女の子がいお。たっ癜なワンピヌスが赀く染たっおたんだっお。それから蛇口から赀い氎が出るようになったんだっお。だから、血の蛇口なんお呌ばれおおさ。これが、うちの孊校の怪談。ほかはよくある話だったよ。トむレの花子さんずか。螊り堎の鏡ずか  」

    「血の蛇口  」

    砂浜で出䌚った”心愛”が尋ねおきたのは、この怪談のこずなのだろうか。

    ぷう、ず膚らんだガムの颚船が、ぱちんず割れた。

    「そ。その話を芪になにげなくしたらさ、猛抗議。子どもに倉なこず教えないでくださいっお。うちの芪、モンペっおゆヌの 倉なんだよ。異垞」

    それからぜ぀りぜ぀りず互いの話をした。
    心愛の家族は、この島に瞁もゆかりもなく、関東から匕っ越しおきたのだずか。圓時はどちらかずいうず匕っ蟌み思案だった心愛だが、桃乃ずのこず、芪ずのこずがあり、ある日ず぀ぜんなにかが切れたのだずいう。

    孊校に行かずに家でネットゲヌムばかりするようになった。でも、そのおかげで䞖界が倉わったのだずいう。

    「いろんな幎代や環境の人ずしゃべりながらゲヌムしおたらさ  自分の呚りがおかしいかもっお気づけたんだよね。芪もそうだし。桃乃もね。それたではあたしが悪いんだっお思っおた」

    心愛は芖線を萜ずす。

    「自分の目だけに頌るず、䞀盎線にしか芋えないっおゆヌか。芖野が狭い みたいな感じ。あずね、孊校だけじゃない、あたしの居堎所ができおうれしかった。安心した。──でもそれでも、桃乃のせいで傷぀いた気持ちが癒えるわけじゃないじゃん 芋た目だけでも匷くっおがんばった結果がこれ」

    心愛は「匷そうでしょ」ず、からからず笑った。

    「決意しおグレおみたんだけど、逆にクラスで浮いちゃっおおりケるよね。呚りがさ、桃乃の机をどかしはじめたずきびっくりした なんだこれっお。  そういうこずしたかったわけじゃないんだけど」

    璃子はほっずした。あれを”指瀺”したのが心愛だったずしたら、仲良くできないず思ったのだ。

    「でもギャル颚にしおよかったヌ。なにも倉えずに孊校に来るより、ずっずよかったず思うの」

    「どうしお」

    「んヌ。歊装しおるみたいな感じ。芋た目を倉えたらそれだけで匷くなれた気がするんだ」

    圌女は自信に満ちた匷い目をしお蚀った。

    海から生ぬるい颚が吹いおきお、ふたりの間を通り抜けおいった。朚の葉がこすれおしゃらしゃらず鈎のように鳎る。それから心愛はこちらに向き盎っお、声をひそめた。

    「桃乃はね、ずくずく様に匕きずり蟌たれたんだよ」


    圌女ず別れた垰り道、ずっず考えおいた。
    ”心愛”が解攟されお、桃乃が取り蟌たれたずいうこずなのだろうか。いや、たぶん違う。

    桃乃の遺䜓は海蟺で芋぀かったず䞋玚生が話しおいた。い぀ものように、みんなでボヌトに乗っお、沖たで行かずにゆらゆらず舟遊びをしおいた。気づいたら桃乃の姿がなくお。

    璃子は、自分の腕を日に透かすようにしお芋た。䞡方の腕にあった、くらげのような圢をした発疹。ずいぶん消えお、ざらざらしたかさぶたのような感觊だけが残っおいる。きっずもうすぐ消える。

    でも最埌に䌚ったずき、桃乃の様子がおかしくなかっただろうか。痒そうにしおいた気がするのだ。い぀か海ですれ違ったあの女子䞭孊生ず同じように──。

    ずくずく様ずは、なんだったのだろう。



    翌朝、教宀に入るず、”双子の島”は解䜓されおいた。

    すべおの机が均等な配眮になっおいる。窓の向こうから蝉の声が降っおきた。黒板の前で心愛がピヌスサむンをしおいた。



    「小暮冬芜こぐれずうがが転校するこずになった」

    教頭先生は、重々しく蚀った。桃乃が亡くなったのは、新孊期がはじたる前日のこずだったらしい。
    それから冬芜は䞀床も孊校に来おいないのだずいう。


    時間目は図工だった。
    怪蚝な顔をした久慈先生ず入れ違うように、慌おお教頭先生を远いかける。

    「先生、冬芜くんは、い぀匕っ越すんですか」

    先生は困ったように笑うず「10時の船だそうだ」ず蚀った。

    璃子は孊校を飛び出した。先生は止めなかった。家に向かうのずは反察方向に走る。枯たでは長い長い坂道が続いおいるだけ。車では通れない、现くくねくねした道を、迷いそうになりながら走る。

    空が青い。海も碧い。でも、涙で滲んで、ふた぀が溶け合うみたいに䞀緒になった。息を切らしながら走る。走る──。

    そうしお枯に぀いたのは、船が出枯する20分ほど前のこずだった。
    珟実を受け入れられないずいった様子の倫婊ず、その埌ろでひっそり圱のように䜇んでいる冬芜だけが、埅ち合いのラむンに䞊んでいた。


    「璃子ちゃん  」

    骚壺を抱いた倫婊は、璃子に䌚釈をするず、そっずその堎を離れた。璃子は目元をごしごしず乱暎にぬぐうず、冬芜に「  匕っ越すの」ず尋ねた。

    「うん」

    冬芜はくしゃりず笑った。璃子の胞が痛んだ。無理しお笑わなくたっおいいのに。

    「ごめんね」

    「え」

    「桃乃がごめん。それを芋お芋ぬふりしたのも、  ごめん」

    璃子はどう答えおいいかわからなかった。「蚱す」ずいうのは、ちがう気がした。でも突き攟したいわけでもなかった。

    「こんな島、きらいだった。桃乃のこずだっお奜きにはなれなかった。でもそれでも、桃乃は、どうしようもないや぀だけど、僕にずっおは姉だったんだ」

    語尟が滲んでいた。冬芜はじっず䞋を向いおいる。枯のアスファルトに、ぜたぜたず黒い氎玉暡様ができた。蚀葉が出ない。璃子はそっずハンカチを差し出した。

    「手玙、  曞くよ」

    璃子がそう蚀うず、冬芜は匟かれたように顔を䞊げた。口がぜかんず開いおいる。
    自分でもどうしたいのかわからなかった。

    冬芜は泣きながら笑った。そのどこか幌い顔は、璃子がはじめお芋る圌の玔粋な玠顔のような気がした。

    「なにか枡したい」

    「いいよ」

    「ううん。このハンカチず亀換しおくれない」

    冬芜は尋ねた。璃子は迷ったがうなずく。冬芜は鞄のなかをごそごそず探るず、䞀冊の本を取り出した。『ギリシャ神話 忘华の女神レテの物語』ず曞かれたものを、璃子の手に抌し぀けお、船のタラップを走っおいった。



    船に乗り蟌んだ冬芜は、島偎に向いた船銖のデッキに立っおいた。
    やがお汜笛が鳎り、ゆっくりず船が動き出す。冬芜は身䜓の前で小さく手を振った。船銖はゆっくりず向きを倉える。

    冬芜はデッキの䞊を走り、船の埌ろ偎に回った。こちらがよく芋えるように。衚情が芋えないくらい遠くなったころ、冬芜の手を振る動きは倧きく、倧きくなった。

    だんだん本土に近づいおいく船が、染みみたいに小さくなるたで、璃子はずっず枯に立っお芋送っおいた。



    船が芋えなくなっおからも、璃子は、その堎から立ち去れずにいた。
    枯のアスファルトに座り蟌んで、足をぶらぶらさせながら、ハンカチず亀換した本を読んだ。い぀かの攟課埌も冬芜がギリシャ神話を読んでいたこずを思い出す。

    この本では、忘华の川に぀いお描かれおいた。ギリシャ神話のレテは、黄泉の囜を流れる川のひず぀。その氎を飲むずすべおを忘れおしたう。人が前䞖の蚘憶を持たないのは、生たれ倉わる前にレテの川の氎を飲たされるからだずいう。

    「にゃおん」

    癜い猫がすり寄っおきた。

    「ごはん持っおないよ」

    そう蚀っおも、猫は璃子の暪にごろりず寝転んだ。

    最埌に”海蟺の心愛”ず出䌚ったずきのこずが気にかかっおいた。あの子は心愛じゃなかった。それじゃあ、䞀䜓──。最埌の蚀葉が忘れられない。


    「ねえ、これで私のこず、忘れないでしょ」


    耳元でささやかれたような気がしお、驚いおあたりを芋回す。けれどもそこには、凪いできらきらず茝く倏の果おの海があるだけ。



    孊校にもどらず、そのたた家に走った。
    父が少幎時代に䜿っおいた匕き出しの䞭から、原皿甚玙の束を取り出す。小さく息を吞っお、ゆっくり吐き出した。

    タむトルを綎る。䞀文字ず぀䞁寧に。緊匵で硬くなった手でゆっくりず。鉛筆をぎゅうっずにぎりしめおいるせいで、指先が癜くなっおいた。

    璃子の頭のなかには、答えのない想像がぐるぐるず枊巻いおいる。この島には、忘れられた子どもたちがたくさんいる。

    生莄になったづく助。
    ずくずく様に成り代わった子どもキノたち。
    そしおきっず別の怪異海蟺の心愛に殺された子ども桃乃たち  。

    しるしを぀けおいたのは、ずくずく様じゃなくお──。




    璃子は、原皿甚玙の䞀行目に、こんなふうに曞いた。

    「沈む子どもたち」





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    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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