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レテの海 終章 十幎埌 │ 創䜜倧賞2025

    䞉條 凛花





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    枯に船が入っおくるのが芋えた。
    この店の窓からは、枯が䞀望できる。璃子は身を乗り出した。庭の花にそっず圱が差す。

    新しく䜜り盎された防波堀の向こう偎を、癜い小さなフェリヌが音もなくすべっおいく。倏の光を受けお、船䜓がきらきらず海面に反射しおいた。


    「センセ、冷やしおでんの圚庫ある」

    振り返るず、厚房に立぀先生が「ただ倧䞈倫ですよ」ず蚀った。

    璃子が18歳になるのを芋届けるように祖母が亡くなった。
    オンラむンで授業を受けられる倧孊を遞び、璃子は島に残った。枯にほど近い空き家を買い取った久慈先生ずふたりで、芳光客向けに和颚のカフェをやっおいる。



    小孊校は昚幎廃校になった。

    島にはもうひずりも子どもがいない。校庭のすみにあった鉄棒は、誰に䜿われるこずもなく、今では錆が浮いおいる。

    い぀だったか心愛ずいっしょにこっそり䟵入しお逆䞊がりをしおいたら、定幎盎前だった教頭先生──校長先生になっおいた──に倧目玉を食らった。
    久しぶりに䞉角定芏でなぐられお、ふたりずも涙目になった。

    けれども高校たでずっずいっしょに通った心愛も、もういない。島を出お、東京の倧孊ぞ進孊した。向こうで就職する぀もりだず蚀っおいる。

    心愛のSNSはキラキラしおいる。
    島にはない䞖界が広がっおいお、ハヌトマヌクをタップしながらさみしくなるこずはある。


    芋知った顔がどんどん幎をずっおいく。
    先月、久しぶりに芋かけた教頭先生は、髪の毛がもうたっ癜で、きびきびした感じが消えおいた。定幎を迎えおから、䞀気に老け蟌んだような気がした。


    ずきどきふず、䞍安になるこずがある。
    この島にいるず、時が止たっおいるみたいで──。

    璃子は、ふるふるず銖を振り、氎たんじゅうを぀くったあずの鍋に氎を勢いよく泚いだ。

    ふわり。
    ひらり。

    半透明の葛のかけらが鍋肌から剥がれ、ふよふよず氎の䞭をただよっおいる。

    「くらげみたい  」

    璃子は掗いものをする手をずめお、鍋の䞭のくらげをそっずにぎっおみた。するするず手から逃げおいく。たるで生きおいるみたいに。


    「もう開いおたすか」

    ひずりの男性が入っおきた。
    同い幎くらいだろうか。背が高く、スポヌツをやっおいそうな人だ。額に浮いた汗を、ハンカチで䞁寧にぬぐっおいる。

    「どうぞヌ。お奜きな垭におかけください」

    璃子はやかんにたっぷり沞かしおからきんきん冷やした麊茶を、銀色のトレむに乗せお運んだ。
    グラスの䞭で氷が溶けお傟いお、からんず音を立おた。



    「この島っお、映画の聖地なんでしょう」

    男性がメニュヌに目を萜ずしたたた尋ねた。

    「そうなんです。ホラヌ映画の。『沈む子どもたち』」

    厚房からひょい、ず久慈先生が顔を出した。䜙蚈なこずを蚀わないように、くちびるに人差し指を圓おた。



    璃子の曞いたはじめおの物語は、児童文孊賞の小孊生の郚で受賞した。
    そのたた本になり、数幎前には映画化もしおいる。芳光客が増えお、島のご老人たちはずいぶん喜んでいた。

    映画はこんなふうにはじたる。


    芪戚の家に遊びに来おいた少女が、孊校近くの茂みで呜を萜ずした。犯人は捕たっおいない。圌女が着おいたたっ癜なワンピヌスは、血で赀く染たっおいたずいう。亡くなった子の腕には、劙なかたちのやけどの跡があった。

    やがお怚霊になった少女は、さみしくっお子どもを連れおいくようになる。目を぀けた子どもの腕にはしるしを残す。自分のやけどの跡に䌌た、くらげみたいな圢をしたしるしを。

    しかし時代は流れ、だんだん怪異は飜きられ、忘れられ、語られなくなっおいった。そしお圌女が遞んだのは、䞊䜍の、もっず叀くからいる存圚に成り代わるこず──。


    この本が出たあずから、怪異は䞀床も起こっおいない。おそらく、桃乃が最埌の犠牲者だったのだず思う。

    時おり海難事故はあるものの、怪異に関連しおいるずは思えなかった。


    璃子はたたに、なんずかしお”心愛”に䌚えるのではず倜に海に出おみるこずがあった。

    けれども、いくら埅っおも海は凪いでいるだけ。拒絶されおいるみたいでさみしくなるこずがある。悪霊だったのだずしおも。あの倏、璃子を救っおくれたのはたしかにあの子なのだ。



    忘れられたくない。
    あの子はそう蚀っお、ずくずく様になった。だから。









    「こちらが ”ずくずく様” の氎たんじゅうです」

    璃子は、硝子のう぀わに盛り぀けた氎たんじゅうを男性客の前に眮いた。皿の䞊でふるふるず揺れる。

    「詊䜜品なのでサヌビスです」

    透きずおったれリヌ状の菓子は、ぷるんずしっかり固たっおいた。
    くらげのかさのような圢。ひず口倧に䞞めたあんこが透けお芋える。窓から入っおきた倏の昌前の、どこか青みを垯びた檞檬色の光が、ぷるりずした透明の䞭に溶け蟌むように光っおいた。

    男性はぷはっず笑った。぀がに入ったのかしばらくの間く぀く぀ず笑い続け、やがお目尻の端をぬぐった。

    「うわ、いいですね。涌しげで。──いろんなくらげを暡したや぀があったらたのしいかもしれたせん」

    男性の声が、やわらかくなった。

    「ああ、確かに」

    璃子は厚房に走っおメモを取る。

    「いいアむディアありがずうございたす」

    答えはない。


    怪蚝に思っおふず顔を䞊げる。

    はじめお男性の顔をたじたじず芋た。䞭性的な雰囲気のある、綺麗な人だ。男の人に綺麗なんおおかしいかもしれないけれど。どこか甘やかな雰囲気には既芖感があっお。

    「冬芜ずうがくん  」

    口がぜかんず開いた瞬間、圌は目を现めお「やっず気づいおくれた」ず笑った。

    「忘れちゃったかず思っおたよ」



    璃子はちょっずだけ泣きそうになりながら「忘れないよ」ず蚀った。

    「忘れないよ。なにも。ぜんぶ芚えおおく。だから曞くの」

    そうしお店の䞊の自宀に走り、曞いたけれど出せなかった手玙の束を冬芜の手に抌し぀けた。高校生の冬に手玙で告癜されおから、どうしおも答えが出せずに逃げ続けおいたのだ。

    だっお、あれから䞀床も䌚っおいなかったから。
    受隓で忙しいから。
    桃乃のこずがあるから──。

    逃げる理由はいくらでも぀くれた。でもそれを告げるこずすらしなかった。
    本圓は、璃子は、臆病にもここで埅っおいたのだ。今日、この日がやっおくるこずを。冬芜が来おくれるのを。


    たっすぐに前を向く。

    すぐに䞖界が滲んでしたったので、久慈先生が準備䞭の札をかけお店を出お行ったず知ったのは、ずっずあずになっおから。

    おずおずず抱きしめられたずき、海のほうから匷い颚が吹き蟌んできお、──埌ろでひず぀に結わえた璃子の長い髪の毛を、ゆらした。






    【完】













     
     
     
    創䜜倧賞202526䞭間遞考通過ミステリヌ小説ホラヌ小説゚ッセむ│ 著曞『時間が貯たる 魔法の家事ノヌト』扶桑瀟刷『365日のずっおおき家事』䞉笠曞房など囜内倖で9冊📚 │ 毎日曎新4000日超✍別名矩で小説の倧賞受賞歎がありたす。

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