みんなは、どんなところに惹かれるんだろう。
「どんな人が好き?」
そう聞かれたら、みんなは何と答えるんだろう。
優しい人。話が合う人。よく笑う人。誠実な人。自分を大切にしてくれる人。
たぶん私も、聞かれたらいくつか答えられる。
でも、それは本当に私が人を好きになる理由なんだろうか。
最近、そんなことを考える出来事があった。
私のことをとても知りたがる人がいる。
少し前、その人が私の過去の恋愛についていろいろ聞いてきた。なぜ別れたのか、そのとき私はどう感じていたのか。
私は途中で、少し寂しくなった。
もしかしたらこの人は、いつか自分たちがうまくいかなくなったときのために、私がどういう行動をする人なのか知ろうとしているのではないか。
そんなふうに考えたからだ。
もちろん、それは私の解釈。
だから私は、それを相手の気持ちとして決めてしまわずに、聞いてみた。
実際は、全然違った。
彼が知りたかったのは、私が過去にどんな人を好きになったのか。そして、その人たちのどこを好きだったのか。
私がどういう人に惹かれるのかを知って、自分も参考にしたかったらしい。
もっと好きになってもらえる自分でいたいから、と。
それを聞いて、私は逆に考えてしまった。
私は、あの人たちの何が好きだったんだろう。
振り返ってみても、あまり共通点がない。
忙しくても、私に会うための時間を作る人がいた。
私が何も言わなくても、声で聞きたいことまで分かってしまう人がいた。
自分が傷ついているときでさえ、私が傷つかないことを優先する人もいた。

やっていることは、全然違う。
性格も違う。関係性も違う。愛情の表し方も違う。
でも、ひとつだけ同じものがあった。
その人の中に、私がいた。
その人が何かを考えるとき、時間を使うとき、何かを選ぶとき。その人の世界の中に、私という存在がちゃんと含まれていた。
しかも、ただ存在しているのではなく、大切なものとして置かれていた。
私はたぶん、そこに惹かれるんだと思う。
今回もそうだった。
私が少し寂しくなったことを伝えたのは、昼休みだった。
決して時間に余裕があるわけではなかったのに、彼はその時間を使って、私に自分の気持ちを伝えようとしてくれた。
私がモヤモヤしたままでいることより、今できるだけ伝えておきたいと思ってくれた。
そのとき私は、何を言われたか以上に、そのために時間を使ってくれたことが嬉しかった。
時間って、面白い。
お金なら、人によって持っている量が違う。
得意なことも、できることも違う。
でも、一日は誰にとっても24時間しかない。
その有限なものを、誰に、何に、どれくらい使うのか。
そこには、その人が大切にしているものが結構そのまま出るような気がする。
だから私は、「毎日会いに来てくれる人が好き」なわけではない。
「何も言わなくても分かってくれる人が好き」だけでもない。
同じ行動を別の人に求めても、たぶん意味がない。
その人なりの方法で、その人の中に私を大切に置いてくれていること。
私が惹かれるのは、行動ではなく、その行動が生まれる場所なのかもしれない。
そして、もうひとつ今回気づいたことがある。
人の気持ちは、どれだけ近くなっても分からない。
私は今回、彼の質問の意味を勝手に想像して、勝手に寂しくなった。
でも、それを「きっとそうなんだ」にしなかった。
聞いてみたら、全然違う答えが返ってきた。
たぶん、これも私が人との関係で大切にしたいことなんだと思う。
相手のことを知りたいなら、自分の中で相手を完成させないこと。
分からなければ聞く。
違っていたら知り直す。
好きな人だから分かる、ではなく、好きな人だからこそ、分かったつもりにならない。
そういう関係でいたい。
みんなは、どんな人に惹かれるんだろう。
優しい人、面白い人、安心できる人。
そのもう一段奥に、「なぜその人の優しさが嬉しいんだろう」「なぜその人といると安心するんだろう」と考えてみたら、自分でも知らなかった「好きになる理由」が見つかるのかもしれない。
私の場合はたぶん、
誰かの中に、大切なものとして自分がいること。
それを感じたとき、私はその人をもっと大切にしたくなる。
