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共同䜓ずの距離を枬る

振り返っおみるず、自分はずっず共同䜓ずの距離を枬り続けおきたように思いたす。共同䜓に入っおいく偎だった時期、共同䜓を維持する偎になった時期、そしお新しい人を迎える偎になった時期。そのたびに芋える景色は倉わり、その代わりに以前は芋えおいたものを少しず぀忘れおいきたした。

倧孊入孊から博士課皋たでの玄9幎間を振り返りながら、「環境ぞの適応」ずいうテヌマに぀いお考えた個人の゚ッセむです。性別の話が出おきたすが、留孊や転職、新しい土地ぞの移䜏にも䌌た、誰にでも起こりうるマむノリティ経隓ずしお読んでいただけたらず思いたす。※ 本蚘事は、制床の是非を論じるものではありたせん。


異分子だった頃

倧孊に入るたで、理工系の女子比率が䜎いこずをほずんど知りたせんでした。

自分が通っおいた高校は理系志望が文系よりも倚かったため、志望倧孊のオヌプンキャンパスに行っおはじめお、理系特に理工系の女子率が極床に䜎いこずを知っおおどろきたした。ずは蚀え、それで進孊を諊めたわけではなく、やりたいこずをしようず思っお倧孊に入孊したした。

工孊郚に進孊し、ロボコンサヌクルに入るず、同期20人の䞭で女子は自分ひずり。団䜓党䜓でも数人しかいない環境でした。自分から芋える景色は男子校であり、呚りから芋れば自分ひずりだけが女子でした。

最初の数幎間は、自分が環境に銎染んでいない感芚ずの戊いでした。

他の同期同士はすぐ仲良くなるのに、挫画もアニメもネットミヌムもわからず、䌚話に぀いおいけたせんでした。遊びに行こうず䌁画を立おおも誰も反応せず、自分の発蚀だけリアクションが来なかったり、既読無芖されるこずもありたした。研修宀に座るずきも、混雑しお立ち芋が出るほどなのに、自分の隣には誰も座りたせんでした。

いちばんの恐怖だったのが宿泊行事でした。郚屋割りでは必ず䞀人郚屋になりたす。歓談スペヌスに残らずに郚屋にいおも誰からも気にかけられないし、連絡も来たせん。ポツンず郚屋にいたり、倧济堎のお颚呂に浞かっおいるずき、壁越しに楜しそうな声が聞こえおくるずすごく悲しい気持ちになりたした。隣の郚屋で䜕かが起きおいるのではないかず気が気ではありたせんでした。

みんなの方が歩くのが速く、䌚話にも入れない状態で、そのうえ埌ろを振り返らないので眮いおいかれるこずもしばしばでした。食事や移動ずいった雑談が生たれる時間を共有できないこずが悲しかったです。コミュニティに加われないずいう苊しさがあり、他のメンバヌに比べおも自分だけ䜓力がなく、疲匊しおたした。舐められたくないずいう思いもあり、うたく蚀い出せたせんでした。

オシャレをするこずを楜しみの䞀぀に思っおいたのに、あるずき「おしゃれしたいず思えない」時期が来お、びっくりしおショックを受けたした。玠敵な服を着たり、むダリングを぀けたり、装食品を身に぀けるこずに楜しさを芋出せなくなりたした。毎日服を遞ぶのが蟛かったので、決たった䜜業着のような服をロヌテヌションするようになりたした。あの時期は䜓力的にも粟神的にもキツくお、家に垰っおはほが毎日お颚呂で泣いおいたしたが、サヌクルのメンバヌはもちろん、䞀緒に䜏んでいた家族から心配されるのも嫌だったので、泣いたこずは誰にも蚀えたせんでした。

いた振り返れば、それらのすべおが性別によるものだったずは蚀えたせん。単に話題が合わなかっただけかもしれないし、自分が真面目すぎただけかもしれないず今では思いたす。それでも、うたくいかないこずが続くず、「女子だからなのかな」ずいう疑念が頭をよぎるこずがありたした。自分自身では倉えられない郚分に向かった疑念は、自分で自分の根本を吊定しおいる気持ちになっおきたす。あの頃はよく「感情がなかったらいいのに」ず考えおいたした。

慣れる、ずいう倉化ず戊略

サヌクルの仲間たちが奜きだったし、圌らの頑匵りがどうにか報われおほしいず思っおいたした。自分が䜕ずしおも達成したい目暙がありたした。だから、蟞める遞択肢はなく、環境に適応する必芁がありたした。

亀友関係を理由に怠けおいるのではず少しも疑われたくなかったので、誰よりも毎日掻動堎所に行っお䜜業に励みたした。呚りがサボりがちな堎面でも同期内だけでなくサヌクル党䜓の䞭で䞀番熱心に取り組んでいたず思いたす。服装に぀いおも黒や玺色の服を遞んで長袖長ズボンで髪も短くしお、集団の䞭で目立たないように工倫し、銎染みやすくなるようにしおいたした。

自分から挚拶したり、話しかけお䌚話の糞口を探ったりするのに慣れ、恥ずかしいずか悲しいずかは思わなくなりたした。呚囲で人気なアニメや挫画にも觊れおみお、有名な少幎挫画も3巻たでは読んでみるようにしたした。結局自分の奜みではなかったが、ネタに぀いおいけるようにはなりたしたし、その䞭でもいく぀か奜きになれる䜜品にも出䌚い、自分の興味の幅を広げおくれたずも思いたす。

自分はそれたで定性的な話し方をする傟向があり、それを同期にすごく指摘されたので、定量的に話せるように気を぀けたした。意芋を出すずきは根拠を瀺したり、どうやっお数倀で衚せるか考えたり、前提を詳しく共有したり、論理的に衚珟したりするようになりたした。自分のたわりで倚かった吊定から入っおしたう癖や冷笑的な反応にも慣れ、蚀葉の裏を憶枬するのを蟞め、蚀われたこずは玠盎にポゞティブに受け取るように気を぀けるようにしたした。

自分から積極的に色々な圹割を担っお、自分の居堎所や匷みになるようなこず、他の人があたりやらないけど自分は嫌だず思わずにできる仕事を探すようにもなりたした。自分のポゞションが確立されおいないからこそ、毅然ずした態床で、自分の仕事を開拓しおいきたした。継続したこずで、先茩からも仕事が認められ、同期からの信頌も埗お、䞀緒に仕事をしおいくのが楜しくなりたした。

誰かが居堎所を䞎えおくれるのを埅぀のではなく、自分で居堎所を䜜る方向ぞ舵を切ったのです。2,3幎ず経぀うちに、違和感は薄れおいき、「石の䞊にも䞉幎」ずいう蚀葉通り、本圓に䞉幎くらいで人は慣れるのだず知りたした。自分の自信にもなりたした。䞀人で行動するこずにも慣れ、初察面の人に話しかけるこずにも慣れ、論理的な説明もできるようになりたした。適応は確かに成長でした。しかし同時に、自分を少しず぀倉圢させるこずでもありたした。


慣れが奪うもの

修士課皋に進み、孊郚時代を振り返る機䌚が増えたした。

工孊郚女子向けのむベントや説明䌚に呌ばれ、ロヌルモデルずしお話しおほしいず蚀われるこずもありたした。そこで埌茩たちの話を聞いおいお、あるこずに気づきたした。自分は昔なら傷぀いおいたこずに、傷぀かなくなっおいたのです。

ちょっずした䞋ネタずか、偏芋ずかに傷぀かない、気にしないようになっおいたのです。昔は自分から声を䞊げお指摘しお、ひず぀ひず぀盎しおもらっおいたしたが、それもやらなくなっおいたした。自分は痛みを感じなくなっお快適ではあるものの、埌茩が感じられる、本圓の悩みや痛みに鈍感になっおいたした。ほんずうは自分も、ちゃんず立ち止たっおみるず、確かに傷぀いおいるし、䞍快に思っおいるこずなのに、い぀の間にかやり過ごせおしたっおいたのです。女性である自分ならセクハラかどうかわかる、ず無意識に思っおいたずころもあり、気づかなくなっおいたこずがショックで、自分が少し怖くなりたした。適応したからずいっお、問題がなくなったわけではないのです。

適応ずは、生き延びるために必芁な胜力です。しかしそれは同時に、以前の自分が感じおいた痛みや違和感を忘れおいく過皋でもあるのだず思いたす。

新人の頃は、文化も知らず、誰に聞けばいいかも分からず、そこに銎染んでいくこずに必死でした。新入生向けの「知っおおくべきこず」をたずめた資料が必芁ではないかず䞍満を抱いお、すごく反発しおいたした。先茩たちが皆同じように「最近どう」ず聞いおくるのが䞍思議でした。

ずころが、実際に先茩になるず、自分もそれしか蚀えなくなっおしたったのです。自分がキツむ蚀い方をしおいないか、意芋を抌し付けおいないか䞍安になり、どこたで関わったほうが良くお、どこからが「老害」になるのかわからなくなりたした。この葛藀が、遠慮を生み出しおいたのだず気づいたのです。たた、新人の頃は確かに困っおいたはずなのに、先茩になったら自分が䜕を求めおいたのかわからなくなっおしたいたした。「自分はこのように苊劎しお環境に適応しおきたのだから、きっず新人もこのくらいできるだろう」そんな考えも生たれおいたした。そうしお忘れおしたったこずを、わざわざ思い出しお埌茩のために動くのも、面倒になっおしたうのです。自分じゃない人がやればいいのではないかず思う気持ちも出おきおいたした。

環境ぞの慣れで、か぀お感じおいた違和感などを忘れおいく。それこそが、数的な倚さずいう意味だけではないマゞョリティ偎になっおいくこずのような気がしたす。

適応は、自分を楜にしおくれたす。その䞀方で、昔の自分が芋おいた景色を奪っおいくず気づきたした。


共同䜓を運営する

サヌクル匕退埌、新人倧䌚の運営に参加しお6幎間続けたした。珟圹時代は、なぜこんなルヌルなのだろう、もっずこうできないのだろうず思うこずもあり、呚りからもそういった䞍満をよく耳にしおいたした。

ずころが実際に運営に回るず、参加者だった頃には芋えおいなかった仕事や制玄が数倚くあるこずを知りたした。䌚堎の予玄、宿泊や食事の調敎、進行管理、安党察策、参加者同士の公平性、運営人数の限界。䜕かひず぀倉曎しようずするず、別のどこかに圱響が出たす。参加者から芋れば䞍合理に芋えるこずでも、実際には耇数の制玄の䞭で折り合いを぀けた結果だったりしたす。珟圹時代には「なぜ倉えないのだろう」ず思っおいたこずも、運営に回るず簡単には答えが出せたせんでした。誰かを優先すれば別の誰かが䞍利益を受けるこずもありたす。党員を満足させる方法はないのだず知り、自分もたた「仕方がない」ずいう蚀葉を䜿う偎になっおいたした。

もちろん、だから運営の刀断がすべお正しいずいうわけではありたせん。ただ、参加者の立堎から芋えおいた䞍満に察しお、「運営にも事情があるのだろう」ず考えるようになりたした。正盎なずころ、自分が倧䌚を支えたいずいう䜿呜感だけで続けおいたわけではありたせん。先茩の立堎になっお䜕をしたいか考えおもよくわからず、ひずたず手を動かしお探しおみようず思ったのです。

立堎が倉わるこずで芋える景色は倉わりたす。共同䜓の倖偎にいるずきには、自分が受けおいる䞍利益や違和感がよく芋えたす。䞀方で運営する偎になるず、今床は共同䜓を維持するための劎力や制玄が芋えるようになりたす。どちらか䞀方だけが正しいわけではなく、芋えおいる範囲が違うだけなのだず思いたす。

新しい人を受け入れる

研究宀には1〜2ヶ月くらいの期間で、ラボに留孊しおくる孊生や研究員がいたす。所属倧孊もペヌロッパやアゞアの囜々から様々。日本語は流暢ではないこずが倚いので、基本的には英語で話をしたす。

留孊生ずの関わりは、自分ず異なるバックグラりンドを持った盞手ずの䌚話を通じお、自分自身をより知るこずになりたした。「自分のずころではこういう感じだよ」ずお互いの話をしお、同じずころや違うずころ、その背景にはどんな考え方があるのかを話すのが䞀番盛り䞊がりたす。英語ず日本語のニュアンスの違い、正月の祝い方、どの皋床から遅刻ず捉えるか、自分が無意識に圓たり前だず思っおいたこずが、圓たり前ではないず知りたした。新しいメンバヌを受け入れるこずは、自分たちが無意識に受け入れおいる環境を芋盎すきっかけになるのだず感じたす。

䞀方で、い぀も積極的に関われるわけではありたせんでした。普段䜿わない英語で䌚話するのは疲れるし、話題を考えるのも倧倉です。気たずくなったら嫌だし、自分がやらなくおも誰かやるだろうず思っおしたうこずもありたす。日本語でしかコミュニケヌションされおいない堎を、1人の留孊生のためだけに倉えるわけにもいかず、受け入れられなかった堎もありたした。1察1なら自分の力でなんずかなりたすが、それが2,30人になったら党員の意識や雰囲気を倉えるこずはできるでしょうか。

関係構築にはコストがかかりたす。近しい人たちずだけ䞀緒にいれば、摩擊は少ないし、環境適応のコストも抑えられるでしょう。䜕もしなければトラブルも起きたせん。実際、文化の違いを説明し続けるのは面倒だし、代わりにトラブル察応をするこずも倚いです。こちらに倚くの負荷がかかっおいるような䞍公平感を感じる出来事も䜕床かありたした。自分の自由が脅かされる感芚があったり、䜙裕がない時期には必芁以䞊に冷たい態床になっおしたうこずもありたした。

そうしおふず、留孊生に察しお抱いた苛立ちは、か぀お自分が他の堎所でマむノリティだった頃に向けられおいたものず地続きなのかもしれない、ず気づきたした。コミュニティに入っおいく偎だけではなく、新しいメンバヌを迎えるコミュニティ偎にも適応がありたす。だからずいっお孀立が正圓化されるわけではありたせんが、自分が受け入れる偎に立っおみお初めお芋える負担が確かに存圚するのだず知りたした。


適応の先に

ここたで振り返っおみるず、自分は共同䜓に入っおいく偎だったこずもありたすし、共同䜓を維持する偎でもありたした。そのたびに芋える景色は倉わっおいきたした。

芋えなくなったもの

孊郚の頃、自分は環境ずの摩擊に苊しんでいたした。呚囲ず話が合わないこず、䜕を考えおいるかわからないこず、宿泊行事で䞀人郚屋になるこず、茪に入りたいのに入れないこず。そうした違和感や孀独感は圓時の自分にずっお切実なものでした。しかし環境に慣れるず、それらは少しず぀芋えなくなっおいきたす。

埌茩が同じような悩みを抱えおいるのを芋お初めお、「そういえば自分もそうだった」ず思い出したこず。新人の頃は「なぜ教えおくれないんだろう」ず思っおいたのに、先茩になるず「䜕がわからないのか」がわからなくなったこず。か぀おは違和感を芚えおいたこずも、「たあそんなものだろう」ず受け流すようになったこず。適応は自分を楜にしおくれたす。その代わりに、昔の自分が芋おいた景色を少しず぀奪っおいくのです。

芋えるようになったもの

䞀方で、適応したからこそ芋えるようになったものもありたした。

留孊生を迎えたこずで、新しい人が適応するだけではなく、受け入れる偎にも負担や戞惑いがあるこずを知りたした。共同䜓は攟っおおいおも維持されるわけではないずいうこずもわかっおきたし、芋えない仕事や制玄が数倚く存圚するこずも知りたした。共同䜓の倖偎から芋おいたずきは、䞍満や違和感ばかりが目に぀きたすが、運営する偎に回るず、それたで芋えおいなかった努力や調敎が芋えるようになりたす。立堎が倉われば景色も倉わるのです。

マむノリティが感じる孀立も、共同䜓を支える維持劎働も、どちらも圓事者以倖には芋えにくいものです。そしおそれらは、悪意だけから生たれるものではありたせん。慣れによる忘华や、自分を守るための距離の取り方、負担を避けたいずいう自然な感情の䞭からも生たれたす。芋えるようになったからずいっお、行動できるわけでもなく、負担がわかるからこそ動けなくなるこずもあるし、自分の䜙裕のなさを理由に目を背けおしたうこずもありたす。

それでも、自分は他者を理解するためだけでなく、自分自身がどんな前提の䞊に立っおいるのかを知るために他者ず関わるのだず思うのです。

適応の先に残ったもの

倧掋を泳ぐ人をむメヌゞしたす。泳いでいる最䞭は、ずにかく前に進むこずに必死です。たしかにボヌトなり板切れがあった方が過ごしやすいでしょう。なんなら垆を匵りたいし、釣竿やナむフがあれば食料だっお手に入りやすくなるでしょう。でもそれらは、珟時点で我々の手には存圚しないものたちかもしれたせん。それでも我々はこの海を泳いでいかないずいけないのです。そのために持っおいる荷物を捚おお身軜になるこずもあるし、傷぀かないように皮膚を厚く倉えるかもしれたせん。

泳ぎきった先に「もっず」があるような気がしおいたす。岞に着いお振り返るず、䜕を捚おお、䜕が残ったのかが少し芋えおきたす。次に倧海に出るずきにはボヌトに乗った方がいいず、朚を切り出しおくるかもしれたせん。でもそれは泳いでいる最䞭にやれるこずではないず思いたす。それに、泳がなかった人、泳ぐ必芁がなかった人、泳げなかった人もいるでしょう。実は泳がなくおよかったはずの郚分もあるはずです。途䞭で倧事なものを捚おる決断を迫られるこずもあっただろうし、そのずき捚おなくおもよかったものもあるかもしれたせん。

振り返っおみるず、自分はその時々の立堎からしか䞖界を芋るこずができたせん。共同䜓に入っおいく偎だったずきには孀立や䞍安が芋え、運営する偎になるず維持のための劎力が芋えるようになりたした。新しい人を受け入れる立堎になるず、説明や調敎の負担が芋えるようになりたした。その代わりに、以前は切実だった感芚を忘れおいきたす。

だからこそ、蚘録しおおきたいず思っおいたす。その時の自分に䜕が芋えおいお、䜕が芋えおいなかったのか。どんな䞍満を抱き、どんなこずに気づき、䜕を圓然だず思っおいたのか。倉化そのものを蚘録するこずが、未来の自分や、これから同じ堎所を通る誰かの圹に立぀かもしれないず思っおいたす。



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