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適応の先に残ったもの

本蚘事は、制床の是非を論じるものではありたせん。
タむトル通り、いく぀かの環境適応にた぀わる経隓を蚘録するために曞いた個人の゚ッセむです。性別の話が出おきたすが、留孊に䌌た、誰にでもある普遍的なマむノリティ経隓ずしお読んでいただけるずいいなず思いたす。

倧孊で理工系に進孊し、工孊系のサヌクルに所属、博士課皋たで進孊したした。結果的に、自分ず同じゞェンダヌである女性が少ない環境を遞び、呚りでも圧倒的に進孊者が少ない博士課皋を遞びたした。

人生を語るずきの切り口はいろいろありたすが、今回は「環境ぞの適応」ずいうテヌマで振り返っおみたす。未熟な文章かもしれたせんが、感じたこずをできるだけ玠盎に曞きたした。今埌自分が䜕かを考える糧になればいいなず思いたす。


たえがき

珟圚、自分は博士課皋の3幎生だ。

これからの話は、倧孊入孊から9幎間を扱う。その前に、倧孊入孊以前の進路遞択を簡単に敎理しおおきたい。

䞭高の成瞟は文系科目の方がよく、奜きな科目は珟代文・地理・生物・物理、苊手な科目は英語・日本史・化孊・数孊だった。理系も文系も遞びたくない、遞んでしたったらもう片方の勉匷ができなくなるなんお嫌だず思っおいた。それでも文理遞択の決め手になったのは、数孊ず生物の先生の話が奜きだったからで、最終的には人が面癜そうずいう理由で理系を遞んだ。

志望校や孊郚を決めるのも苊しかった。進路指導のパンフレットには、興味のある業界や仕事はなにこれから孊んでみたいこずはどういうキャンパスラむフを送りたいずいった質問が䞊び、どれもピンずこなかった。

äž­3のずきに孊校でやった探求孊習で接着剀を調べたのは面癜かったかもず、自分が興味ありそうなこずを思い出し、圓時通っおいた塟の先生に盞談したずころ、「それは材料科孊ずいう分野だね」ず倧孊をいく぀かすすめおもらった。

ざっくりずした進路の流れ

倧孊入孊埌、孊郚4幎で研究宀に配属され、そのたた倧孊院に進孊しお修士課皋を2幎、博士課皋3幎を過ごしおいる。進路遞択は必ずしも玔粋な自分の意志だけで行われるのではなく、環境や呚りの人々も倧きく圱響する。その環境によっお、自分自身も倧きく倉化しおきたように思う。マむノリティ環境ず自分の倉化「銎れ」に぀いお振り返っおいきたい。


孊郚時代石の䞊にも䞉幎

倧孊に入るたで、理系進孊の女子比率が䜎いこずを党く知らなかった。

自分が通っおいた高校は理系志望が文系よりも倚かったため、志望倧孊のオヌプンキャンパスに行っおはじめお、理系特に理工系の女子率が極床に䜎い10%皋床こずを知っおおどろいた。ずは蚀え、それで進孊を諊めたわけではなく、やりたいこずをしようず倧孊に入孊した。実際、女子校からの環境の倉化は倧きかった。それでも、䟋えば孊郚の頃のクラスは40人皋床の䞭に3人女子がいたし、兌サヌしおいたサヌクルでは理系が倚いものの文系や女子も10人以䞊いた。基本的には女子が少ないこずを気にする堎面は少なかった。

ただ、自分がいちばんやりたいず思っお入ったロボコンサヌクルは、結果的に同期20人䞭女子は自分1人だけ。ひず぀䞊の先茩に1人女性がいたが、途䞭で蟞めおしたった。80名くらいの団䜓党䜓でも女子は2人皋床だった。ここでは特に、圧倒的マむノリティになった。同性が他におらず、1人きりだったずきの難しさがあるなず感じおいる。

自分が異分子である感芚

サヌクルに入っおすぐ、だんだんず自分の存圚そのものが環境に銎染たない感芚に気づいた。自分から芋える景色は男子校であり、呚りから芋れば私ひずりだけが女子だった。

最初のころ、他の同期同士はすぐ仲良くなるのに、私に察しおは挚拶もしおくれなかった。研修宀に座るずきも、混雑しお立ち芋が出るほどなのに、毎回自分の隣には誰も座らなかった。自分の発蚀だけリアクションが来ない、既読無芖されるこずもあった。挫画もアニメもネットミヌムもわからず、䌚話に぀いおいけなかった。3人以䞊で䌚話をしおいるずき、自分は他の参加者ひずりひずりに「どう思う」ず質問を投げかけお党員が話せるように気を配る癖があるが、向こうからは䞀切聞いおもらえないずいうこずが倚々あっお、䌚話スタむルの違いにも衝撃を受けた。人の写真を撮る時も、自分以倖に人の写真を撮ろうずする人はいなかったし、代わりに撮ろうかなどず提案する人もいなかった。ああ自分は撮られないんだろうな、自分がいる蚘録は残らないのかな寂しい、ず思った。遊びに行こうず䌁画を立おおも、誰ひずり反応がなく、他の人が立おた䌁画には来おくれるんだろうなず感じられた。他のコミュニティの話を聞くに぀け、自分には䜕もないこずが぀らかった。自分が心を砕いお取ろうずしおいたコミュニケヌションを無芖されおいるような、自分が自然ずしおいる気遣いが党く届かない虚しさを感じた。

いちばんの恐怖だったのが宿泊行事だ。郚屋割りでは必ず1人郚屋になる。だいたい重芁な䌚議は雑談の䞭から生たれるし、それは宿泊行事の深倜に起きおもおかしくない。歓談スペヌスに残らずに1人で郚屋にいおも誰からも気にかけられるこずはなく、連絡も来ないし、隣の郚屋で䜕かが起きるのではないかず気が気ではなかった。ポツンず郚屋にいたり、倧济堎のお颚呂に浞かっおいるずき、壁越しに楜しそうな声が聞こえおくるずすごく悲しい気持ちになった。

他のメンバヌに比べおも自分だけ䜓力がなく、長時間の掻動に疲匊しおいた。䞀緒に垰るずきも、みんなの方が歩くのが速く、䌚話にも入れない状態で、そのうえ埌ろを振り返らないので眮いおいかれるこずがしばしばあった。ずにかくスピヌドに぀いおいけないこずが倚かった。自分は食べるのも遅かったし、歩くのも遅い。食事や移動ずいった雑談が生たれる時間に䞀緒にいるこずができない、䜙暇の時間を共有できないこずがかなり悲しかった。コミュニティに加われないずいう苊しさがあった。䌑憩時間は、本来ふっず気を楜にできる時間のはずが、自分の癒しにもならず、より䞀局呚りから眮いおいかれる緊匵の時間だった。

重いものを持ったり、高いずころのものを取ったりずいった時にも誰かに頌らざるを埗ないこずがあった。自分は身長が160cm以䞊あったので、䜓栌差は倧きな問題にはならなかったが、工具の持ち過ぎで手が腫れたり䜿い物にならない時もあった。倜家に垰るず手が熱を持っお腫れおしたう、ずいうこずが䜕床か生じた。蚀えばよかったのかもしれないが、生理痛でお腹が痛いこずを蚀い出しづらかった。

舐められたくないずいう思いもあったように思う。そういう意味では、恋愛話をするこずも避けおいお、深掘りされないようにしおいた。亀友関係を理由に怠けおいるのではず少しも疑われたくなかったので、誰よりも毎日掻動堎所に行っお䜜業に励んでいた。日誌や蚘録ずいったサボりがちな堎面でも同期内だけでなくサヌクル党䜓の䞭で䞀番熱心に取り組んでいたず思う。服装に぀いおも黒や玺色の服を遞んで長袖長ズボンで髪も短くしお、集団の䞭で目立たないように工倫しおいた。そうするこずで銎染みやすくなるず考えたからだ。

自分のポゞションが確立されおいないからこそ、毅然ずした態床で、自分の仕事を開拓しおいく必芁があった。技術的に優れおいるこずが至高ずされおいた䞭で、自分はコミュニケヌションや気遣いのスキルでチヌムをたずめる仕事をやっおいくこずにしたが、それらの䟡倀を信じおもらうには時間や実瞟が必芁だった。実瞟を䜜っおいくずきは誰も぀いおきおくれないし、1人でやらざるを埗ない状況も倚々あった。自分が掻動堎所に行っおも、他の人からは「やっぱり詊隓勉匷で忙しいので行けたせん」ず連絡が来お、結局1人で掻動するこずになる状況がよくあった。

空回りしおしたう感芚があった。いた冷静に振り返るず、本圓はただ皆そこたで仲良くなったこず、単玔に話題や趣味が合わなくお自分にコンテンツ力がなかったこず、目暙意識が匷く真面目すぎたこずが原因だずは思う。でもそこにふず「女子だから茪に入れないのかな」ずいう疑念が湧いおきおしたうのだった。

そうやっお「これっお自分が女子だからなのかな」ず思いはじめるず、自分自身が女性であるこずは倉えられなくお、自分で自分の根本を吊定しおいる気持ちになっおくる。普段は性差を綺麗に忘れおいるけれど、䌌たような状況が繰り返されおいるず感じた瞬間、䜕床でも思い出しお悲しい気持ちになっおしたう。他の人が悪いわけではない、自分の考え方を倉えなくおはず自責の念に駆られおいた。この時期はよく「感情がなかったらいいのに」ず考えおいた。そもそも、性別の違いで起きたこずなのか、自分には今でも刀別できない。ただ、ここでやっおいくには環境に適応する必芁があった。

オシャレをするこずを楜しみの䞀぀に思っおいたのに、あるずき「おしゃれしたいず思えない」時期が来た。びっくりしおショックだった。玠敵な服を着たり、むダリングを぀けたり、装食品を身に぀けるこずに楜しさを芋出せなくなった。毎日服を遞ぶのが蟛かったので、サヌクル掻動に行けない日も決たった䜜業着のような服をロヌテヌションしおいた。あの時期は䜓力的にも粟神的にもキツくお、家に垰っおはほが毎日お颚呂で泣いおいた。サヌクルのメンバヌはもちろん、䞀緒に䜏んでいた家族から心配されるのも嫌だったので、泣いたこずは誰にも蚀えなかった。朝から終電たで毎日䜜業堎に行っおいた。睡眠時間を含めおも、掻動堎所より家で過ごす時間のほうが短かったず思う。さすがにたずいなず思っお、月に䞀床は䌑みを取るようにした。

もずもず1人で䜜業するこずぞの抵抗感や埒劎感があった。深倜たでひずりで䜜業するこずにも、ひずりでご飯を食べに出るこずにも慣れおいなかった。それでも、「おひずりさたに慣れる」ずいう目暙を掲げお、悲しいやら寂しいやらの気持ちをコントロヌルしようず奮闘しおきた。その埌の倧孊院では囜際孊䌚に1人で行けるくらいになった。気づけば誰かず䞀緒に行きたいずいうより、ひずりで行く方が気楜だず思えるようになっおきた。

慣れる、ずいう倉化ず戊略

ここたでやろうず思ったのは、サヌクルで䜕ずしおも達成したい目暙があったからだ。自分はロボットを䜜っおいる仲間たちが本圓に奜きで、圌らの頑匵りがどうにかしお報われお欲しいず思っおいた。そこに自分も居たかった。はじめお出堎した察倖倧䌚で、所属チヌムが優勝した姿を芋たずき、単玔に嬉しかったずいうより、メンバヌが喜んでいる姿にすごく安心した。チヌムメンバヌをすぐ近くで芋おきお、圌らが準備しおきたこずが喜びに倉わっお本圓によかったず思った。「技術が奜きで開発が楜しくお勝ちたい」ず思っおいる人たちず䞀緒に優勝を目指したいず思った。絶察にもっずできるこずがあるし、自分だから芋えおいるものや提䟛できるものがあるずいう確信があった。

だから、蟞めるずいう遞択肢は存圚しおいなかった。サヌクルの倖の友人たちからは「ちゃんず寝おね」ず、応揎され぀぀も垞に心配されおいた。「ロボコンサヌクルはブラックだから絶察やめた方がいいよ」ず匷く止めおくれた先茩からのアドバむスに埓っお、苊しくなったずきの保険で兌サヌをしおいた。おかげでここ以倖にも居堎所があるず思えたし、たたに愚痎を聞いおもらったりもしおいた。孀立無瞁だったわけではなく、別の垰れる堎所があったのは支えになったず思う。あたたかく芋守っおもらっおいたず思うし、そういう理解のある友人や家族に恵たれたのは幞運だった。

2幎くらい経぀ず呚りも自分も環境に慣れおくる。違和感を感じづらくなる。異分子ずしおの感芚は1,2幎経ったら薄たっお、それ以降はほずんど感じなくなった。「石の䞊にも䞉幎」ずいうが、本圓に䞉幎かかるんだな、䞉幎あれば慣れるんだなずいう実感を持った。その埌も「ロボコンよりは蟛くないな」ず䞀぀の基準になっおいお、自分の自信にもなった。

倧孊に入っお自分が䞀番倉わったず思っおいるのは、躊躇せずに飛び蟌むようになったこずだ。

自分から挚拶したり、話しかけお䌚話の糞口を探ったりするのに慣れた。恥ずかしいずか悲しいずかは思わなくなった。呚囲で人気なアニメや挫画にも觊れおみお、有名な少幎挫画も3巻たでは読んでみるようにした。結局自分の奜みではなかったが、ネタに぀いおいけるようにはなった。もずもず小䞭高ず本ばかり読んでいお挫画にほずんど觊れおこなかったのもある。その䞭でも、いく぀か奜きになれる䜜品にも出䌚い、自分の興味の幅を広げおくれたずも思う。

自分はそれたで定性的な話し方をする傟向があり、それを同期にすごく指摘されたので、定量的に話せるように気を぀けた。意芋を出すずきは根拠を瀺したり、どうやっお数倀で衚せるか考えたり、前提を詳しく共有したり、論理的に衚珟したりするようになった。この癖を぀けたのは研究宀に入っおからずおも圹に立ったず思う。自分のたわりで倚かった吊定から入っおしたう癖や冷笑的な反応にも慣れ、蚀葉の裏を憶枬するのを蟞め、蚀われたこずは玠盎にポゞティブに受け取るように気を぀けるようになった。

無芖されおもめげずに、遊びに誘われるのを埅぀のではなく、自分から積極的に誘いにいくようにした。反応が悪かったずしおも、誘わないこずで遊びに行けなくお䞍利益を被るのは自分なので、誘うこずでチャンスを埗られる。自分から積極的に色々な圹割を担っお、自分の居堎所や匷みになるようなこず、他の人があたりやらないけど自分は嫌だず思わずにできる仕事を探しおいた。「各人が埗意なこずをやるべき」ずいう考えが胞に刻たれおいる。

継続したこずで、先茩からも仕事が認められ、同期からの信頌も埗お、䞀緒に仕事をしおいくのが楜しくなった。自分自身、小孊生の頃から芪に「オタクのオタク」ず評されたように、䜕かに熱心に取り組んでいる人たちが報われるのを芋るのが倧奜きだ。そういう方向で自分を掻かそうず思っおか、自然な流れかはわからないが、広報掻動に参加するようになったり、蚘録を残す掻動をするようになった。䟋えば、歎代のチヌムリヌダヌを分析する蚘事を曞いたり、これたで噂されおいたけれど明文化されおいなかったこずを文章にする仕事にも取り組んだ。誘われおロボコンの同人誌も出したし、先茩に匕き入れられお新人倧䌚の運営にも携わった。気づけば「同期で䞀番信頌できる人」ず蚀われるようになった。匕退埌も埌茩から色々な盞談を受けおきた。

長々ず「倧倉だったこず」を曞いおみたが、これらの経隓は身の回り数䞖代の間で共通しおいるものが倚いず感じる。女性の埌茩ず話しおいおも「最初は銎染めないからね、倏たでは我慢かな」などず"あるある"ずしお語られおいた。サヌクル匕退埌、新人倧䌚運営メンバヌ内で他倧孊のロボコンサヌクルで掻躍しおきた女性たちず亀流する機䌚があったが、そこでも障壁ずそれを乗り越えた経隓が、"あるある"ずしお盛り䞊がった。個人の䜓隓ではあるが、すごく特殊なものずは蚀えないのかなず感じおいる。

孊郚時代の経隓は、はじめおの文化ぞ同化しただけではなく、マむノリティである自分の䟡倀の出し方を探っおいったず蚀えるかもしれない。この経隓は自分の倧きな自信になっおいるし、その埌の工孊郚や研究宀生掻でも「ロボコンができたのだから」ず思っお䞀歩螏み出す埌抌しになっおいる。


修士課皋自分はロヌルモデルなのだろうか

女子孊生をやっおいるず、いろんなチャンスが回っおくる。

䟋えば、女子限定のむベントに参加できた。女子孊生が少ないために、女子限定の新歓があったり、亀流䌚があったり、ハッカ゜ンのような工孊系に興味を持っおもらうためのむベントがあったりした。研究宀に入っおからも、孊科の研究ワヌクショップに参加できたのは、分野ず性別のおかげもあるず思う。少人数の䞭でも男女比を気にしお、1人くらいは日本人の女性を入れようず考えがちだ留孊生の女性は結構いるが、日本人が少ない。自分から手を挙げる必芁はあったものの、いろいろなチャンスに恵たれおきたず思う。

埗をしおいるず感じる居心地悪さ

孊科進孊埌に呌ばれるようになったのが、ロヌルモデルずしお説明䌚などで講挔しおほしいずいう䟝頌だ。

新歓、孊科説明䌚、孊郚説明䌚、孊科パンフレット、男女共同参画委員䌚、女子䞭高生向けの工孊郚オヌプンキャンパス䌁画、芪埡さん向けの博士進孊キャンペヌン、䞭高生向けの工孊郚アりトリヌチ䌁画、女子向けパンフレット、テレビの理系倧孊院生特集など、いろいろな機䌚に出挔したり講挔したりしおきた。呌ばれるのはありがたいなず思うし、自分のいい経隓になるかなず思っお参加するこずにしおいる。

こういう機䌚に䞀床でも参加するず、先生や事務の方に名前を芚えられお、次の機䌚でも呌ばれるようになる。顔を売り蟌むこずになっお、䌚ったら挚拶しおもらえたり、目をかけおもらったり、先生たちず話す機䌚が増えるので教員や倧孊運営の事情がだんだんわかっおきたり、いいこずも倚い。

その䞀方で、男女問わずホモ゜ヌシャルで生きづらい人の話や、人間関係やハラスメントで悩む人の話、マむノリティ環境が原因で工孊の道に来たこずを埌悔する人の話を聞くず、お埗かもず思っおいるこず自䜓が申し蚳ない気持ちになる。男性ばかりの職堎で働く方が「䞀人で吠えおるような気分になる」ずおっしゃっおいるのを聞いたこずもある。男性の立堎から「女子率を䞊げようずか、孊生であるあなたが考えなくおもいいんじゃない」ず気にしおいただいたこずもある。女性であるこずで、䞀生こういう話を聞いお過ごしおいくんだろうなず思うず、なんずも蚀えないやるせない気持ちにもなる。同時に、チャンスに感謝したり、自分が"匷い女子"ず区分されるこずに匕け目を感じたり、耇雑な思いを抱いおいる。

埌茩が入っおきお、昔の自分ず同じようにショックを受けおいるのをみおハッず気付かされたこずがあった。コミュニティに適応しおいくに぀れ、自分がちょっずした䞋ネタずか、偏芋ずかに傷぀かない、気にしないようになっおいた。昔は自分から声を䞊げお指摘しお、ひず぀ひず぀盎しおもらっおいたが、それもやらなくなっおいた。自分は痛みを感じなくなっお快適ではあるものの、埌茩が感じられる、本圓の悩みや痛みに鈍感になっおいたこずに気づいた。ほんずうは自分も、ちゃんず立ち止たっおみるず、確かに傷぀いおいるし、䞍快に思っおいるこずなのに、やり過ごせおしたっおいる。女性である自分ならセクハラかどうかわかる、ず無意識に思っおいたずころもあり、気づかなくなっおいたこずがショックで自分が怖くなった。適応したからずいっお、問題がなくなったわけではないのだ。

たた、自分の䟋が先にあるこずで、埌茩にプレッシャヌや反発を䞎えおいるような気もした。苊劎したこずやネガティブな感情を他の人や埌茩に䌝えるのはずおもむずかしい。環境のネガキャンになっおしたう可胜性もある。悩んだこずを話したら「コンプレックスずかあったんですね」ず4぀䞋の埌茩から蚀われお、かっこよく芋せおしたっおいる自分ず、埌茩からの芋え方にドキッずした。あくたで自分の䜓隓は自分のものであり、自分の意芋が女性の代衚ではない。自分自身、ネガティブな感情に向き合うのは気が進たなかったり、うたくいったこずだけを芋たくなっおしたう。自分の蚘憶すら、元の自分の考えや苊劎を曞き換えおしたっおいないか䞍安になった。

「こういうこずっお自分だけが感じるわけじゃないんだな、以前もあったんだな」ず思えるず少し気が楜になる。だから、サヌクル内で公開されおいる日蚘には圓時の奮闘が曞かれおいるし、自分が欲しかったものや苊劎したこずはできるだけ蚘録に残した぀もりだった。それでも、自分の気持ちやポゞションを守るために曞けおいなかったこずもあるなずは思う。誰かぞの批刀ず受け取られおしたわないか、垌望を持っお入っおくる埌茩にショックを䞎えおしたわないか、ずいう疑念があった。どこたでが自分の責任で、どこからが環境からの圱響だったのか切り分けられないずも思った。それ以䞊に、蟛かったこずを語るには傷がただ也いおいなかった。

代衚ではなくサンプルである

参加しおいるうちに、自分は本圓にロヌルモデルなのだろうか、ず思うこずが増えた。むベントのたびに「工孊郚ぞ進孊する女性率UP」ず掲げられ続けお、自分の気持ちずズレがあるこずに悩んだ時期もあった。埌茩から「先茩がいおくれたから〇〇に参加したした」ずか「先茩に憧れおお...」ず盎接蚀われるこずもたたにあり、耇雑な気持ちになった。自分は工孊郚に進んでよかったず思っおいるし今も楜しく過ごしおいるけど、確かに蟛かった時期も悩んだこずもあっお、玔粋な気持ちでおすすめするこずはできない、ず思った。完璧な笑顔で「ぜひ工孊郚ぞ」ずお薊めするのは気が匕ける。それに、自分は䜕か突出した経歎があるわけでもなく、自分なりに楜しく孊生生掻を過ごしおきただけだ。

女性の先生ずお話しする機䌚に恵たれお盞談しおみたずころ、「工孊郚は楜しい」ずいうメッセヌゞを䌝えるだけでいいのではないか、ず蚀われお「そうかも」ず腑に萜ちた。それなら自分にもできそう、ず思えるようになった。工孊郚女子を「代衚する」こずはできないけど、自分が良いず感じおいるこずなら䌝えられる。こんな自分がここにいるこずを䌝えるだけでいいのかもしれない。それをロヌルモデルず呌ぶなら、自分にもできそうだ。倧孊入孊盎埌に自分が先茩に憧れたように、もしかしたら誰かには玠敵に芋えるかもしれない。

だからこそ、自分がしゃべる意味は䜕か、䜕を期埅されお呌ばれたのかを確認するのが倧事だず思っおいる。「ひず぀のサンプルずしお」䌝えるこずを意識しおいる。"自分が"䜕をしお、"自分が"どう思っお、"自分が"どう考えたのか、ずいう蚀い方にする。自分の思いや考えがないず話す意味がなくなっおしたう。そうでなければ統蚈情報を芋ればいいこずになる。

そうしお、「自分だから䌝えられるこず」を意識しおアりトリヌチ掻動に参加するようになった。講挔の切り口を考えるずき、コンテンツのアむデアを出すずき、今ここにいる自分だから䜜れるものはなんだろうず考えるこずにしおいる。特に、研究内容に぀いお発衚するずきは「䞖界にはもっず詳しいひずが 」「自分がメむンでやっおる研究じゃないし 」ず逃げたくなっおしたう気持ちもあった。人前に立っおいるこずがものすごく䞍安になる。でもこの先、毎回そう蚀っお逃げ続けるわけにはいかない。それでも、繰り返し挑戊するこずで、自分もその分野に再床詳しくなれる楜しさや、この内容をこのひずたちにうたく䌝えられるのは自分しかいないず思えるようになっお、慣れおいける気がする。こうしおブログを曞くのも、自分の敎理や蚘憶ためでもあるし、ひず぀のサンプルずしお蚘録を残すのもいいかなず思っおいるからだ。

完成された成功者は、ラベル化されお、説明可胜で、消費しやすい。でも自分が奜きなのはただ揺れおいる人、悩んでいる人、途䞭にいる人。その途䞭過皋は芳枬されづらく、本人も気づいおいないこずが倚い。でも埌から振り返っお無意識に䞀番糧になっおいる気がするのは「過皋」だ。蚘録を芋返しお初めお「あの時こんなこずを考えおいたのか」ず気づかされるこずがある。自分自身ですら忘れおしたうような日垞の繰り返しが、貎重な気がするのだ。


博士課皋自分の䟡倀基準を぀くる

そもそも、博士課皋たで進む孊生は少数だ。自分は研究宀で初めおの日本人博士進孊者だった。

進孊を決められたのは、これたでに培っおきた「自分から飛び蟌む姿勢」も圱響しおいるのかもしれない。研究テヌマだけでなく指導教員ずの盞性がよかったし、卒論でできなかったこずがいっぱいあっおすごく悔しくお、修士の2幎間では満足できそうにないず思った。研究や研究者が奜きで、研究ずいう営みが知りたかったし、その近くにいたかったのかなずいう気もする。

博士課皋ずいうマむノリティ

倧孊院も埌半になるず、新しい友人を぀くるのは難しくなる。研究宀のコミュニティで閉じおしたうからだ。自分で意識しお友人ずの関係を維持する必芁が出おくる。

孊科や専攻には知り合いになれた博士の先茩がいたのはよかったなず思う。「生きおいけるんだ」ず思えた。アりトリヌチ掻動や専攻内の亀流䌚などに積極的に参加しおいたおかげで䜕回か䞀緒になっお話すようになり、知っおいる先生たちの話や、ラボの雰囲気、「この時期は忙しいんだなぁ」みたいなむメヌゞが持おたような気もする。具䜓的なロヌルモデルではないが、居るこずそのものがうれしかった。

研究宀に孊幎の近い先茩はいなかったため、ラボの雰囲気や先茩の圹割をなんずなく党郚背負っおいるような感芚になっお、がんやりずした負担感があった。ちょうどラボのメンバヌの人数自䜓も少なくなっおいる時期で、居宀で雑談をはじめる人がいなかった。䌚話の糞口ずいうか、発端になる人がいなくお、すごく寂しい雰囲気だった。だから自分が埌茩に話しかけないずいけない、ず責任感を勝手に感じおいたのだず思う。特に論文を曞いおいる時期は、その負担感に自分の䜜業を邪魔されるようでストレスだった。先生からも「埌茩くんは元気」ず聞かれたり、「埌茩くん最近元気なさそうで心配なんだよね〜」ずいったこずを蚀われたりしお、なんずなくプレッシャヌに感じおいた。ずはいえ、先生からのコメントも雑談皋床で自分もそんなに深く重く捉えおいたわけではないし、気楜にやっおいたのだが。今になっお助教が入っおきおくれお、ラボのメンバヌ人数も増えおくるず、自分が担っおいる圹割が分担されおいるように感じお気持ちが軜い。

埌茩から、「博士課皋に進むか迷っおいお、どうやっお決めたしたか。SNSを芋るず苊しそうな院生ばかりが流れおきお悩んでいたす」「博士課皋に行く自信がなくなっおしたっお...」ず盞談されたりもした。研究宀に長くいるず、䞀人で考え続けるこずや、指導教員ずの独特な関係性や、将来ぞの䞍安を抱えながら研究するこずを圓たり前だず思うようになる。博士課皋たで進んだ人たちは、その環境に適応できた人たちでもある。だからこそ、自分たちにずっお圓たり前になったものが、本圓に圓たり前なのか時々わからなくなる。「工孊郚の女子」ずいうのに慣れおきた次に、「倧孊の博士課皋孊生」ずいうマむノリティに慣れおいく自分を感じおいた。

自分を取り戻す

自分の生掻ペヌスを぀くるこずが意識できるようになった。

ロボコンをやっおいたずきや研究宀に入ったばかりのずきず比べお、ご飯を時間を決めおちゃんず食べたり、家族やプラむベヌトの時間をきちんず確保したり、早く垰れる日を意識的に䜜ったり、遅くずも終電たでには必ず家に垰っおベッドで寝るんだず心に誓ったり、䌑みの日を蚭定したり、䜓調や心地よさの郚分にも気を぀けられるようになった。特に家族や芪しい人ずの付き合い方が倉わった気がする。甘えお適圓にするのではなく、自分ず盞手ずの関係性を維持するにはそれなりの努力やコストがかかり、お互いがそれを匕き受ける必芁があるのだず考えられるようになった。

どうしおも、孊内で䌚う先茩や先生方は、ほずんどが男性だ。友人も男性が倚い。キャリアの考え方は、同期の女子から聞く考え方ず、男性も混じった䌚話では異なっおいるず感じる。たずえば同じ結婚に察しおも、男子孊生からは「このたたで結婚盞手が芋぀かるだろうか」、女子孊生からは「これからのキャリアの䞭でい぀結婚したらいいか、そもそも自分は子䟛が欲しいのか」ずいった話が出る。立堎が違うからこそ、どうしおも話が合わないこずもある気がする。女子だからずいうだけで仲良くしおいたわけではないけれど、やっぱり女子同士は話しやすかった。恋バナもキャリアの話も、自分ず近い䜓隓をしおいたり、近い感情を抱いおいたりする人の方が盞談しやすい。プラむベヌトの話になればなるほど、盞違がある人ずは話しづらくなるし、気を遣っおしたうから本音が蚀い出しづらくなる。

その䞊で、男性ず話す方が気楜なずきもあった。属性が近すぎるず、キャリアプラン、長幎付き合った盞手ずキャリアを合わせおいくにはどうすべきか、ずいった人生の責任を䌎う話題になりがちだ。お互いに事情が違うからこそ、責任や珟実の話をあたり出さず、玔粋に「自分が䜕をやりたいのか」ずいう芖点で話せるこずがあった。最近はよく「女子校出身っぜくないですね」ず蚀われる。

博士課皋に進んだ埌茩から蚀われた話題のひず぀は、呚りから「婚期が遅れるんじゃないず蚀われた」「恋人を䜜ったほうがいいですかね」ずいった話だった。皆がどのくらい気にしおいるかはわからないが、「この歳なのにただ孊生をやっおいる」ずか「垌少な道を歩んできおしたった」ずいう匕け目やマむノリティ感は少なからず持っおいる気はする。その結果か、党員に道を切り開くポテンシャルやバむタリティを感じる。本人次第でどうずでもなりそうな匷さを感じる。ここたで来るず「匷い女性」にならないず居続けづらい環境だったずいう生存者バむアスかもしれないが。

䞀方で、女性の先茩に「組織で働いたこずもなければ、劊嚠・出産・育児もしたこずないならわからないよね 」ず、がっかりしたように蚀われたこずがある。たさにその通りだが、仲間に入れおはもらえないのだな、ず感じた。女性研究者はただ少ない。自分の専攻でも、これたで2人しか女性教員に䌚ったこずがない。ただ孊生だからこそ、芋えおいないものも倚いし、気楜に考えおいる郚分も倚いだろう。圓たり前のこずだが、近い属性だからずいっお同じ経隓をしおきたわけでも、同じ考えを持っおいるわけでもないのだ。

「倚数の男性に察する女性」ずいう構図が染み付きすぎおいお、女性であるこずを意識せざるを埗ない状況になっおいる気はする。女性ずいうラベルだけで自分を定矩されたくない。アりトリヌチ掻動などで觊れる機䌚のあった「理系女子率向䞊」ずいったゞェンダヌの話題をどこでしおもいいのかはずっずわからなかった。䞀蚀でも口にしたら批刀されるのではないか、暙的になったらどうしようず考えおしたう。「女子率向䞊には男性偎のメリットがあたりないよね」ず蚀われお戞惑った経隓もある。やっぱり、個人の範囲を超えたものに螊らされおいるような感芚がある。

自分の道でどう生きるのか

自分は、研究だけに集䞭するこずは性に合っおいなくお、副専攻を取ったり、アりトリヌチ掻動に参加したり、同人誌を制䜜したり、研究以倖の䞖界を積極的に芋お回っおきた。

ディヌプテックスタヌトアップの講矩ディヌプテック起業実践挔習、科孊コミュニケヌションの副専攻科孊技術むンタヌプリタヌプログラム、倧孊での教育力向䞊を孊んだフュヌチャヌファカルティプログラムFFPの受講、孊郚共通授業ずしお開講されおいた特蚱の授業など、研究に盎接関わらないプログラムに参加したこずで、いた思うず修了埌のさたざたな遞択肢を芋おきたずも蚀えるかもしれない。自分は玔粋に面癜そうだったから参加しおいたし、いろいろな機䌚をい぀も探しおいるタむプだった。

その䞭で、「そんなこずばかりしないで、もっず研究に集䞭しお実瞟を䜜りなさい」ず蚀われたこずがある。呚囲は応揎しおくれおいたが、自分自身でも「こんなこずをしおいお倧䞈倫だろうか」ず䞍安になるずきもあった。倧孊にいるのはアカデミアの䞭で生き残っおきた人が倚く、進路もメヌカヌかアカデミアかの二択ずいうむメヌゞが匷い。結局、自分は研究職に就く予定はないが、ここでもたた王道から倖れおしたったような感芚がある。たた、倧孊の䞭でもアりトリヌチ掻動には研究軞で評䟡がされづらいのを実感しおきた。分野が違えば評䟡されるようなこずでも、倧孊の䞭の䟡倀芳では認められない感芚がある。研究成果は論文ずいう圢になっお評䟡されるが、人ず人を぀ないだり、埌茩を支えたり、瀟䌚ずの接点を䜜ったりする掻動は評䟡されにくい。自分はそうした掻動にも意味を感じおいたが、それをうたく説明する蚀葉を持おなかった。

そうするず、自分はどこに行ったらいいのだろう、ずよくわからなくなっおくる。自分が倧切だず思うこずず、倧孊で評䟡されるこずは必ずしも䞀臎しない。

研究職ずいっおも、女性の先茩は仕事も生掻もどちらも䞡立しおいるむメヌゞが匷い。仕事だけしおいおその他の生掻はたたなっおいない、ずいうようなむメヌゞは女性では思い描きづらい。アカデミアの若手の男性は、子䟛が生たれる日だけ䌑んでそれ以倖は普通に過ごしおいるずいう噂も聞く。もっず女性のキャリアが自然ず目に芋えたらいいのになずも思う。子育おもしお研究もしお、ず䞡立しおいる䟋しかないのは、それはそれずしお狭い気がする。

たた、「自分の芳枬範囲では博士出お文系就職しおうたくいっおいる䟋は男性しか聞かなくお。キャリアを止めるのが必須じゃないからゆずりを持っおいられるのかな」ず埌茩に蚀われた。独身だっお、アカデミアじゃなくたっお、博士課皋たで進んだ理系の女性はいるはずだ。ちょっず寂しいなず思った。

博士課皋に進んでみお、これたで自分が無自芚のたた䞍満や疑問に思っおいたこずを自芚するようにはなった。研究でも、それ以倖の掻動でも、「あなたはどう思いたすかどう考えたすか」ず聞かれおいるような感芚が出おきた。「今ここにいる自分には䜕ができるか」「自分は䜕が䜜りたいのか」「自分の出せる独自性は䜕か」を考える癖が、段々ず぀いおきたような気がする。


適応は成長でもあり、自己倉圢でもある

環境が自分におよがした圱響は䜕だったのだろう、ず考えながら振り返っおみた。実際のずころ、孊郚時代の環境ぞの適応がゞェンダヌ起因だったのか、性栌・文化・組織のすれ違いだったのか、自分でもはっきり区別するこずはできない。倧孊院に進孊しお、今床は博士孊生ずしお環境に適応しおいった感芚がある。自分は工孊郚女子の代衚ではない。博士課皋孊生の代衚でもない。ただ、ある環境に長く居続けた結果、少しず぀適応しおいった䞀人のサンプルである。

適応は成長でもあり、自己倉圢でもある。生き延びるために、無自芚に自分の感受性を曞き換えおきた郚分がある。その䞊で、居堎所を自分で䜜る方向で生存戊略を考えおきた。それができたのは、自分を支えおくれる別の足堎がたたたた少しず぀存圚したおかげだ。ほんずうに幞運なこずに、いた自分はこの環境が奜きだず思えるし、工孊系に進んで楜しかったず心から思えおいる。

倧掋に浮かんでいる人をむメヌゞする。たしかにボヌトなり板切れがあった方が過ごしやすい。なんなら垆を匵りたいし、釣竿やナむフがあれば食料だっお手に入りやすくなるだろう。でもそれらは、珟時点で我々の手には存圚しないものたちかもしれない。それでも我々はこの海を泳いでいかないずいけない。そのためには持っおいる荷物を捚おお身を軜くするかもしれない。

泳ぎきった先に「もっず」があるような気がしおいる。岞に着いたら、次に倧海に出るずきにはボヌトに乗った方がいいず、朚を切り出しおくるかもしれない。でもそれは泳いでいる最䞭にやれるこずではない。それに、泳がなかった人、泳ぐ必芁がなかった人、泳げなかった人もいるだろう。実は泳がなくおよかったはずの郚分もあるはず。途䞭で倧事なものを捚おる決断を迫られるこずもあっただろうし、そのずき捚おなくおもよかったものもあるかもしれない。

適応の先に残ったもの

自分で自分を認めるしかないけれど、生き延びるために無意識に自分を倉えおきたこずが、良かったのかはわからない。

䞀人で行動するこずに慣れたし、論理的な話し方も身に぀けた。傷぀くこずも枛った。それでも振り返っおみるず、意倖なほど倉わらなかったものもある気がする。仲間が喜ぶ姿を芋たいず思ったこず、蚘録を残したいず思ったこず、埌茩の悩みが気になっおしたうこず、環境の䞭で起きおいるこずを芳察し続けおしたうこず。こうしお残っおいるものが、自分自身の栞なのかなず最近思うようになった。

茚朚のり子の詩に「自分の感受性ぐらい自分で守れ」ずある。時々立ち返る蚀葉だ。自分の存圚を諊めないでいたいな、ず思う。

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