
【短編小説】 約束
卒業式の日に、セックスしよう。
わたしとカナタはそう約束した。
理由も、日時も覚えていない。
ただ、夕暮れ前の陽射しがじんわりと室内を満たし、やけに汗ばんでいたのを覚えている。
カナタのYシャツの袖は白く光を反射し、
わたしの制服の背に触れそうになっている。
曖昧な距離が、熱を帯びて、
わたしとカナタの間に立ちはだかっている。
◆
カナタのことは好きだ。
性愛的な意味であって、精神的な意味ではない。
それに気付いたのは文化祭の準備だった。
みんなで準備するメイドカフェ。
カナタは「女装して〜」の黄色い声に囲まれていた。
ただ、黄色い声を受け取っているだけ。
積極的に提案するでもない。
手を動かす訳でもない。
それなのに、教室は彼を中心に回っている。
高い背丈に、甘いマスク。
瑞々しい身体。
目を奪われて、絡め取られて、
逃げ出せない。
喉に何かが詰まっている。
飲み下せない、コーヒー飴。
女装をせがまれたカナタの目の端に、
ほんの少し得意そうな色が滲んで見えた。
◆
アサヒ君は、教室の隅で手を動かしている。
カフェのコンセプトを考え、
衣装を女子と決めて、
買い出しの手筈を整える。
圧倒的な手際の良さ。
女王蜂がカナタだとすると、
アサヒ君は働き蜂だ。
なくてはならない。
アサヒ君は、そのことに気付いていないし、
教室の誰も意識していない。
ただひとり、わたしだけ。
アサヒ君は性愛の対象ではないけれど、
そのポーカーフェイスを崩してみたいと思う。
アサヒ君の考えていること、
どんな女子が好きで、
どんな会話を好むのか。
どんな飴?ソーダ味?
わたしはそれを、知ってみたい。
◆
キスをする。
唇が溶けて、気持ちいい。
女王蜂はわたしを絡め取る。
……でも、こんなもの?
◆
想像する。
不器用な手のひらが、セーラー服の下から肌に触れるのを。
腰から、やがて上にあがっていく。
ブラが食いこんだ跡が、熱を持ち、
蜂が飛び回る。
◆
きっと、わたしはどちらにも正しくない。
舐めている飴が混ざって、
味すら分からない。
だから……試していく。
ほんものが、見つかるまで。
◆
約束を、してみたい。
働き蜂との、約束。
「アサヒ君」
教室の床に看板を置き、
文字に色入れをしていた彼は、ふと顔をあげる。
絵筆を持った指先が、揺れる。
「わたしも手伝う」
夕暮れの教室と、文化祭の準備。
アサヒ君から絵の具を受け取る。
カラン。
口の中のソーダ飴を鳴らす。
ほんの少し、指先が触れる。
蜂が花粉に突っ込んだ。
了
