
信用を失ったのは、誰か?〜元教師が見た職員室不倫の記録〜シーズン1【あらすじ、プロローグ〜その5】
【あらすじ】
表向きは公正でまじめに見える学校の職員室。しかし、その中では教師間の不倫という「信用失墜行為」が密かに起きていた。
当事者の身分や学校の信用を守るため、他人に知られないよう細心の注意を払いながら一人で立ち回る主人公。しかし事態は、組織の事勿れ主義や人間関係の軋轢に巻き込まれ、思いも寄らない方向へと進んでいく。
誰もが保身に走る歪んだ空気の中で、一人で悩み、葛藤し続けた教員の目線から描く。教師20年目の元教員が、実話をもとに再構成した記録的フィクション。
【プロローグ】
私は元教員です。教師20年目、45歳のときに教壇を降りる決断をしました。
外から見る学校は、しばしば「公正」「清潔」といったイメージに包まれています。しかし、職員室という小さな世界の中では、権力、派閥、嫉妬、恋愛、誤解……さまざまな感情が確かに渦を巻いています。
このnoteは、私自身や同僚たちが学校という現場で実際に経験した出来事をもとに再構成した“記録的フィクション”です。誰かを断罪するためのものではありません。
(※誤って前回の投稿を全部削除してしまい、積み上げてきたものが一度すべて消えてしまいました。悔しさもありましたが、タイトルと中身をブラッシュアップし、『創作大賞2026』への挑戦として新しく再投稿いたします。もう一度、この物語を読んでいただけたら、それだけで嬉しいです。応援していただけたら幸いです。)
【その1】入籍発表の朝、私が感じた違和感
六月のある朝、職員朝会で教頭がこう告げた。
「C先生が入籍しました。」
その瞬間、職員室がふわりとざわついた。
私は心の中で、Cのことを“妙にキザな若手教員”と呼んでいた。
どこか芝居がかった口調と、根拠の薄い自信——実力以上に自分をよく見せようとするような物腰が気になっていたからだ。
「へぇ……あんな人と結婚する相手、どんな人だろう」
そう思っていたら、相手は以前この学校にいた商業科の講師だと聞き、さらに驚いた。
人柄も生徒対応もよく、むしろCにはもったいないと思った。
——なんとなく、胸に小さな違和感が残った。
その違和感が頭の端に残っていたとき、ふとB先生からのメールを思い出した。
たしか四月、彼女はこう言ってきたのだ。
「一般の人と付き合っているんです。でもその人には結婚する相手がいるんです」
「なのに、毎晩のように私のアパートに泊まりに来るんです」
私はそのとき、まだ深刻さを理解していなかった。
“結婚する相手がいるのに、毎晩泊まりに来る男性”——
その不誠実さを軽く見ていて、「別れる気があるなら、奪う余地はあるよ」と軽々しく返信してしまったほどだった。
しかし——
毎晩泊まりに来ていた“その人”が誰なのか、私はまだ知らなかった。
夕方、部活動の指導を終えて職員室へ向かっていると、前から若手教員のB先生がゆっくり歩いてきた。
初任者研修を終えたばかりの二年目で、私の転勤一年目を支えてくれた、明るく真面目な先生だ。
三月からは時々メールをし合うようになり、気軽に話せる仲でもあった。
そのB先生が、私の顔を見るなり——涙で目をいっぱいにし、その場に立ち尽くした。
「A先生……」
声は震え、今にも崩れ落ちそうだった。
驚いて「まずは教室に入ろう」と空き教室に促すと、扉を閉めた瞬間、堰を切ったように泣き崩れた。
「どうしたの?」
「……私、もう学校に来るのがつらいんです。失恋してしまって……」
失恋?
彼女には一般企業の恋人がいると聞いていた。
「相手って……誰なの?」
Bは涙の中で、小さな声で言った。
「……今朝、入籍を発表した人です」
「えっ?」
C先生——あの“妙にキザな若手教員”。
しかも結婚相手は、生徒にも職員にも好かれていた元講師の先生。
私は言葉を失った。
そしてようやく、朝に感じた違和感の正体がつながった。
——Bが言っていた“毎晩泊まりにくる人”。
それは一般の会社員ではなく、C先生だったのだ。
生徒の未来を背負うはずの教師が、最も守るべき人の心を踏みにじっていた。
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ始めた。
【その2】Bが語った“裏の顔”
しばらく泣き続けたあと、Bはようやく、小さな声で話し始めた。
「……私、C先生とは、去年の九月から付き合っていたんです」
思っていたよりずっと長い期間だった。
Bが初任者として勤務を始めて半年ほど経った頃——
仕事にも人間関係にも慣れ始めていたが、まだ心が不安定になりやすい時期だ。
「最初は……すごく優しかったんです。授業の相談に乗ってくれたり、プリントの作り方を教えてくれたり……“君は頑張り屋だから心配だよ”って」
——弱いところにつけ込んだのだ。
私は胸の中でそう確信した。
初任者は孤独で、毎日が必死で、そこに少し優しくされると、簡単に心を許してしまうことがある。
そしてCは、そこを見逃さなかったのだ。
Bは目を伏せたまま続けた。
「九月くらいから、“相談にのるから”って言って、仕事終わりに送ってくれて……そのあと、部屋に来るようになって……」
そして、ためらいがちに付け加えた。
「でも……その頃にはもう、結婚する相手がいたんです」
——やっぱりだ。
「結婚が決まってるって知ってても、“離れたくない”“君が必要だ”って言われたら……断れなくて……」
Bの声は震えていた。
「十一月、十二月……ほとんど毎日のように来るようになって……私、仕事も大変で、誰にも頼れなくて……それで……」
そこまで話すと、また涙があふれていた。
——初任者の不安を、“守るふり”をして利用したのだ。
Bは嗚咽をこらえながら言った。
「でも今朝……入籍したと聞いて……私、ずっと……都合のいい存在だったんだって……やっと分かったんです」
私は首を強く横に振った。
「違う。悪いのはB先生、あなたじゃない。初任者の立場につけ込んで近づくなんて、そんなの大人として最低だよ」
言葉を口にしながら、私の中でも何かが重く沈んでいった。
——Bが、こんな形で傷ついていたなんて。
彼女の涙の意味が、ようやく胸に深く突き刺さった。
【その3】夏休み、そして二学期——崩れゆく倫理の線
夏休みに入り、進学クラスを担当するBとCは、補講のために毎日のように学校へ来ていた。
私も一年生と三年生の二クラスを受け持っていたため、夏休み返上の勤務が続いていた。
だが——校舎には人が少ない。
薄く静まり返った空気の中で、二人の距離だけが妙に浮き上がって見えた。
湯沸かしポットの前でコーヒーを入れながら、「キャッキャ」と小さくじゃれ合う声が聞こえる。
——目に余る。
私は、数日前にもらったメールを思い出していた。
期末考査の真っ最中。
午後は生徒が下校し、校内がいちばん静まる時間帯。
その“わずかな隙”を縫うように、二人は海水浴場の駐車場で落ち合ったという。
「別々の車で◯◯海水浴場の駐車場に集合して、そのまま私の車でラブホに行きました」
Bは、日報でも送るように淡々と書いてきた。
そのメールを開いた瞬間、背中に冷たいものが走った。
教師が“試験期間の午後”にそんな行動をしている——
想像をはるかに超えていた。
職業倫理は、どこへ消えたのか。
そして今、目の前でじゃれ合っている二人の様子から、あれが“一度きり”ではないことは、容易に想像がついた。
三年生の進学指導で、もっとも力を注ぐべき夏。
その重要な時期に、何をしているのだろう。
——注意しても無駄だ。もう、私の言葉では止まらない。
生徒たちの顔が次々と浮かび、胸が痛んだ。
そして私は、静かに決めた。
Bとは距離を置こう。
これ以上、常識を削られたくなかった。
***
夏休みが明け、二学期最初の学力テストが行われて数日後のことだった。
その日の私は、採点をすべて終え、帰り支度をしていた。
気づくと、時計はすでに18時を回っている。
「今日はもう帰ろう」
そう思い、鞄を閉じたそのとき、Bが職員室に戻ってきた。
——あれ?
今日は珍しく、早く帰っていったはずだった。
一瞬、胸の奥がふっと緩んだのを覚えている。
それなのに。
どうして、今この時間に戻ってきたのだろう。
Cは、まだ学校にいた。
だから——?
そのことが、どうしても頭から離れなかった。
夕食の片付けを終えたあと、私は迷いながらも、メールを送ってしまった。
「あんな時間に戻ってくるなんて、仕事が溜まってるんじゃない? 大丈夫?」
返ってきたのは、いつも通りの落ち着いた文面だった。
「なんとか仕事は進んでいます」
安心しかけたが、どうしても書かずにはいられなかった。
「もう一緒に出かけない方がいいと思うよ。Cを諦められない気持ちは分かるけど……そろそろ線を引かないと、本当に良くないと思う」
しばらくして、Bから返信が届いた。
「分かっています。でも彼、毎晩のように寄ってくるんです。断ろうとしても、うまくいかなくて……」
——毎晩?
胸の奥が、ざわりと揺れた。
「毎晩あなたのアパートに寄るの? 夕飯はどうしてるの?」
返ってきた答えは、予想をさらに上回った。
「私のところで食べて……奥さんの手料理も食べていると思います」
「え? 二回食べるの? どっちも?」
「はい。私の料理の方がおいしいって言ってくれます」
その文字を読んだ瞬間、頭の奥で何かがぐらりと傾いた。
——もう、おかしい。
——この状況そのものが、完全に狂っている。
私はスマホを握りしめたまま、しばらく、動くことができなかった。
【その4】職員室のモラハラと、溶けていく倫理
九月になった。
進学クラスの担任にとって、ここからが本番だ。
AO入試、指定校推薦、公募推薦——。
夏休みに下準備をしてきた生徒たちの進路を、一つひとつ確実に形にしていかなければならない。
私は、Bとは距離を置くと決めていた。
あの二人の不適切な関係にこれ以上深入りすれば、自分の常識まで削られていく。
そう分かっていたからだ。
——それでも。
彼女は、初めて卒業生を送り出す立場にいる。
判断に迷えば、自然と私のところへ相談に来る。
頼られれば、突き放すことができない自分がいた。
まず取りかかったのは、指定校推薦の書類だった。
指定校は、「条件さえ満たしていれば、ほぼ合格が約束されている」制度だ。
だからこそ、同じ大学・同じ学部には通常一名、多くても二名まで。
それが暗黙のルールであり、生徒の将来を守るための「鉄則」だった。
……のはずだった。
BとCのクラスから提出された資料には、同じ大学の、同じ学部に、五名ずつ出願する予定だと書かれていた。
目を疑った。
しかも、内容は驚くほど雑だった。
出欠や評定はデタラメで、基準に満たない生徒の名前まで並んでいる。
——夏休み、一体何をしていた?
怒りよりも先に、激しい呆れが押し寄せた。
経験の浅いBなら、まだ分かる。
しかし、推薦業務を何度も経験しているはずのCまで、同じレベルとは。
私が夏から助言してきたことは、何ひとつ届いていなかった。
いや——。
Bはすでに、完全にCの影響下にあった。
教員としての倫理も、教育者としての判断力も、二人で過ごす密室の時間の中でいっしょに溶かされてしまったようだった。
当然、書類は即座に差し戻された。
会議が終わり、私は重い資料を持って立ち上がろうとした。
そのときだった。
会議室の端で待っていたベテラン教員が、私を呼び止めた。
E先生——校内でも「老醜」と陰で呼ばれるほど気難しく、厳しい人物。
その隣には、物腰の柔らかいF先生が座っていた。
「……ちょっと、座って」
E先生の声音には、はっきりとした怒りがにじんでいた。
逃げられないと悟り、向かいに腰を下ろした瞬間——
「B先生と、親しいよね?」
やはり、そう見られていた。
F先生が、静かに口を開く。
「今日の会議、どう思った?」
「……正直、あり得ないと思いました」
E先生が、畳みかけるように言った。
「最近、B先生……浮かれてる感じしない?スカートも急に短くなったし、香水もきつい。なんだか、心ここにあらずっていうか……」
返答に迷った。
たしかに、ここ数週間のBは、以前とはどこか違っていた。
胸元ぎりぎりまで開いた服。昨年網タイツを履いてE先生に注意された、という話も聞いていた。
F先生が、柔らかい表情で言った。
「同じ大学に競合を出すなんて、話にならない。……あなたからも、ちゃんと助言してあげてね」
その言葉なら、まだ救いがあった。
しかし、次の瞬間、E先生から放たれた言葉に耳を疑った。
「実はさ。BがF先生に口答えしたんだよ」
資料の印刷中、偶然F先生が内容を目にし、「これは会議に出せない」と指摘したらしい。
するとBは、「出してみないと分からないじゃないですか!」と反発したという。
「あなた、親しいから知ってるのかと思って」
——まるで、私が裏で何かを仕向けているかのような言い方。
私に管理責任があると言わんばかりの冷ややかな視線。
これこそが、職員室という密室で起きる「連帯責任」という名のモラハラだった。
理不尽にもほどがある。
なぜ、あの二人の無責任さと不倫騒動の尻拭いを、真面目に働いている私まで背負わされなければならないのか。
怒りを押し殺しながら、私は会議室を出た。
まずい。
このままでは、本当にまずい。
生徒の未来を、あんな二人の自分勝手な行動で潰すわけにはいかない。
——仕方がない。
あの二人が、夏から“秘密の逢瀬”を繰り返している、あの場所へ。
私は、踏み込む覚悟を決めた。
もう、後戻りはできなかった。
【その5】見てしまった。戻れない境界線
気持ちを鎮めろ。
冷静になれ。
事実だけを伝えればいい。
そう自分に言い聞かせながら、私は職員室のドアを開いた。
──笑っている。
BとCが、寄り添うように談笑していた。
肩が触れそうなほど、近い。
その光景を見た瞬間、頭の奥で、何かがプツンと切れた。
二人の間に立つと、Bがびくっと肩を震わせた。
そのすぐ後ろで、進路指導に長けたD先生が、険しい目をこちらに向けている。
「同じ大学に十人も推薦で出すの、おかしいと思わなかった?」
自然と、言葉はCに向かっていた。
年次も経験も、Bより明らかに上なのだから。
「推薦基準を満たしていない生徒を出しても、落ちるってわかるよね?」
しかし──
「その件で今、B先生と話し合っていたんです」
Cは、澄ました顔でそう言った。
さっきまで笑っていたくせに。
「じゃあ、明後日の会議に間に合うのね? 十人分の進路先、整理できると?」
念を押して、背を向けようとしたその瞬間だった。
「何言ってんだ。意味わかんねぇんだけど」
Cの声が、はっきり聞こえた。
振り返りかけた私の前に、D先生が慌てて割って入る。
「先生、先生! まあまあ……!」
そのときのCの表情も、Bの顔色も、私は一生、忘れない。
──なぜ、私がこんな言葉を浴びなければならないのか。
その夜、Bからメールが届いた。
「ごめんなさい。私もおかしいって言ったんです。でもC先生が“なんとかなる”って……」
何が、なんとかなる、だ。
私の助言を、どこに置いてきた?
怒りと失望で、ほとんど眠れなかった。
私は、悟った。
Bはもう、戻れないところまで来てしまったのだと。
生徒に罪はない。
だから私は、次の日、こう返信した。
「困ったときは、私よりもベテランのE先生かF先生に相談してね」
──もう、私を頼るな。
どれほど助言しても、届かない。
それが、痛いほどわかった。
***
一週間後のことだった。
気づけば、18時半を過ぎていた。
家で教材を作ろうと慌てて帰宅したが──
車を降りようとした瞬間、背中が冷えた。
教材一式、学校に置いてきてしまったのである。
娘に夕飯の指示だけ出し、再び車を走らせた。
往復一時間。
職員室に入ると──明かりがついている。
教頭。D先生。そして、BとC。
まだ仕事をしているのか……?
いや、違う。
近すぎる距離。囁くような声。そこだけ、空気の温度が違っていた。
見てしまった。
見てはいけないものを。
私は声をかけず、教材だけを掴み、職員室を出た。
出る瞬間、Bがこちらに気づき、私を目で追っているのがわかった。
***
翌日、廊下でD先生とすれ違った。
「昨日の帰り、まだ四人ともいたんですか?」
「だいたい毎日、20時過ぎまでいますよ。B先生とC先生、それと教頭先生が」
平然とした答えだった。
──Cの奥さんは、今日も夫の帰りを待っているのだろうか。
何も知らずに。
気づかないまま。
一番傷つくのは、いつだって、何も知らない誰かだ。
***
見られた恐怖から、逆に「味方にしてしまえば怖くない」というBの身勝手な防衛本能が働いたのだろうか。
この日を境に、Bからのメールは急激に増え始めたのである。
内容のほとんどが、仕事ではなく──Cのこと。
「どう思いますか」「これってまだ脈ありですよね」「C先生、今日こんなこと言ったんです」
それは、相談ではなかった。
執着だった。
私は、はっきり感じていた。
もう、止められない、異常だ、と。
※本連載は、学校現場での実体験に基づく物語です。登場人物の尊厳とプライバシーを守るため、設定の一部に改変を加えています。
※次回シーズン2
7月6日(月)20時公開
常識を超えた二人の姿。私の中で、守ってきた境界線が音を立てて崩れ落ちました。決定的な瞬間を綴っています。是非見届けて下さい。
※同じ職員室でも、また違う出来事の記録があります。もしよろしければ、こちらもご覧ください。