
教室からこぼれ落ちたもの (その1)教室にいられなかった理由
【あらすじ】
教師20年目、45歳で教壇を降りた私が、学校現場の”リアル”を静かに描く記録的フィクションです。「公正」に見える職員室にも、事なかれ主義や大人の都合が渦を巻いています。
ADHDの特性を持つ生徒と、静かに授業を受けたいと願っていた真面目な生徒。事の善悪を生徒ときちんと向き合って伝えなかったことが、大きな悲劇を招きました。真面目な生徒は教室を追われて別室登校になり、担任は最後まで向き合おうとせず、管理職もまた事なかれ主義で放置し続けます。特別支援教育コーディネーターとしてその過程を見続けた私が、静かに記しています。決して他人事ではない、見過ごされてきた現場の話です。
(その1)教室にいられなかった理由
昼休み、廊下の端で、声を殺すようにして泣いている生徒がいた。
優衣、という生徒だった。
「どうしたの?」
顔を上げられないまま、しばらく沈黙が続いた。
ようやく絞り出した言葉は、短かった。
「……授業が、受けられないんです」
その年、私は初めて担任を外れていた。
特別支援コーディネーターという役割を任され、全学年を横断しながら、問題が起きた教室に入る立場になっていた。
いわば、「外から関わる教師」だった。
話を聞くと、原因はすぐに見えた。
同じクラスに、落ち着きのない男子生徒がいる。
授業中に立ち歩き、大きな声を出し、教師の指示も通らない。
その影響で授業が何度も止まる。
集中しようとするたびに、遮られる。
優衣は担任の後藤先生に相談したという。
「注意してください」と。
だが、状況は変わらなかった。
「……もう、教室にいるのがつらいです」
その言葉だけが、胸に残った。
何が起きているのか、まだ見えていなかった。だが、嫌な予感がした。
※本連載は、学校現場での実体験に基づく物語です。登場する生徒の名前はすべて仮名であり、人物の尊厳とプライバシーを守るため、事実関係を損なわない範囲で設定の一部に改変を加えています。
※次回4月7日(火)16時公開
教室からこぼれ落ちたもの(その2)
授業を見に行くことにしました。
廊下から見えてきたのは、優衣の言葉が間違っていなかったという事実でした。
※同じ職員室を舞台にした、もう一つの記録があります。もしよろしければ、こちらもご覧ください。