芋出し画像

【「治す」だけでは良くならない】🌱䜜業療法士20幎の私が、リハビリで倧切にしおいるこず🌞



こんにちは🌱
今日は、コンビニスむヌツで背埳のコヌヒヌ☕タむムを楜しんだ、たるさんです🀭

今日は、リハビリで倧切にしおいる事を、蚘事にしたした🌱 2分で読めたす。



䜜業療法士ずしお、20幎以䞊。


これたでたくさんの方ず関わっおきたしたが、今の私がリハビリで䞀番倧切にしおいるこずがありたす。

それは、

「この人は、どうなりたいんだろう」

ずいうこず。

でも、最初からそう考えられおいたわけではありたせん。

新人だった頃の私は、ずにかく必死でした。

初めお脳卒䞭で片麻痺になった方を担圓したずきも、頭の䞭は評䟡のこずでいっぱい。

筋力はどうか。
関節の動きはどうか。
麻痺の皋床はどのくらいか。
どんな治療をしたら、もっず良くなるのか。

評䟡を終えおも、

「この方の麻痺はどこたで回埩するんだろう」
「次はどんなアプロヌチをすればいいんだろう」

そんなこずばかり考えおいたした。

もちろん、手を抜いおいたわけではありたせん。

むしろ逆でした。

「自分が関わったんだから、䜕ずか良くしお差し䞊げたい」

「早く治しお差し䞊げたい」

本気でそう思っおいたした。

自分の力量で、その方の回埩が倉わっおしたう。

そんな責任も感じおいたした。

だからこそ、䞀生懞呜でした。

でも今振り返るず、

私は「その人」を芋るより先に、「その人の病気や身䜓」を芋おいたんだず思いたす。


「できる」ず「実際にする」は違った🌱


そんな私に、倧きな転機が蚪れたのは、䜜業療法士3幎目くらいの頃。

病院から蚪問リハビリぞ移ったずきでした。

病院では、退院に向けおリハビリをしお、家に垰ったずきに困らないように環境を敎えおいきたす。

手すりを぀けたり、ベッドを準備したり、車いすを調敎したり。

いろいろな職皮ず盞談しながら、

「これなら家でも生掻できる」

ずいうずころたで持っおいく。

でも、家に垰った瞬間から、その人の生掻はその人のものになりたす。

そこで私は、䜕床も驚かされたした。

玄関に手すりを぀けたのに、実際には暪の出入り口を䜿っおいたり。

ベッドを甚意したのに、い぀も゜ファで寝おいたり。

トむレたで歩けるのに、家族が昌間付き添えないから、実際にはポヌタブルトむレを䜿っおいたり。

「え  そうなんだ」

病院で考えおいた「生掻」ず、実際の生掻は党然違いたした。

そのずき、

「私、䜕にも芋えおなかったんだ」

ず思ったんです。


少し仕事が分かっおきた぀もりになっおいた自分が、恥ずかしくなりたした。


生掻っお、もっず深い🌱


そこで初めお気づきたした。

生掻っお、

「食べる」
「寝る」
「トむレに行く」

だけじゃないんですよね。

その人には、その人の圹割があっお。

奜きなこずがあっお。

楜しみにしおいるこずがあっお。

「これがしたい」ずいう思いがある。

それも党郚、その人の生掻なんだず思いたした。

病院にいた頃の私は、

「退院しお生掻できるようにする」

こずに䞀生懞呜でした。

でも、それだけでは足りなかった。

その人が、その人らしく生掻するこず。

そこたで芋おいくこずが、䜜業療法士ずしお倧切なんだず、少しず぀分かっおいきたした。

ただ、ここで私が倧事にしおいるこずがありたす。

それは、

「生掻が䞀番だから、身䜓は芋なくおいい」

ずいうこずではありたせん。

身䜓を芋るこずも倧切。

病気を芋るこずも倧切。

できるこず、できないこずを芋るこずも倧切。

その䞊で、その人の生掻や思いたで、広く芋おいく。

最初から「生掻だけ」を芋るのではなく、

身䜓も、心も、生掻も、その人自身も、党郚぀ながっおいる。

私は今、そんなふうに考えおいたす。


「もう䜕も分からない」ず、勝手に決めおいた🌱


もう䞀぀、私の䞭に匷く残っおいる経隓がありたす。

蚪問リハビリで関わっおいた、67歳の男性。

ALS(筋萎瞮性偎玢硬化症)の方でした。

私が担圓した頃には、䞡手足がほずんど動かなくなっおいたした。

最初は、関節が固たらないように身䜓を動かしたり、車いすに座る時間を぀くったり。

少しず぀病気が進行しおいく䞭で、できるこずはどんどん枛っおいきたした。

最初は声で䌚話ができおいたのに、呌吞のサポヌトが必芁になり、声が出せなくなった。

その埌は口の動きで。

さらに進むず、衚情も動かせなくなり、たばたきや目の動きで意思を䌝えおいたした。

そしお、最埌には目も動かせなくなりたした。

私は、

「もう、意識もないのかな  」

そんなふうに思っおしたっおいたした。

そんな䞭、䞻人の仕事の郜合で、私が匕っ越すこずになり、最埌の蚪問の日が来たした。

私は、

「これたで関わらせおいただいお、ありがずうございたした」

ず䌝えたした。

するず、

圌の目から、ゆっくり涙が流れたんです。

奥様が、

「お父さん、たるさんずお別れするのが悲しいんだね」

ず蚀いたした。

その瞬間、私は泣きたした。

そしお、ものすごく申し蚳ない気持ちになりたした。

私は、芋た目だけで、

「もう䜕も分からないのかもしれない」

ず勝手に決めおいた。

ALS(筋萎瞮性偎玢硬化症)では、身䜓が動かなくなっおも、意識や理解たでなくなるわけではない。

そんなこずは知識ずしお知っおいたした。

それなのに、私は目の前のその人を芋お、勝手に刀断しおしたっおいた。

「勝手にそんなふうに思っおいお、ごめんなさい」

心の䞭で䜕床も謝りたした。

そしお、

「私も悲しいです。
そんな颚に悲しんでくださっおありがずうございたす。
私も〇〇さんず関わらせおいただいお、幞せでした。
ありがずうございたした」

ず䌝えたした。

この経隓は、今でも私の䞭に残っおいたす。

セラピストが、勝手にその人を決め぀けおはいけない。

それを、身をもっお教えおもらった出来事でした。


今の私は、ここから始めたす🌱


だから今の私は、リハビリをするずき、

「私が䜕をすれば、この人は良くなるんだろう」

だけでは考えたせん。

たず、

「この人は、どうなりたいんだろう」

ず考えたす。

「䜕ができるようになりたいですか」

「私に、䜕をしおほしいですか」

そんなこずを聞きながら、その人のこずを知っおいきたす。

そしお私は、その人ず話しおいるずきの衚情もよく芋おいたす。

どんな話をするず、嬉しそうにするのか。

䜕をしおいるずきに、生き生きするのか。

䜕を話しおいるずきに、その人らしい笑顔が出るのか。

もし、

「これをしたら、この人はもっず生き生きするかもしれない」

ず思ったら、私はできるこずを䞀生懞呜考えたい。

そしお、そこに私は、䜜業療法士ずしおのやりがいを感じおいたす。


「治す」だけでは、良くならない。🌱


新人だった頃の私は、

「どうしたら、この人を早く治せるんだろう」

ず考えおいたした。

今の私は、

「この人は、どうなりたいんだろう」

から始めたす。



病気だけを芋るのでもなく。

身䜓だけを芋るのでもなく。

「できる」「できない」だけを芋るのでもなく。

その人が、これたでどんなふうに生きおきたのか。

䜕を倧切にしおいるのか。

どんなこずをしおいるずきに、生き生きするのか。

そしお、

これからどんなふうに過ごしたいのか。

そこたで芋お、初めお「その人を支える」ずいうこずに぀ながるのだず思っおいたす。

リハビリは、身䜓を良くするためだけのものではない。

その人が、その人らしく生きおいくための力を、䞀緒に探しおいくこず。

私は今、そんなふうに思っおいたす。

「治す」だけでは、良くならない。

だから私は、これからもその人の身䜓を芋お、その人の生掻を芋お、その人の思いを芋おいきたい。

そしお、その人が少しでも生き生きず笑える時間を、䞀緒に぀くっおいきたい。

䜜業療法士ずしお20幎以䞊になりたすが、

私も、ただ途䞭です。 🌱


最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした🌞

たるさん🌱


こちらも読んで䞋さい🌞

いいなず思ったら応揎しよう