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戦闘員Aさんの義務は生き残ることです  第15話 「断章3:舞台に登る氷の女王」

    ワタシCV:早見沙織  私CV:能登麻美子 草壁CV:子安武人 の設定です。


    会議はつまらない。

    私はそんな場所にいたくない。

    そのために柳がいるのに。

    扉の先からは、この世の悪意を煮詰めたような気持ち悪い匂いが漏れ出ていた。
    私は、鼻を抑えて喉に込み上げる何かを抑え込んだ。

    こんな場所いたくない。
    でもワタシが私に”ここにいろ”と言う。
    そうしなければいけないんだと。

    スマホが鳴る。
    マネージャーからの連絡。
    今回の曲は発売初日でミリオン達成。
    配信でも1位。
    文字の羅列が目の中から滑るように消える。

    私は画面を暗転させる。
    その時だった、扉が開いたのは。

    私は深く深く内側へ落ちていく。
    体から感覚が抜け落ちる。
    視界から色がなくなる。
    代わりに輪郭だけがはっきり浮かび上がってくる。

    足が動き始める。
    決められた動き。
    求められる表情。

    ワタシは今ここにいた。

    頭を下げている鮫島に、片手で挨拶をしてワタシは会議室へ入る。

    ワタシは無様に腰を抜かしている、草壁に向かって挨拶をする。

    「ごきげんよう。草壁さん」

    面白い位に、表情が恐怖で固まっている。
    そんな顔をする位なら、最初から嘘をつかなければいいのに。
    ワタシはそのまま、歩を進める。

    その時、止まっていた会議室がざわめきだす。
    それはそうでしょうね。
    だって……。

    「なんで君のような企業の宣伝役でしかない、アイドルがこの場にいるんだね!?
     ここはそんなチャラチャラした場所じゃないんだよ」

    汚い声。
    汚い目。
    ワタシは今息を吐いたくだらない人間に向かって手を一振り。
    その風はその男の足を凍り付かせる。

    「なんだ!!
     これは!!」

    ワタシはその男を見た。

    「……口は災いの元ですよ。
     おじさま」

    男の顔は引き攣り、耐えられないかのように歪む。
     
    「ヒィッ!!
     化け物!?」

    懐かしい言葉。
    遠い昔にその言葉は置いてきたはずなのに、
    いつまでも私にしがみついてくる。
    ワタシの中で私が泣きじゃくっている。
    だから少しだけ、私のために言い返してあげる。

    「……私が化け物なら、あなたたちは何なのかしら?
     人間?
     ……ワタシには汚れ切ったゴミに見えるわ」

    ワタシはそれを視界から外して、柳が待つその場所へと向かう。

    「柳さん。下がっていいわ。あなたは十分役目を果たしました」

    ワタシがそう告げると、柳は一瞬ワタシの目の奥をのぞき込むような視線を向ける。

    「かしこまりました」

    柳は、表情一つ変えず、当然のように一歩下がってワタシの背後に控えた。 会議室に沈黙が降りる。

    ワタシはゆっくりと、柳が座っていた中央の席に腰を下ろす。
    椅子の温もりは、ワタシの肌に触れた途端、急速にその熱を奪われ――代わりに、凍てつくような冷たさを纏い始めた。

    ワタシは背もたれに深く体重を預け、目の前に並ぶ、滑稽なほど青ざめた顔ぶれを見渡す。

    足を組むとギシリと椅子がなる。
    会議室は呼吸を取り戻したかのようにまた動き出す。

    「一体どういうことだね」
    「柳さん。その小娘に弱みでも握られているの?」

    耳に入れたくもないその声は無視する。

    「柳さん。説明をおねがい」

    柳はいつものように執事然とした態度で頭を下げる。

    「はい。かしこまりましたクロエ・アンネローゼ様」

    「クロエ様はわが社。
     アステリア・ヴェール社(A・V社)の本当の責任者です。
     私はクロエ様の代わりに名前を置いているだけの、ただの召使にすぎません」

    会議室のざわめきは一層高まりを見せる。
    草壁の顔が、みるみるうちに歪んでいく。
    その様子が、どうしようもなく滑稽だった。

    「改めて……ごきげんよう、草壁謀成さん」

    ワタシは静かに微笑んだ。
    計算しつくされた笑顔は、自然と浮かんできていた。

    「相変わらずですね。安心しました。
     あの時と、何も変わっていなくて」

    草壁は引き攣った笑みを浮かべている。

    「く、クロエ様。再びお目にかかれて光栄です。
     私の名前を覚えていただいていたとは、恐れ入ります」

    震えた声には、どこにも真実が混ざっていない。

    そう……口を開けば、嘘。

    嘘。
    また嘘。

    美辞麗句びじれいく
    耳が……本当に、壊れてしまいそう。

    どこまでも空っぽ。
    それだけが私の世界を埋めている。

    ……私に届く透明な言葉はいつ消えたんだろう。

    「……えぇ。覚えているわ。

     あなたの、その顔も。

     ……そして──
     その口から出る言葉も」

    ワタシは仕事いつものように上目遣いで草壁を見つめる。

    「……ねぇ?」

    静かに見つめる。
    草壁の喉がわずかに動く。

    「どうして……そんなに正直になれないのかしら」

    どこまでも穏やかな声で話しかけた。

    「……ポケットに“あったもの”。
     素直に、出してもらえませんか?」

    草壁は明らかに動揺した様子で答える。

    「な、何をおっしゃっているのかわかりません。
    ほら、ポケットには何も入っておりません。きれいなものでしょう?
    綺麗好きなんですよ私は。
    ポケットにゴミ一つも入っていない」

    草壁はわざわざポケットを裏返して見せてくる。

    「……そう。
     本当に、綺麗ね」

    ワタシは、嘘がこびりついたそのポケットを 指先でなぞるように、そっと触れた。

    「ねぇ?草壁さん?」

    ワタシは彼の目をのぞき込むように見つめる。
    逃げないように、身体をそこに張り付けるかのように。

    「嘘って……匂いがするの」

    草壁の肩がびくりと跳ねた。

    「な、なにを……バカげたことを……」

    声が裏返っている。
    息も浅い。

    ワタシは、彼の頬をかすめるように顔を寄せた。
    花の香りを嗅ぐように── ゆっくりと、深く、息を吸い込む。

    「……ああ、やっぱり……。ひどい臭いね。
     ……まるで嘘の塊みたい」

    ワタシはせき込む。

    「な、なにを……」

    草壁は必死に自分の体の匂いを嗅いでいる。

    その姿があまりにもおかしくて、ワタシは笑ってしまう。

    「……草壁さん。あまり面白い事をなさらないでください……。
     息ができなくなってしまいます」

    ワタシは目元に浮かんだ微かな涙を拭うと、再び表情から一切の温度を消した。 会議室の空気が、さらに一際冷え込む。

    「な、なにを言ってるんだ。お、お前が変なことを言うからだ。
     私は何も悪くない」

    ワタシは顔を綻ばせる。

    「……いいわ。その顔の方がずっとあなたらしい。
     ……でも」

    ワタシはスッと彼に近づいて、その首元に手を掛ける。
    会議室の重苦しい静寂の中で、彼の荒い呼吸音だけが際立つ。
    周りの者たちは、あまりのことに声を出すことすら忘れている。

    「……人は嘘で塗り固められている。
     でも。
     ……嘘をつく時は選びませんか?」

    ワタシは彼の首元に掛けた指先に、ほんの少しだけ力を込める。
    それでも大して力は入っていない。
    ただワタシの指先はまるで氷のように冷え切っている。
    それを示すかのように、手から白い冷気が漏れ出ていた。

    草壁は顔を真っ青にして震えている。

    「草壁さん。
     ……嘘ってね、こんなに冷たいの」

    ワタシは、子供をあやすような声で話しかける。

    「……嘘はいけないことですか?」

    草壁は目をぎょろりと動かしながら答えた。

    「う、嘘はだめです。よ、よくないことだ……」

    「……えぇ。初めて意見があったようで、うれしいわ」

    ワタシは柔らかく笑う。

    「……でも。今のあなたはまだ嘘をついているのでは?
     嘘をいけないことだと言ってる人が嘘をついている」

    ワタシは口をとがらせる。

    「……ねぇ?草壁さん……。
     ワタシはどうしたらいいのかしら?」

    ワタシは小首をかしげ、まるで恋人に悩みを打ち明けるような、あまりに純粋な声音で問いかけた。
    ワタシの指先が触れている草壁の首元の皮膚は、すでに冷気で青白く変色し始めている。

    「……嘘をつく人は、罰を受けるべきよね?」

    ワタシは目の前のそれに問いかける。

    「ば、罰……?い、嫌だ。そんなことは許されるわけがない。
     ここにいる誰もが嘘をついている。
     なんで私だけ……。なんで私だけこんな目に……」

    目の前のそれは必死にワタシの手を剥がそうともがいている。
    爪が皮膚に食い込んでも、ワタシは手を離さなかった。

    「ねぇ。……草壁さん」

    ワタシはゆっくりと周囲を見渡した。
    視線が触れた者たちは、揃って体を震わせる。

    「そんな当たり前のこと言ってどうするんですか?」

    ワタシは目を丸くしてみせる。

    「ワタシ、さっき言いましたよね。
     人は嘘で塗り固められている……って」

    目の前の荒い呼吸音だけが響いている。

    「大事なのは──
     誰に嘘をついたか。
     どんな嘘をついたか。
     なぜ嘘をついたか、じゃないんですか?」

    ワタシは心底訳が分からないといった表情を、目の前のそれに向ける。

    「み、皆さん!!この女は狂っている。黙ってないで、
    は、早く私を助けろ!!」

    ワタシは笑ってしまう。

    「草壁さん?なりふり構わなくなっているあなたは、本当にあなたらしいわ」

    草壁は顔を真っ青にして目をせわしなく周りに向ける。
    誰一人として草壁に近寄ろうとしなかった。

    「……ねぇ。草壁さん……。ワタシにも時間があるの。
     遊びはやめましょう?
     あなたはさっきポケットを見せてくれたけど、ワタシはあるなんて言っていない。
     あったと言った。
     言葉遊びなんてやめましょう?」

    「わ、私が悪かった。だからお願いだ。
     助けてくれ。私を助けてくれ」

    目の前のそれは声を震わせて懇願している。
    口の端にできた泡は半分凍っていた。
    それでも、ワタシは手を離さなかった。

    「謝ってほしいわけじゃありません。
     ただ渡すべきものを渡せと言っているのです」

    ワタシは無表情のまま目の前のそれを見つめる。

    「渡します……。手に入れた幹部の生体組織は渡しますから。
     だから……早く手を……」

    ワタシは手を放した。
    体を持ち上げていたわけでもないのに、草壁はその場にドサリと膝をついた。

    「やっと……わかっていただけたんですね。
     人って、言葉で分かり合えるものなんです」

    ワタシは、これ以上ないほど可憐な笑顔を向けた。

    草壁は首をさすりながら、
    まるで足のない虫が這いずるように、
    床を爪で引っ掻いて後退していく。

    「どうしたんですか、草壁さん。
     ……そんな動きをしたら、せっかくの服が汚れてしまいますよ」

    ワタシはゆっくりと歩み寄り、手を差し出した。

    だが、その手は草壁の震える手によって弾かれた。

    「触るな!!
     この化け物め……!!」

    その瞬間、 ワタシの顔から表情がすっと消えた。

    「……そうですか」

    声は静かで、淡々としていた。 怒りも悲しみもない。 ただ、事実を確認するような声音。

    「あなたも……私を、そう呼ぶんですね……」

    ワタシは草壁に背を向け、扉へ向かって歩き始めた。

    いつの間にか扉の前に密集していた人々が、 まるで波が割れるように道を開ける。

    ワタシはその真ん中を、ただ静かに歩いた。

    そのとき──
    視界の端に、モニターの画面が映った。

    次の瞬間、
    モニターの表面がバキッと音を立てて凍りつく。

    「……いや!!」

    私は頭を抱えてしゃがみ込む。

    「なんでこの人が……なんでこの人がいるの……」

    見ることすら耐えがたい。
    私のこの世で一番嫌いな女が映っていた。

    暖かな笑みを浮かべ、
    倒れているどこか抜けた顔の戦闘員の頭を撫でている。

    「なんで……」

    胸の奥が、ひどく冷たくなる。

    「あなたが……幸せなんですか……?」

    私の周囲が、音を立てて凍りついていく。

    床も、壁も、空気すらも。

    「あなたが笑っていいはずがない……
     ねぇ……そうでしょう……」

    周囲から悲鳴が上がる。
    だが、何ひとつ耳に入ってこなかった。

    ただ、画面の中の“あの女”だけが、 私の世界をゆっくりと塗りつぶしていく。

    「……だめ…… こんなの……だめ……」

    私は自分の滑らかで傷一つもない手を見つめる。
    そして、画面の中の女の手を見つめる。

    「……ねぇ?
    なんであなただけが持っているの……?」

    声は白く細く立ち上る。

    「……ねぇ?なんで私は持っていないの……?」

    問いかけに答える者は誰もいなかった。

    目の前がぐるぐる回るように視界が回りだす。
    次第にその回転は激しさを増し、ピタリと止まる。
    静寂。
    私の顔に寸分の狂いもない笑顔が戻る。

    「全て……きれいに正しましょう。
     ……ねぇ?
     ……そうでしょう」

    私の視線は、画面の中──
    女の腕の中で眠るように倒れている戦闘員だけに向けられていた。

    「ミラ……ドラゴロード……」

    私は何事もなかったかのように会議室を出る。
    外にいた柳と鮫島が私に頭を下げる。

    「申し訳ない。私があの男を御せればよかったのですが……
     いかんせん、舌戦は苦手でしてな」

    鮫島は苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

    「気にしないでください。
     あなたにはあなたの役割がある。
     人間って、そういうものです」

    私は鮫島へと笑顔を向ける。

    私は笑えている。
    私はまだ、私のままでいられている。

    廊下を歩く足音が、カツ、カツ、と一定のリズムで響く。
    私はポケットの中で、手をあの女がしていたように、何かを包むかのように開いた。
    しかし、その手はどこかこわばっていた。

    「どうして──」
    空気は震えず、口だけが動く。

    言葉にならなかった残響が、胸の奥でカランカランと音を立てていた。
    いつもは、気持ちいいはずの音なのに、今はただこの胸を締め付けていた。

    「ねぇ……
     柳さん……」

    「はい。クロエ様」

    いつもの、世界で唯一私の鼓膜を傷つけない、落ち着いた声が返ってくる。

    「涙が出なくなったら、人は本当に人なのかしら」

    柳は歩調を緩めることも、私を盗み見ることもせず、ただ前方の闇を見据えたまま平然と答えた。

    「人は泣こうと思って泣くものではございません。
     クロエ様は今、涙が出る部分が凍り付いているだけではないでしょうか。
     私はいつか、クロエ様が涙を流せるような人物と出会えると思っています」

    私は張り付いた笑顔のまま、小さく吹きこぼれるように笑ってみせた。

    「面白いことを言うのね、柳。こんなことを言うあなたは、初めてかもしれないわ」

    柳は私に一瞬だけ柔らかな笑みを向け、すぐにまた、私の進むべき前方を向く。

    「そうなのかもしれません。
     ですが、最も近くであなたを見ていた私だからこそ、分かることもあるのです。
     ──クロエ様。最初の質問に機械的に答えるとするなら、その人間はもう、確かに壊れているのかもしれません」

    言葉は出なかった。
    唇には、完璧に計算された営業用の笑顔だけが凍りついている。

    「ですが、クロエ様はまだ壊れていない。
     ただ一時的に止まっているだけなのです。
     もし──クロエ様が涙を流すときが来たら、その時こそ私の役目は本当の意味で、終わるのでしょう」

    私は凍り付いた喉から、声を絞り出す様にして話した。

    「……柳。今日のスケジュールは?」
    「次は、件のイベントの打ち合わせです。クロエ様」

    私は真っ直ぐに前方を見つめる。
    視界の隅には、まだ画面の中で幸せそうに笑う“あの女”の残像がこびりついている。

    「そう。……行きましょう。──全てを正しに」

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    小説メインの創作アカです。 観察し、分解し、再構築する。 その構造に触れたときに、あなたの心に静かなざわめきが起きるような作品を置いていけたらと思います。

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