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戦闘員Aさんの義務は生き残ることです 第14話  「断章2:机上の理と理の外の理。CEO会議」

    会議室の空気は二分されていた。
    私を擁護して情報を得たい奴と、感情に任せて私を陥れたい奴。

    ……ふふ。本来なら、後者のマヌケ面を盛大に笑ってやりたいところだがね。
    意外なことに、今回は君たちが正しいのだよ。

    ただ──「正しさ」を自覚できないまま、感情に任せて踊る道化は、真っ先に的にされるのが世の常だ。

    「妥当なラインじゃないかしら?メリットも提示してくれているし。
     ……驚いただけで、私達に実害はなかったわけだしね」

    「何を言ってんだ?株価が下がっただろう?それは全部あいつの責任だ」

    「悪影響? 初日の数時間だけだろう?
     市場はとっくにこの事態を『織り込み済み』だ。
    それとも、お前の会社だけまだ右往左往してるのかしら? それは残念ながら、お前のところのIR(投資家向け広報)が間抜けなだけじゃないのか?」

    ああ、素晴らしい。
    実に面白いほど、勝手に動いてくれるじゃないか。
    これこそが──道化の役割として、最もふさわしい。

    「それより!!
     こいつはいつも何か面倒ごとを起こして、最終的には自分だけ儲けるようにするんだよ。
     せっかくの機会だから、お灸をすえた方がいいだろう!!」

    声を荒らげた男を、私は冷ややかに見つめる。
    非常に感情的だ。
    会議室の力学というものを、これっぽっちも理解していない。
    愚か者め……。この場で、感情より優先されるものが何であるかさえ分かっていないのか。

    「過去のことをわざわざ掘り出して、大事な情報をドブに捨てる気かしら?」

    私の代わりに、擁護派の女が冷酷な正論を突きつける。

    「情報は金になるかもしれない。
     でもね、あんたの個人的な感情なんて、1円の価値にもならないのよ。
     ──だから、あんたの会社はいつまでもそんな中途半端な位置にいるんじゃないかしら?」

    「なんだと!?
     俺を馬鹿にするのか!?」

    男は机を叩いて体を乗り出している。
    実に愚かだ。
    しかし、彼らが愚かでいてくれる限り、私の舞台は安全なままだ。
    良い声で鳴いてくれたまえ……道化。

    「ハッキリと言わないとわからない人なのかしら?
     わざわざ、これでも遠回しに言ってあげてるのに」

     女はフッと冷笑を漏らした。

    ドンッ!!
    凄まじい衝撃に、会議室の大型テーブルが一瞬跳ねたかのように揺れる。

    「くだらん言い争いはやめにしろ」

    鮫島がチタン合金の拳を机に沈めたまま、冷徹な声を響かせた。

    「情報はどの程度の価値かわからんし、こいつがわざわざ開示する代物だ、大した期待はできん。
     しかし──そこの愚か者のように感情的に裁いたところで、我が社に大した実利は戻らん。
     それとも何だ? ここで前例のない重罰でも与えるか?
     そうすれば次に誰かが些細な失策を犯した時にも、同じ重罰の連鎖に縛られることになるがな」
     
     鮫島はそう言って、値踏みするような視線で会議室をゆっくりと見渡した。

    ……チッ。
    せっかく面白いように事が進んでいたというのに。
    いつもいつも、この男だけは私の邪魔ばかりする。
    私は表面上、悲哀に満ちた冷静な顔を取り繕ったまま、背中の後ろで組んでいる拳をギュッと握りしめた。

    「無駄な意見があるやつはいるか?
     私はさっさとこいつに情報を提出させて、終わりにしたいんだが」

    会議室は、水を打ったように静まり返っていた。
    鮫島の放つ圧倒的な威圧感に、反対する者は誰一人としていない。

    「そういうことだ。
     ──さっさと話せ」

    鮫島は、チタン骨格の組み込まれた無機質な顎で、こちらを傲慢に促してくる。

    ……ふん、脳まで機械化されているわけではあるまいに。
    私は悲哀の仮面の裏側で冷笑を浮かべ、あえてネットリとした声で切り返した。

    「鮫島さんは、何か勘違いをされているようですね。
     この私が、皆様にわざわざ無駄な情報などを提供するとでも──」

    ドンッ!!
    鼓膜を震わせる金属質の衝撃音が響き、鮫島のサイボーグ化した右腕が、再び大型テーブルを叩き割らんばかりに打ち据えた。
    生身の人間なら骨折は免れないであろう質量。テーブルの表面には、微かに歪んだ拳の痕跡すら刻まれている。

    「無駄口はいい。早くしろ」

    彼に残された、数少ない人間の部分である「目」が、私をまっすぐに射抜いていた。
    私は恐怖で震えそうになる喉を抑えるように、そっと唾を飲み込む。

    ……まあいいさ、鮫島くん。
    この情報さえ撒いてしまえば、どちらにせよこちらの勝利は確定するのだ。 そうやって脳筋らしく、偉そうにしていられるのも今のうちだよ……。

    私はすっと、壁面に埋め込まれた大型モニターへと手を向けた。

    「──では、こちらを見ていただきたい」

    リモコンを操作すると、暗転していた画面に、三日前の事件当日の日付がデカデカと映し出される。

    「これは我が社が契約しているカメラマンが、事件当日に『偶然』捉えた映像です」

    再生ボタンが押され、会議室の照明が自動的に落とされる。

    誰もがディスプレイの光に照らされ、食い入るように画面を見守る中──。

    ただ一人、鮫島だけは椅子の背もたれに深く身体を預けたまま、微動だにせず座っていた。
    その人工の双眸だけが、暗闇の中で妖しく明滅している。

    ……フフ、いつまでそうやって余裕ぶっていられるかな?
    私は画面に「それ」が表示される瞬間を、今か今かと待ち望む。
    傲慢なこの男の鉄面皮が、驚愕と絶望でぶち壊れる瞬間を、私はどうしても見たいのだよ。

    画面が映し出しているのは、憎き敵ミラ・ドラゴロードがまだ煙が残る戦場で、横たわる末端の下級戦闘員へと駆け寄るところだった。

    ミラはその男の傍らに膝を突くと、信じられないことに、美しい瞳から涙を流した。
    そして──自身の竜の腕を躊躇なく切り裂き、溢れ出る自らの血を、冷たくなっている戦闘員の口へと押し当てたのだ。

    それだけで。ただそれだけの行動で、確実に死んでいたはずの戦闘員の肉体は、みるみるうちに生前の瑞々しい姿へと再生していく。

    それを見て安堵の表情を浮かべ、愛おしそうにその頭を撫でるミラの姿──。
    そこで、映像はピタリと静止した。

    静寂に包まれた会議室を見渡し、私は哀れみを誘うような笑みを浮かべる。

    「皆さんもご存じの通り、竜の血には蘇生力が備わっている。
     ──ふふ、そんな周知の事実、今さら説明するまでもありませんね? では、本当に重要なのは何か」

    私は画面に映る、ミラに抱きしめられた男を細い指で指し示した。

    「重要なのは、ミラ・ドラゴロードにとっての、この男の『価値』ですよ。
    ……あの無敵の怪物と正面切って戦えば、今回の我が社のように、あっけなく蹂躙されてしまうことでしょう。
     それは同じヒーローという武器を抱える皆さまでも同じだ」

    私はあえてチラリと鮫島に視線を送り、それから声を一段と低く、甘く響かせる。

    「しかし──この末端の戦闘員ひとりを掠め取ることくらいなら。
    ……我々の力をもってすれば、極めて容易(イージー)な仕事だとは思いませんか?」

    会議室の全員が、ゴクリと息を飲んだ。
    ──当然だ。だが、もちろん本当に『大事な部分』はすべて伏せてあるがね。 我が社の精鋭部隊がなぜ壊滅したか。

    ……この男に手を出したことで、あの絶望的な怪物の逆鱗に触れたからに他ならない。
    さあ、次は皆様が、あの地獄の特等席へと招待される番ですよ……?

    私は胸の奥底で、狂おしいほどの高笑いを響かせる。

    「もちろん、捕まえた後にどう料理するのかは、各社の皆様の高度な経営判断にお任せいたしますが。
     ……ふふ、いかがです? 少なくとも、我が社の『3ヶ月の謹慎』と引き換えるに足る、非常に有益な情報だったでしょう?」

    私はそう締めくくり、鮫島へとねっとりとした挑発的な視線を向けた。
    どうだね、軍事のプロフェッショナル。
    これでも私の情報を、まだ『無駄口』と吐き捨てるかね?

    しかし、鮫島の反応は予測していた、どの反応とも異なるもので、私は完全に毒気を抜かれた。

    「それで、今のがすべてか?」

    鮫島は大型テーブルに両肘をつき、組んだ手の甲に顎を乗せたまま、人工の片目を細めてこちらを凝視してくる。
    ……こいつ、一体何を考えている?
    何を知っているのだ?
    こいつは、どこまで我が社の『真実』に気づいている……!?

    私の背中に、ドッと冷たい汗が流れ落ちる。
    だが、ここで仮面を剥がされるわけにはいかない。私は喉の震えを必死に抑え、平然を装って言い返した。

    「すべてです。──これでは、まだ足りないとでも?」

    鮫島は私の返答を聞くと、これ以上ないほど深い、大きなため息をついて席を立ち上がった。

    出口の扉へと歩いていく背中は、まるで判決を下し終えた処刑人のように、圧倒的な重厚さを纏っている。
    カツン、カツンと響く足音が、私の心臓を直に踏みつけていくようだ。

    鮫島が扉のノブに手を掛け、重い金属扉を開けた瞬間。 彼は一度だけ、冷徹な人間の「目」でこちらを振り返った。

    「──貴様が選んだ答えだ。私は知らんぞ」

    鮫島は会議室の扉を引くように開け、頭を下げる。
    瞬間、肌を刺すような、とてつもない「冷気」がドッと室内に流れ込んできた。

    私は、自分の全身がガタガタと拒絶するように震え出すのを感じる。
    寒いからではない。断じて、気温のせいなどではない。
    私は……知っている。この、魂までを凍りつかせる最悪の冷気を。

    心臓が早鐘を打つ。
    あの女だ。
    なぜ、今ここに!?

    どうしてだ?
    全ては完璧なはずだった!!
    3ヶ月の謹慎を得て、有象無象にあの男を襲わせ、私は安全圏から見物する、その完璧な計画の、一体どこから歯車が狂ったというのだ……!
    わからない。脳の処理が追いつかない。


    しかし、私の混乱など置き去りにしたまま、無慈悲な時は進んでいく。
    まるで私の人生の残り時間を冷酷に告げる秒針の音色のように、カツ、カツ、と、気高くも恐ろしい靴音が会議室の床に鳴り響き、彼女が足を踏み入れてくる。

    私は、ゆっくりと顔を上げ──この世の者とは思えないほど、残酷に美しいその女へと視線を向けた。

    あまりにも美しく、あまりにも絶対的に冷たいその瞳。
    射抜かれた瞬間、私の身体の芯までが、完全に凍り付いていくような錯覚に囚われる。

    ……ああ終わりだ、全てが終わりだ。

    私は仮面も、プライドもすべて失った人形のように力なくそのまま地面にへたり込んでしまう。

    「クロエ……アンネローゼ……」

    私の口が勝手に、その名前をつぶやいた。
    二度と口にしたくないその名前を。

    目の前の女は口元をわずかに歪める。
    憐みなのか?
    ただの嗜虐か?
    いやこの女の前では、どんなものも無意味だ。

    「ごきげんよう。草壁さん」

    絶望が口を開いた。

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    小説メインの創作アカです。 観察し、分解し、再構築する。 その構造に触れたときに、あなたの心に静かなざわめきが起きるような作品を置いていけたらと思います。

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