
相対論的因果律を破る実在論:ボームパイロット波理論とネルソン確率力学理論
前世紀には、有名なボーアとアインシュタインの論争のように、量子力学の捉え方で大きな混乱がありました。アインシュタインは実在論と決定論の2つを自分の信念としており、一方でボーアは非実在論、非決定論を量子力学の中に見出していました。その後、局所実在性が要求するベル不等式の破れが実験的に示されたため、量子力学は決定論的な実在論ではなく、非決定論で非実在論としての情報理論であるという理解が整備されてきたのです。
このような昔の実在論と非実在論の間の混乱の中で、少数の人々に注目され続けてきた理論がいくつかあります。たとえばボームやドブロイが考えた「パイロット波理論」や、ネルソンという人が提出した「確率力学」も、その例です。
この2つの理論はどちらも、粒子の位置などを古典力学的な実在として堅持する思想から作られています。古典的な粒子軌道は実在するけれど、謎の雑音に翻弄されて、その軌道の予言ができないとするのです。そのようなセットアップからシュレディンガー方程式を導いて、量子力学のボーア的な非実在論的解釈を退けようすることを目的としたものでした。これら理論の概略は、以下の広江さんのノート記事も参考になるとおもいます。
これらの理論は非相対論的な1粒子系で定式化されたものですが、広江さんのノートでも少しだけ触れられているように、相対論的拡張をするときには根本的な問題を起こします。1体系から2体系に拡張して、その合成系に対するベル不等式を考えるときに、それは見えてきます。まず局所実在性を認めてしまうと、ボーム理論もネルソン理論も、ベル不等式の破れの実証で完全に否定されます。それを避けるためには、「非局所的実在論」として生き延びさせるしかありません。でも、その実在論は、観測者の意思決定が遠い場所にある他の粒子の状態を瞬時に変える必要がある「陰謀論」的な構造を持ってしまうのです。そのため、多くの研究者は、現在シリアスにボーム理論やネルソン理論を考えていません。この非局所的実在論の不自然さについては、下記の記事をご覧ください。
この記事にもあるように、異なる場所にある2つ粒子が局所実在だとすると、ベル不等式が成り立ってしまって、実際の実験とは合いません。これを避けるために超光速の影響を導入するわけです。たとえば図1のように、ある慣性座標系で、因果的に結ばれない2つの時空領域で、量子もつれ状態にある2つの粒子AとBを持った、2人の観測者が居るとします。

粒子Aを持っている観測者が、最初にどの方向のスピン成分を測るかを決定すると、その意志決定の影響が粒子Bへ瞬間に伝わり、実在としての粒子の古典力学的な状態を変えてしまうのです。ただ、この超光速は、飽くまでベル不等式を古典力学的破る場合にだけ現れて、他の相対論的実験では超光速の影響は出ないという仮定も、ご都合主義的に導入されます。
しかしこれだと、図2のように異なる慣性座標系では説明に困ります。

粒子Aを測る観測者の意思決定をした時刻は、もう一人の観測者が粒子Bを測定する時刻の後になるからです。図1では粒子Aを持つ観測者の意思決定が、未来の粒子Bに影響を与えるという因果の順序で説明されていたのですが、図2では、それができません。未来の影響が過去の粒子Bに出てしまうので、因果律が根本から破れてしまうのです。
ボーム理論やネルソン理論は、光速度cを無限大に近似する、非相対論的な状況において、数値計算の役に立つ場面はあります。しかし、それは飽くまで非相対論的な状況に限定された場合にだけ、正当化される話であり、相対論的な状況に拡張すると、すぐに破綻してしまうのが「非局所的実在論」という理論なのです。実証科学においては、既に多くの実験で検証されている、ベル不等式の破れと相対論的な因果律を、簡単に放棄することはできません。その意味で非局所的実在論は、現代における基本理論になり得ないのです。