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ボーム解釈

    EMAN

    「ボーム解釈」とは、量子力学のシュレーディンガー方程式を、古典力学に従って運動する粒子のイメージで再解釈を行おうという試みです。1952年にデヴィッド・ボームにより提案されました。解釈問題を論じた書物の中でたびたび言及されますが、その内容についてはその場ではほとんど解説がなく、それぞれで調べなくてはならないような状況になっていますので、ここで分かりやすくまとめておくことにしました。


    マーデルング変換

    まず、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式を用意します。

    iℏ∂∂tψ(x,t) = −ℏ22m∇2ψ(x,t) + V(x)ψ(x,t)(1)i\hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi(x,t) \ =\ -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 \psi(\boldsymbol{x},t) \ +\ V(\boldsymbol{x}) \psi(\boldsymbol{x},t) \tag{1}

    これは初級の教科書にも出てくるものですが、非相対論的な1粒子の振る舞いを表す方程式です。波動関数ψ(x,t) \psi(\boldsymbol{x}, t) は複素数ですから、それを極形式で表すことができます。絶対値を表す実関数R(x,t) R(\boldsymbol{x}, t) と位相を表す実関数S(x,t) S(\boldsymbol{x}, t) とを導入すれば次のように表すことが出来ます。

    ψ(x,t) = R(x,t) eiS(x,t)/ℏ(2)\psi(\boldsymbol{x}, t) \ =\ R(\boldsymbol{x}, t) \, e^{i S(\boldsymbol{x}, t)/\hbar} \tag{2}

    このように波動関数を表し直すことを「マーデルング変換」と呼びます。
    (2) 式を (1) 式に代入したいのですが、∇2ψ \nabla^2 \psi の計算が面倒なので、まずはこれだけを先にやっておくことにしましょう。

    ∇2ψ amp;= ∇⋅((∇R) eiS/ℏ + RiℏeiS/ℏ(∇S))amp;= [(∇2R) eiS/ℏ + (∇R)⋅iℏeiS/ℏ∇S]amp;+ [(∇R)⋅iℏeiS/ℏ(∇S) + R(iℏ)2eiS/ℏ(∇S)2amp;+ RiℏeiS/ℏ(∇2S)]amp;= [∇2R + 2iℏ∇R⋅∇S − 1ℏ2R(∇S)2 + iℏR ∇2S] eiS/ℏ\begin{aligned} \nabla^2 \psi \ &=\ \nabla \cdot \left( (\nabla R) \, e^{i S/\hbar} \ +\ R \frac{i}{\hbar} e^{i S/\hbar} (\nabla S) \right) \\[5pt] &=\ \bigg[ (\nabla^2 R) \, e^{i S/\hbar} \ +\ (\nabla R) \cdot \frac{i}{\hbar} e^{i S/\hbar} \nabla S \bigg] \\ &\hspace{10mm} +\ \bigg[ (\nabla R) \cdot \frac{i}{\hbar} e^{i S/\hbar} (\nabla S) \ +\ R \left( \frac{i}{\hbar} \right)^2 e^{i S/\hbar}(\nabla S)^2 \\ &\hspace{10mm} +\ R \frac{i}{\hbar} e^{i S/\hbar} (\nabla^2 S) \bigg] \\[5pt] &=\ \bigg[ \nabla^2 R \ +\ 2 \frac{i}{\hbar} \nabla R \cdot \nabla S \ -\ \frac{1}{\hbar^2} R (\nabla S)^2 \ +\ \frac{i}{\hbar} R \, \nabla^2 S \bigg] \, e^{i S/\hbar} \end{aligned}

    (2) 式を (1) 式に代入して、今の結果も使うと、次のようになります。

    iℏamp;(∂R∂t eiS/ℏ+Riℏ ∂S∂teiS/ℏ)amp;= −ℏ22m[∇2R + 2iℏ∇R⋅∇S − 1ℏ2R(∇S)2 + iℏR ∇2S] eiS/ℏamp;+ V R eiS/ℏ\begin{aligned} i\hbar &\left( \frac{\partial R}{\partial t} \, e^{i S/\hbar} + R \frac{i}{\hbar} \, \frac{ \partial S}{\partial t} e^{i S/\hbar} \right) \\ &=\ -\frac{\hbar^2}{2m} \bigg[ \nabla^2 R \ +\ 2 \frac{i}{\hbar} \nabla R \cdot \nabla S \ -\ \frac{1}{\hbar^2} R (\nabla S)^2 \ +\ \frac{i}{\hbar} R \, \nabla^2 S \bigg] \, e^{i S/\hbar} \\ &\hspace{20mm}+\ V \, R \, e^{i S/\hbar} \end{aligned}

    全ての項にeiS/ℏ e^{i S/\hbar} が残るので全体を割って消してしまうことが出来ます。もう少し整理してみます。

    amp;iℏ∂R∂t − R ∂S∂tamp;= −ℏ22m∇2R − iℏm∇R⋅∇S + 12mR(∇S)2amp;− iℏ2mR ∇2S + V R\begin{aligned} &i\hbar \frac{\partial R}{\partial t} \ -\ R \, \frac{ \partial S}{\partial t} \\ &=\ -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 R \ -\ i \frac{\hbar}{m} \nabla R \cdot \nabla S \ +\ \frac{1}{2m} R (\nabla S)^2 \\ &\hspace{20mm}-\ i \frac{\hbar}{2m} R \, \nabla^2 S \ +\ V \, R \end{aligned}

    この両辺は実部は実部で、虚部は虚部でそれぞれ成り立っているはずです。分けて書いてみましょう。

    【実部】amp;  −R ∂S∂t = −ℏ22m∇2R + 12mR(∇S)2 + V R【虚部】amp;   iℏ∂R∂t = − iℏm∇R⋅∇S − iℏ2mR ∇2S\begin{aligned} \text{【実部】}&\ \ - R \, \frac{ \partial S}{\partial t} \ =\ -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 R \ +\ \frac{1}{2m} R (\nabla S)^2 \ +\ V \, R \\[5pt] \text{【虚部】}&\ \ \ i\hbar \frac{\partial R}{\partial t} \ =\ -\ i \frac{\hbar}{m} \nabla R \cdot \nabla S \ -\ i \frac{\hbar}{2m} R \, \nabla^2 S \end{aligned}


    確率の流れの保存則

    虚部の式の方から見ていきましょう。どの項にもiℏ i\hbar が含まれているので、割ってやれば消えてしまってシンプルになります。

    ∂R∂t amp;= − 1m∇R⋅∇S − 12mR ∇2S∴ 2R ∂R∂t amp;= − 1m(2R ∇R⋅∇S + R2 ∇2S)∴ ∂R2∂t amp;= − 1m∇⋅(R2∇S)\begin{aligned} \frac{\partial R}{\partial t} \ &=\ -\ \frac{1}{m} \nabla R \cdot \nabla S \ -\ \frac{1}{2m} R \, \nabla^2 S \\[5pt] \therefore\ 2R \, \frac{\partial R}{\partial t} \ &=\ -\ \frac{1}{m} \left( 2R \, \nabla R \cdot \nabla S \ +\ R^2 \, \nabla^2 S \right) \\[5pt] \therefore\ \frac{\partial R^2}{\partial t} \ &=\ -\ \frac{1}{m} \nabla \cdot ( R^2 \nabla S) \end{aligned}

    この式は、ρ:=R2 \rho := R^2 とv:=∇S/m \boldsymbol{v} := \nabla S/m とで書き換えれば流れの保存則の形になります。

    ∂ρ∂t = −∇⋅(ρv)\frac{\partial \rho}{\partial t} \ =\ - \nabla \cdot (\rho \boldsymbol{v})

    波動関数ψ \psi の絶対値の 2 乗はR2 R^2 で、それは確率密度を表していましたからそれをρ \rho で表すことは妥当でしょう。この式は確率の保存則を表していることになります。v \boldsymbol{v} は確率の流れの速度を表していることになりますが、なぜそれがS S を使って表せるのかはこの時点では分かりません。ただそのように解釈できそうだということだけです。


    ハミルトン・ヤコビ方程式

    次に実部の式を見てみましょう。全体をR R で割ってみると簡単になりそうです。

    −∂S∂t = −ℏ22m1R∇2R + 12m(∇S)2 + V-\frac{ \partial S}{\partial t} \ =\ -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{1}{R} \nabla^2 R \ +\ \frac{1}{2m} (\nabla S)^2 \ +\ V

    この右辺第 1 項を「量子ポテンシャル」と呼ぶことにして、Q Q という記号で表します。

    Q := −ℏ22m∇2RRQ \ :=\ -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{\nabla^2 R}{R}

    式を整理すると次のようになるでしょう。

    ∂S∂t + (∇S)22m + V + Q = 0\frac{ \partial S}{\partial t} \ +\ \frac{(\nabla S)^2}{2m} \ +\ V \ +\ Q \ =\ 0

    先ほどはv:=∇S/m \boldsymbol{v} := \nabla S/m という書き換えをしましたが、この両辺にm m を掛ければmv=∇S m \boldsymbol{v} = \nabla S となりますし、運動量p \boldsymbol{p} はmv m\boldsymbol{v} ですから、p=∇S \boldsymbol{p} = \nabla S と言えるのではないかという気がします。この書き換えを左辺第 2 項にだけ使えば次のようになります。

    ∂S∂t + p22m + V + Q = 0\frac{ \partial S}{\partial t} \ +\ \frac{\boldsymbol{p}^2}{2m} \ +\ V \ +\ Q \ =\ 0

    左辺第 2 項は運動エネルギーの形をしています。量子ポテンシャルQ Q もポテンシャルの一種として認めてしまえば、左辺の第 2 項以降は全エネルギーを表していることになり、ハミルトニアンH(q,p) H(\boldsymbol{q},\boldsymbol{p}) としてまとめられます。

    ∂S∂t + H(q,p) = 0\frac{ \partial S}{\partial t} \ +\ H(\boldsymbol{q},\boldsymbol{p}) \ =\ 0

    この形はハミルトン・ヤコビの方程式そのものです。実際、解析力学ではS S が正準変換の母関数で、pi=∂S/∂qi p_i = \partial S/\partial q_i という関係があることが言えていますから、p=∇S \boldsymbol{p} = \nabla S と解釈したこととも整合しています。このあたりは解析力学の方で説明されていますから、量子力学的な見地から付け加えるような話もありません。


    量子ポテンシャル

    以上のような理屈から、ボーム解釈では粒子の量子力学的な振る舞いを、ニュートン力学に従って動く粒子のイメージで説明できます。粒子の位置は常に確定しており、連続的な軌道を描きます。ニュートン力学との違いは、通常のポテンシャルV V の他に、量子ポテンシャルと呼ばれるポテンシャルQ Q からも力を受けていると考える点だけです。

    量子ポテンシャルの定義にはℏ2 \hbar^2 が含まれるため、多くの場合においてポテンシャルV V に比べて非常に影響が小さくなっています。そのためにマクロの世界ではほとんど無視されていると考えることができます。同一の初期条件から始めたように思っていても、粒子の初期位置は正確には分かりませんし、コントロールも出来ないので、そのごく僅かな違いによって行き先が大きく変わることによって結果がばらつくと考えます。

    二重スリットのような状況では粒子は毎回どちらか一方のスリットだけを通りますし、確定した軌道上を連続的に移動しながら通過すると考えます。微妙な初期位置の違いによって、粒子のたどり着きやすいところとそうでないところが作られ、多数の粒子についての結果を集計すれば干渉縞として観察されるという説明になります。

    このように非常に素朴な古典力学的なイメージで理解できるので、実はこれこそが真実の姿なのではないかと思いたくもなるでしょう。しかし量子ポテンシャルの正体についてはうまく説明できません。粒子の存在確率が全空間で決まり、そこから力を受けるという理論構造になっています。この存在確率は固定されたものではなく、時々刻々と変化します。通常のポテンシャルV V とは違って外部の条件として勝手に決めることもできません。この理論はもともとのシュレーディンガー方程式と等価ですので結局はそれを解いて求めるのと同じです。

    古典力学に信頼を起きすぎだということも言えるかと思います。粒子の動きが慣れ親しんだ古典力学に従っていてくれれば確かに安心感はあります。しかしどこまでも古典力学が成り立つと信じるのも無邪気が過ぎますし、実際、このままでは相対論的な拡張にも対応できません。

    さらに、2粒子以上を考えると面倒なことになります。量子ポテンシャルは複数粒子の座標の関数として表されます。あるひとつの粒子が受ける力は他の全ての粒子の現在位置を代入した量子ポテンシャルによって決まるという形になってしまいます。量子ポテンシャルを介して即座に他の粒子の運動にも影響を与えているかのような形になり、相対論的な因果律の問題も避けられなくなってきます。


    先導方程式

    ボーム解釈を調べていると先導方程式というものが出てきますが、ここまでに話したことと完全に等価です。先ほど、粒子の速度がv=∇S/m \boldsymbol{v} = \nabla S/m で決まると書きましたが、それが先導方程式で、これを波動関数ψ \psi を使う形で表し直したものが良く紹介されています。

    ∇S \nabla S という形がほしいのですから、まずはψ \psi にナブラを作用させると良いでしょう。次のようになります。

    ∇ψ = (∇R) eiS/ℏ + RiℏeiS/ℏ(∇S)\nabla \psi \ =\ (\nabla R) \, e^{i S/\hbar} \ +\ R \frac{i}{\hbar} e^{i S/\hbar} (\nabla S)

    この両辺をψ \psi で割れば余計な部分が色々と消えてくれます。

    ∇ψψ = ∇RR + iℏ∇S\frac{\nabla \psi}{\psi} \ =\ \frac{\nabla R}{R} \ +\ \frac{i}{\hbar} \nabla S

    ほしいのは∇S \nabla S だけですから、この虚部だけを選び、ℏ \hbar を掛ければ∇S \nabla S だけが残ります。

    ℏ Im(∇ψψ) = ∇S\hbar \, \mathrm{Im} \left( \frac{\nabla \psi}{\psi} \right) \ =\ \nabla S

    よって、次の式が成り立ちます。

    v = ℏmIm(∇ψψ)\boldsymbol{v} \ =\ \frac{\hbar}{m} \mathrm{Im} \left( \frac{\nabla \psi}{\psi} \right)

    このように書けば、シュレーディンガー方程式によって決まるψ \psi によって、なぜか時々刻々の粒子の速度が決まるという見方ができるようになります。波動関数は粒子を先導する場であるという解釈です。水先案内をする波ということで、パイロット波と呼びます。こうなると、せっかくシンプルな力学的なイメージを用意した利点も失われたように見えてしまいます。結局はシュレーディンガー方程式を解かなくてはならず、それが粒子の速度を決める機構は謎のまま残るからです。

     
     
     

    EMAN

     
     
    物理学解説ウェブサイト「EMANの物理学」の主

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