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第161話 「アクマゲーム3」

    薄暗い会議室。
    窓はない。時計もない。あるのは、長机と椅子が二脚、そして机の中央に置かれた、明らかに禍々しい一本の鍵だけだった。

    それは金属製で、黒く、やたら重そうで、そして——どう見てもビジネスの現場に存在してはいけない造形をしている。

    初は、その鍵から目を離さずに言った。
    初「…照朝。まさかとは思うが、これ」
    照朝「言うな。俺も今、全力で“見なかったこと”にしようとしてる」
    初「会議室予約したら、悪魔のカギが置いてある確率って、どれくらいだと思う?」
    照朝「ゼロであってほしい人生だった」
    鍵が、カチ、と音を立てた。

    次の瞬間、空気が歪み、天井付近から黒い影が滲み出る。
    スーツ姿で、角があって、笑顔がやけに営業用。
    悪魔「ようこそ。ビジネス・アクマゲームへ」
    照朝「来たよ。来ちゃったよ。最悪の文脈で」
    初「ちょっと待て。ビジネス? 今なんて言った?」
    悪魔「簡単な話だ。二人で“勝負”をしてもらう」
    照朝「嫌な予感しかしない説明ほど、簡単って言葉を使う」
    悪魔「ルールは単純。今期の新規事業計画。どちらが“より正しい”か、私が判定する」
    初「誰目線だ」
    悪魔「悪魔目線だ」
    照朝「解散」
    悪魔「勝者には、望む報酬を。敗者には——」
    初「言わなくていい。だいたい分かる」

    悪魔は机の鍵を指差した。
    悪魔「このカギに触れた瞬間、ゲームは成立する」
    照朝「触らなきゃいいんだな?」
    悪魔「もう触っている」
    照朝「いつの間に!?」
    初「…照朝」
    照朝「なに」
    初「さっきから普通にこの会社の会議室に座ってるけど」
    照朝「?」
    初「お前、うちにいたんだな」
    照朝「…言ってなかったっけ」
    初「聞いてない。ていうか、聞いてたら止めてる」
    照朝「悪魔が出てくる会議室だぞ? 止められるか?」

    悪魔「では始めよう。まずは照朝」
    照朝「いや、だから——」
    悪魔「新規事業案を」
    照朝は深呼吸した。
    照朝「……AIを活用した需要予測プラットフォームです。既存データを横断的に解析し——」
    悪魔「ふむ。堅実。だが」
    初「“だが”が早い」

    悪魔「次。初」
    初「はいはい。同じくAI。ただし用途は“会議削減”」
    照朝「攻めたな」
    初「会議が減る。意思決定が速くなる。結果、みんな早く帰れる」
    悪魔「…それは」
    初「?」
    悪魔「悪魔的に困る」
    照朝「そっち基準かよ!」
    悪魔「よって、この時点では照朝が優勢」
    照朝「今の判定、納得できる要素ゼロなんだが」
    悪魔はニヤリと笑った。

    悪魔「では、追加ルールだ」
    初「出た」
    悪魔「この後の発言で、“アクマ”と言った回数が少ない方が勝ち」
    照朝「は?」
    初「ちょっと待て」
    悪魔「間に句読点が入っていたり、別な言葉の中に隠れていたり、複数の言葉で繋がっているパターンも含むので発言には注意すること」
    照朝「無理ゲーだろ」
    初「冷静にいこう。まだ言ってない」

    その瞬間、照朝の足元に何かが落ちた。
    照朝「あ、クマ——」
    悪魔「1」
    照朝「今のは不可抗力!」
    初「落ち着け。照朝、深呼吸」
    照朝「飽くまでこれは事業計画の勝負だろ。なんでこんなところにわざとらしく熊のぬいぐるみが置いてあるんだ。ぜえぜえ」
    悪魔「はい、2」
    照朝「え、何で?自分で踏んだ?!」
    初「お前、今日ダメな日だな」
    照朝「違う! これは環境が悪い!」
    悪魔「ちなみに初はまだ0だ」
    初「よし。じゃあ俺は黙る」
    照朝「それが最適解なのが腹立つー」

    沈黙。

    悪魔「…つまらんな」
    初「知るか」
    悪魔は机を叩いた。
    悪魔「では最後の質問だ。この勝負、何だと思う?」
    照朝「…最初から決まってたのか。言わせた回数を稼ぐ——」
    照朝「そうか。これがアクマゲームか!」
    悪魔「3。終了」
    照朝「だから今のは気づいただけだろ!」
    悪魔「悪魔裁定。敗者、照朝」
    初「おい」
    悪魔「勝者、初。報酬を」
    初は少し考えてから言った。
    初「この会議室、二度と使えないようにしてくれ」
    悪魔「承知した」
    影が消える。鍵も消え、静かな会議室に戻った。

    照朝「…なあ」
    初「なんだ」
    照朝「これ、普通に業務時間だよな」
    初「そうだな」
    照朝「議事録、どう書く?」
    初は少し考えて、即答した。
    初「特記事項なし。但し、所在不明となっていた事業部長の熊のぬいぐるみを会議室にて確保」

    その時、消えた筈の悪魔の声が、ノイズ混じりに会議室に響く。
    悪魔「あー、テステス。これ、録画停止ボタンどこだ? ……あ、まだ繋がってる?」
    照朝「喋ったぞ。しかも、やけに生活感のある声で」
    空中に激しいノイズが走り、スーツに角を蓄えた悪魔の姿 が透けると、その背後に「内部監査室」のロゴと、VRゴーグルを被った見慣れぬ社員の姿がホログラムで浮かび上がった。

    初「やっぱりな。これ、最近導入した噂の『メンタル負荷型・内部監査VRアバター』だろ」
    照朝「内部監査!? あの不条理な判定も、全部仕事の一環だったのか?」
    初「ああ。最近の監査は、極限状態での倫理観と語彙力を試すスタイルが流行りらしい。悪趣味極まりないな」
    照朝「…命がけのゲームかと思ったら、ただの社内研修かよ。もう、普通に働かせてくれ。とりあえず、議事録に不備がないかあ、くまなくチェックしといてくれ」
    (ピンポーン! という電子音)
    VRシステム「検出。通算4回目。アクマ発言ルール 継続適用により、小野田照朝の本日分の残業が確定しました」
    照朝「いい加減にろ…」
    (完)
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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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