
第160話 「スター戦略論4」
強い企業はなぜ単純なのか
――若手マーケター研修編(※成長機会あり)――
司会:
次の講義は「強い企業はなぜ単純なのか」です。
それでは、よろしくお願いします。
(拍手。前列にはノートPCを開いた若手マーケターが並んでいる)
皆さん、今日はマーケティングの話です。
…と言われて、今、何人か安心しましたね。
「よかった、精神論じゃない」
「フレームワークの話だ」
「スライドは何枚だろう」
そう思った人から、順に地獄に落ちます。
最近の若手マーケターは忙しい。毎月、新しい言葉が生まれる。
カスタマージャーニー。ペルソナ。エンゲージメント。
OMO。LTV。北極星KPI。どれも正しい。しかし、多すぎる。
彼らは朝からスライドを作る。午後は会議。
夜はXで「学びがありました」と書く。だが、売上は増えない。
なぜか。
体ができていないからだ。
IKEAを見なさい。IKEAはペルソナを語らない。
IKEAは世界観を説明しない。IKEAは顧客体験をプレゼンしない。
IKEAは、歩かせる。運ばせる。組み立てさせる。
若手マーケターは言う。
「UXが悪いのでは?」
違う。鍛錬だ。
IKEAは顧客に言っている。「覚悟のない者は帰れ」と。
若手マーケターは、ここで必ず言う。
「でも今は顧客中心の時代で……」
うるさい。
顧客中心とは、全部やってあげることではない。
客が自ら動いて、自分を軸とした考えにさせることだ。
スーパーでは客が歩く。
ガソリンは自分で入れる。
セルフレジで自分で会計する。
それで文句を言うのは、だいたい鍛えられていない人間だ。
さて、若手マーケター地獄の核心に入ろう。
彼らは「考える」ことが好きだ。だが、「繰り返す」ことが嫌いだ。
ABテストを一度やって満足する。
施策は毎回変える。成功する前に飽きる。
基礎が身につく前に、次のセミナーに行く。
これは何か。
”受け身が取れないまま、場外に飛ぶ行為”だ。
マーケティングに奇策はない。
あるのは反復だけだ。同じ訴求を何度も出す。
同じ導線を何度も磨く。同じコピーを何度も直す。
地味だ。
評価されにくい。SNS映えしない。だからやらない。そしてまた言う。
「市場が悪い」
「時代が違う」
「上が理解してくれない」
違う。基礎ができていない。
ここで誰かが言う。
「リチャードなんとかさんは、80対20が大事だと言ってましたよね?」
リチャード・コッチか。たぶんそれも正しい。
だが、20をやる前に80を耐えろ。耐えた者だけが、法則を語る資格を持つ。マーケティングとは、賢くなる競技ではない。
最後まで立っている競技だ。
派手な若手は消える。静かな人間が残る。
残った人間だけが、「戦略」を後から説明する。
だから覚えておきなさい。スライドは筋肉をつくらない。
横文字は腹筋を割らない。フレームワークは、体を支えない。
立て。黙って。繰り返せ。
こうして猪木やタイガーマスクは、一流マーケターに育っていったのだ。
強いマーケティングは、力道山の興行志向と切磋琢磨し、より強く輝く。
これが私のスター戦略論だ。
(長い沈黙)
司会:以上、カール・ゴッチさんの講演でした。
なお、本日最前列でメモを取っていた若手マーケターの皆さんは、
このあと「結局どうすればいいのか分からない」という
非常に健全な混乱状態に入る予定です。
注釈・あとがき(若手向け)
カール・ゴッチは、「近道を探す者は、必ず遠回りする」と言い残した人物である。本稿はマーケティング論であり、同時に、若手マーケターへの軽い説教でもある。なお、これを読んで「明日からスライドを減らそう」と思った人は、すでに半分、地獄を抜けている。
編集後記(反省会/若手マーケター地獄編)
なお、若手マーケターの皆さんから
「結局、何をKPIにすればいいんですか?」
という質問が多数寄せられた。答えは簡単である。
KPI=Keep Physical Iteration
身体を動かして、同じことを繰り返せ。PDCAを回す前に、まずは腹筋を回せ。回らないPDCAより、割れない腹筋だ。最近は「ROIが見えない施策はやらない」という声も多い。
ここで言うROIとは、Ratio Of Irritation(苛立ち比率)である。
会議、差し戻し、謎の修正、「そこは任せるって言ったよね?」の累積値。
これらを耐えきれず、多くの若手はROに入る。
ROとは、Run Off(逃走)或いは、Relax Only(現実逃避)の略だ。
だが覚えておこう。ROIが高い組織ほど、苛立ちの密度も高い。
ROIが低いのではない。忍耐力が先に尽きているだけだ。
そして最後にLTV。LTV=Learn To Vanish
成果が出た瞬間に一歩下がり、炎上前に姿を消し、
成功事例では名前を小さくする。これを身につけた者だけが、
高ROI環境下で、長期的に生き残る。
マーケティングは魔法ではない。マジックでもない。
マジで、地味だ。派手な人は去り、静かな人だけが残る。つまり――
マーケターは、市場を読む前に、空気を読まずに耐えろ。以上である。
オチはない。
落ちないから、強くなる。(完)