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第117話 「三年ぶりの祭」

    時は2003年11月。前回のイベントが終ってから三年と八箇月が経過した。日本全国の益荒男が健筆を揮わんと挙って参加し、強烈な縛りに音を上げながらも幾多の屍を乗り越えて目的を完遂した者もいれば、その一方で脱落して行った者も数知れず、凄惨極まりない闘いであった。その死闘の様子は掲示板で観戦することもでき、多くの観衆を惹き付けるところとなったが、投稿者の口から飛び出す強烈な縛りには、目の玉が飛び出る様な法外とも言うべき要求もあり、この闘いの凄惨さを象徴するものであった。中にはポテトチップスの食べ過ぎで太って仕舞い、睡眠時無呼吸症候群に罹った者も出る程であった。

    本当に難関であった。避けて通れるものなら通りたい。何度そう思ったことであろうか。そして今回もまた同種の難関に立ち向かわねばならないのである。凡そ投稿者の要求というものは、「切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もない程だ」とか、「内心そうだと思い込んでいた」とか、「パラレルカードはラッキー未使用十枚と交換」だとか、道理が一貫していないところがいけない。堪忍袋の緒は有機体ではないから蘇生と表現するのは変であるとか、内心で思う状態というものは顔や言葉の表層には出さずに心理を隠している状態であって思い込んでいる状態は単に勘違いではないかとか、一枚は一枚だろとか、理屈で反論しても無駄なのである。つまりこれは理屈の世界ではない。押しつけられた理不尽な縛りを、甘んじて受け入れなければならないのである。

    別に私はこの三年間を待ち続けていた訳では決してない。内心そうだと思い込んでいた訳ではないが、最早このイベントは終息して二度と訪れることはないと思っていた。最初はもう終って仕舞ったのかという諦めの気持ちと、早く続編を開催してくれという期待とが半々であったが、それも疾うに昔の事。主宰者は企画立案者達を大会議室に集めて侃諤たる議論を重ねた結果、継続打ち切りの最終結論に至ったのだとばかり思っていた。なにせ「予定は御座いません」というのが当時の主宰者側からの正式回答であったからだ。

    それが今頃になって、一体どうしろと言うのだ。あのイベントが再来するとは夢にも思っていなかったが、まあいい。こちらにも三年の間に培ってきた経験という武器がある。人生にも厚みが出た。パブロフの犬の如く直様ハアハア言いながら餌に食らい付いたのは昔のこと。別に闘いに勝つ必要もないし、マイペースで遣ればよいのだ。取り敢えず落ち着いて、好物のワインでも飲みながら作戦を練るとしよう。ワインのオードブルには、チーズと竹輪を海苔で巻いたものが最適である。海苔の香りがワインの芳香とハーモニイを奏で、脳に心地良い刺激を与えて創造力を生み出すからである。この漲るパワーさえあれば、難攻不落の城砦も落せるというものだ。併し私は今、ポテトチップスを齧っている。

    今日だけではない。昨夜もポテチを齧った。一昨日もポテチ。朝もポテチ、昼もポテチ、晩もポテチ。食前、食間、食後、おやすみ前にポテチ。三度の飯よりもポテチ好き。と言うよりも寧ろ、三度の飯にもポテチと言う方が適切である。何故ならば、別に私はポテチ好きでも何でもないからである。だがどんなに食べても一向に無くならない。では何故こんな事態に陥ったかというと、切っ掛けは武士テレビ。元い、一週間前の晩酌に、細君が私に一つのポテチ袋を差し出した事に始まる。袋を見た私は、それが馴染みのあるものであったにも拘らず、どこか妙な違和感を覚えたのだ。海苔チーズ竹輪でなかったのもそうだし、ポテチはビールのつまみだろという気もするが、そんな事よりももっと何か別な事が私の胸中に引っ掛かったのである。これは何かの間違いか。三年前に見た光景が、あの悪夢が将に甦らんとする瞬間であった。

    見慣れたライダーチップスの袋を手に取り感触を確かめると、再販売でも始めたのかと思わせる程、三年のブランクは大きい。どうやら袋に記された「カード二枚つき」という文句が違和感を生み出していたらしい。前回のイベントでは第一弾から第三弾まで、72枚単位の三段攻撃であったが、今回は第一期から第三期まで、110枚単位の三段攻撃である。「216番までをそろえるチャンスがふたたび!」ともある。ラッキーカード三枚で何れかの弾のセットが貰えるらしいが、一万円払ってパラレルカードを購入した者としては奈何ともし難いものがある。そんな事ならラッキーカード五枚で引換のスペシャルカードこそをゲットしておくべきだったとか、色々と反省点もある。ちまちま買っていてはトータルでコストは高くつく事も学習した。

    「2枚入りで80円か。1枚40円なら前回の60円より割安で集め易いな」
    「え、何で? 60円から80円に上がってカードが1枚増えたんだから、増額分の20円が増えたカードの値段でしょ。だから1枚20円よ」
    「うーん、そうかなあ」
    「当然じゃない。理系のくせにそんな計算も出来ないの。ポテチが40円でカードの値段は前と変わってないの」
    「…。いや、確かに君は正しいが、どうも納得行かないなあ。前回は1枚を手に入れるコストが60円。今度は2枚で80円だから、掛かるコストは1枚当たり40円であって、前回より安い筈だ」
    「あ」
    「何だ?」
    「カード袋の裏に、非売品て書いてある」

    遂に箱買いデビューである。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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