第26話 「ハングル講座」
韓国語には漢字で書けば、料亭、要人、要注意人物、腰痛、欲求不満、欲望などと日本語と同じものが沢山ある。別に私が腰痛だったり欲求不満だったりする訳ではなく、韓日辞典を偶々捲った頁にそれらが認められただけの事である。辞典の見出語はハングルで記されているので、ど素人の私にはハングルを読む時に困る点が一つある。それはハングルを音読する際に子音のkとg、bとp、dとtの区別がよく分からないという事である。その理由は夫々の組に対して同じハングル記号を使っている点にあり、その為に du(どぅ)なのか tu(とぅ)なのか分からないという事態に屡々陥るのである。従って、どっちも同じだと思う大胆さが必要だが、とはいえ判りやすい特徴もあり、tsu(つ)という音はハングルでは「る」に変換し、lとrの区別がないのは日本語と同じである。日本語との対応に於けるもう一つの特徴は「k又はgがh又はfに変わるか脱落する」という点である。夫々、例を挙げてみる。
「ビビンパッ(プ)」‥‥日本ではビビンバと呼ばれているが、これがpとbの区別不明パターンである。文字を見る限りは何方なのか判らないが、音を聴いてみると「パッ」と言っているのが判る。最後の(プ)は口を閉じての無声破音pであるから殆ど聴こえないので無視して良い。本当は頭の中で瞬時に補うという作業が要るので、厳密には無視する訳ではない(英語でも同じ事がいえる)。面倒なので以下ではそんな無声音の仮名表記を省略する。
「うぇる」‥‥月である。これは「げつ」からgが脱落し、「つ」が「る」に変化するパターンである。月給(weolgeub)が「うぇるくっ」で、月球(weolgu)が「うぇるく」。韓国語に精通していなければ聞き分けは殆ど無理で、ここにも『「ぐ」なのか「く」なのかよく分からない問題』が顔を出している。
以上を踏まえて問題である。正確な発音とは異なる点ご容赦願いたい。
Q.上記の規則特徴を駆使して、以下の言葉を夫々推測せよ。
「べくばるべくじゅん」「わしんさんたん」「はんだんむげえ」「よっけーさむよく」「べーすじん」「べーそんど」「ふぁじょんしる」
最後の三つは漢字3文字、残りは4文字である。答えが真下に記してあっては目の遣り場にも困ろうから、余談に韓日辞典から余り馴染みのない熟語をちょっと紹介する。
「孤露餘生(ごろよせん)」‥‥幼くして父母を亡くした人。
「回馬主」‥‥首領が赴任して間もなく免職されて帰る事。
「白昼抜剣」‥‥真昼に抜刀して暴れる事。西部劇なら白昼抜銃か。
「術者之能(するじゃじのん)」‥‥文章の良否は著述者の才能に依る。
ええい、五月蝿いのでこの頁は破り棄ててしまおう。他にも面白い言葉は沢山あるが、そろそろ正解列記といけば、百発百中、臥薪嘗膽、荒唐無稽、欲界三欲、背水陣、配線図、化粧室である。
音読みだけでなく訓読みにも似ている漢字が色々存在する。音読みに比べて圧倒的に少ないけれども、日本語の方言形成の延長線上にその存在を認めることができる。例えば「歯」は韓国語では「い」となるが、これのどこが似ているのかというと寒い地方に行くにつれ唇の動きを最小限に閼めようとするため、ha→hi→i、という変遷を辿れば容易に類似性が想起できる。他に例を挙げれば「牛」は「うそ」、馬は「まる」、鼠は「ずい」、熊は「くむ」、雲は「くるむ」、島は「そむ」、上は「うい」、という具合いである。「る」がちょっと耳障りだが、それは mal や kulm の表記を知れば子音のみの微弱音であり、各々「ま」「くむ」と捉えればかなり似ていると言える。
形容詞にも稀ではあるが同様な類似性が検出される。背が高い事を「のっぷだ」と言い、少ないを「ちょごっだ」と言うが、殆ど「のっぽだ。ちょこっとだ」と変わらないのは驚愕に値する。更に攻めてくるのは、明るい=「パルックだ」、忙しい=「パパだ」、汚い=「ドロだ」、とそのまま文として成立してしまう卒倒ものの攻撃ぶりだが名詞も負けてはいない。情報=「ちょんぼ」、光線=「ピカる」、玉=「くす」→くすだま、鶏=「たつ」→たつたあげ、と強烈な連想ゲームを展開する。語呂合せか駄洒落かの様に見えて、実は背後に知られざる関連性があるのやも知れぬ。
意味が近い事が却って盲点となる場合もある。例えば「別」。日本語では「単に違う」といった程度の意味が一般的だが、韓国語では「良くも悪くも特別」という意味が強いとみえる:
「別亊件」‥‥特別な事件。
「別除」‥‥特別に取り除く。
「別酒」‥‥特別な方法で醸造した酒。
「別策」‥‥特別な対策。
「別物」‥‥変わり者。人をさして物というのだから凄い。
ハングルというより漢字講座の様相を呈してきたので、連発花火を打ち上げてそろそろ切り上げるとしよう。
「擴聲喇叭」‥‥メガホン。拡声ラッパとは面白い。
「花鬪」‥‥花札。花札で戦うということか。
「要處」‥‥要所という普通の意味もあるが、便所という意味もある。便意函数の極大点に於ては、正に要処だろう。
「遠惡地」‥‥都から遠い上に住み悪い土地。遠隔からkが脱落すれば確かに悪となるので比較言語の見地にも適っている。というか駄洒落ですか。
「盗殺」‥‥時代劇でよくある一家皆殺しの押込強盗の事ではない。況してや盗撮でもない。暗殺の事である。
「繩戯」‥‥亀甲縛りとか縄跳びを想像してしまうが、正解は綱渡り。
「白洋紙」‥‥白くて良質の西洋紙。西洋紙の響きが何とも懐しい。
「百忙中」‥‥多忙中のもっと凄い奴。
「随筆」‥‥普通の意味もあるが、漫筆という意味もある。なんの事はない。雑文である。
だから雑文書きは堂々と随筆家を名乗って良いのである。
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