メインコンテンツへスキップ
見出し画像

第54話 「スパイス帳」

    新しい味を創造するにはスパイス研究が大切である。今日は私のスパイス帳を公開してみたい。スパイス帳には、スパイスに関する蘊蓄は勿論のこと、作成日の気候条件、熟成期間、気づいた事などを記入する。カレーの基本スパイスが書かれた頁を開いてみる。ふむふむ。

    ・ターメリック‥‥カレーの黄色の素。生姜科の多年草、鬱金(ウコン)の根茎。薬効成分はクルクミン。黄色染料や健胃・止血剤。
    ・クミンシード‥‥カレーの風味の素。セリ科の一年草の種子。単独スパイスとしては最もカレー粉の風味に近い。その強い香りと辛み苦味はカレーに欠かせない。
    ・カルダモン‥‥香りの王様。生姜科の大形多年草の花の実。樟脳(ショウノウ)に似た芳香。辛くてほろ苦味。使いすぎると薬臭くなる。健胃薬。
    ・シナモン‥‥菓子作りで御馴染みの桂皮。肉桂(ニッキ)の樹皮を乾燥させたもの。甘く上品な香りは紅茶にも良く馴染む。
    ・クローブ‥‥丁子(ちょうじ)。グローブなどと言って調子こいている場合ではない。フトモモ科の常緑高木の蕾。痺れる様な刺激味が特徴。肉の臭み消しとして用いられる。内臓疾患や消化、解熱や防虫作用。
    ・レッドペッパー‥‥要するに唐辛子。辛みの主役。主成分のカプサイシンには脂肪を燃やすホルモンの濃度を高める効果。
    ・コリアンダー‥‥胡すい。コエンドロ。セリ科の一年草の果実。味と、とろみを創出する。去痰作用・健胃便秘薬、不眠症。若葉は食用の香菜(こうさい・シャンツァイ)。シャンツアイはジャイアンツに似ている。

    最も大事な点は、スパイスの薬効を見極めた上で適量を使用する事である。樟脳だの健胃薬だの便秘薬だのウンコだのと、摂取し過ぎると下しそうなものがオンパレードであるので注意されたい。

    次の頁は、嗜好に応じて味と香りを整えるスパイスリストで、主役の脇を固める。だからといって、脇を固めて室内でバットを振らぬ樣にしたい。

    ・ナツメグ‥‥ニクズクの種子(メースは種皮)。胡椒、シナモン、クローブとともに四大香辛料の一つ。甘い刺激性の香りが肉の臭みを消す。挽肉料理には欠かせない。カレーを作るのじゃないのか。
    ・オールスパイス‥‥百味胡椒。ピメント。フトモモ科の常緑高木の未熟な果実を乾燥させたもの。シナモン、ナツメグ、クローブの香りを持つのでこの名がついた万能スパイス。肉料理・ソースなどに広く用いる。
    ・キャラウェイ‥‥ヒメウイキョウ。偏平な三日月形の種子。噛むとぴりっとしていながら甘く爽やかな風味がある。クミンよりも強力。
    ・フェンネルシード‥‥茴香(ういきよう)の種子。褐色の楕円形で向日葵の種に似ている。ほろ苦さと樟脳に似た香りが特徴。快い芳香は魚料理によく合い、中国料理・キャンデーには欠かせない。カレーを作るんじゃないのか。
    ・スターアニス‥‥八角。強い芳香と甘味を持つ。中華料理には欠かせないスパイス。カレーを作るんじゃないのか。おいおい。
    ・ローレル‥‥月桂樹の葉。ベイリーフとも。ローリエは仏語。肉や魚の臭みを消し、煮込み料理には欠かせない。カレーを作るんじゃ…って、カレーは煮込み料理だからいいのか。長く煮込むと他のスパイスの香りを消すので、途中で取り出す。
    ・征露丸‥‥アクセントに。よく乾燥させてクレオソートを蒸発させておくこと。阿仙薬、黄蘗、甘草、陳皮を豊富に含み、鎮咳、去痰、発汗、消炎、健胃、などの作用がある。陳皮はビタミンを含み、抗癌作用もある。

    お次の頁は仕上げのスパイス、ガランマッサラである。猛牛に似た同僚のネパール人シェンカー曰く「ガラン・マッサラ」とはネパール語であり「辛い・混ぜたもの」を意味するものらしい。英語の HOT は「熱い」も「辛い」も意味するので、念の為に「じゃあコチ醤は差詰め韓国のガラン・マサッラだな」と訊くと、笑顔で「そうだ」と返事が戻ってきたので「辛い」で間違いなさそうである。だからといって韓国のカレーが赤い訳ではない。

    ガランマッサラを自分で作るには、フライパンに油を引かずに、シナモンスティック2〜4本、カルダモン(40〜50粒)、クローブ大匙2(粉末なら小匙1)を入れ、適当に空炒りする。次に、コリアンダー(大匙1)、ブラックペッパー(大匙1〜2、粉末なら小匙1)を入れて3分空炒りする。先刻は適当で今度は3分というのもちょっと困ったものだが、兎に角最後にクミンシード(大匙1〜2、粉末なら小匙1)、ナツメグ(粉末小匙1/4)、メース(粉末小匙1/8)を入れて蓋をし、焦がさない様に5分間炒る。炒ったスパイスを珈琲ミル又は乳鉢で粉々に砕く。

    或いは面倒臭ければ、粉にしたものを全部混ぜてしまって90℃で25分オーブンで熱する。時々混ぜて焦がさない様にする事と、香りの飛び易いクミンシード、ナツメグ、メースだけは終盤に投入するのは同じである。これで大匙2杯強(6人分)のガランマッサラの素が出来上がる。

    勿論、これらが絶対処方という訳ではなく、嗜好に応じて配分を変えると良い。肉、魚カレーには消臭系スパイス(ナツメグ、ガーリック、フェンネルシード、クローブ、フェヌグリーク)を、野菜カレーには味系スパイス(コリアンダー、クミンシード、キャラウェイ、フェンネルシード)を中心に組み立てると良いだろう。あとは天日干ししてから、瓶に入れて暗所で保存し熟成させれば完成である。天日に晒す際には、風に吹き飛ばされてしまって「がらん、真っ新(さら)」とならぬ樣に精誠、気を付ける事である。

    最後は、これだけは絶対にしてはいけない項目が記された頁である。

    先ずは、ターメリック。絶対に自分で挽こうなどと考えてはいけない。これだけは意地を張らずに粉末を購入すべきである。その黒っぽい外見故に黄色い粉が生成される樣は流石に感動ものである反面、その固さは尋常ではなく、乾燥した木材の如しである。擂り鉢やら卸し金やらを総動員して汗だくになって、何時間かかっても微かな量しか得られず、矢鱈に体力を消耗させて、手指の皮やら関節やら脚やら腰やら尻やらが痛くなるという、お父さん泣かせの逸品である。夫婦仲良く昼間に買物に行ったとしても、

    「お父さん、ターメリックまだあ?早くしないと日が変わっちゃうよお。お腹ぺこぺこだよ」
    「ふう。まだ結構あるなあ。ええい面倒だ。残りはナイフで削っちゃえ。煮込めば柔くなるだろう」
    と、その場を回避しても、食事中に破片が口内に刺さって
    「痛い。血がでたあ」
    などと泣き事を言われて散散である。こっちが泣きたいくらいである。

    難敵ターメリックを克服しても、コリアンダーを忘れると一大事。入れ忘れたコリアンダーを指差して、間違っても「こりゃなんだー」と言わぬことである。配偶者にフライパンで頭を殴られても私は一切関知しない。

    ああ、痛かった。

       【前を読む】    【目次へ戻る】    【次を読む】


     
     
    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

    あなたへのおすすめ