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第53話 「訪問販売」

    コンコン。チョウムボゲッスムニダアー。
    なにやら訳の解らぬ言葉とともに、訪問販売のおっちゃんが入って来た。

    ぎょぎょっ。銀の仮面に黒マフラー。じゃなくって、黒のスーツに赤ネクタイ。パンチパーマで頬に傷の入った強面の、なんだか恐そうなおっちゃんである。こちらがキョトンとして意に介さない様子を呈していると、流石に向こうは百戦錬磨、「日本語?」と訊いてくる。こちらが外人ちゃんである事をすかさず御察知である。おかしいなあ、なんで判ったんだろう。いつもカレーを食べに行く食堂では中国人で通っているのに。

    商品はウィンドウズ版の CD、エンサイクロピーディア、略してエンサイである。援助交際のことではない。尤もそっちは援交と略すのが普通らしいが、そんな阿呆な駄洒落を考えている間にも、セールスマンの魔の手は容赦なく迫ってくる。
    「エンサイクロピディアです。知ってますか。有名です」
    「ええ。有名ですね」
    「もとは英語ですが韓国から出ます。これは画期的なことです。韓国語わかりますか」
    「はあ。ちょっとだけ」
     英語でならウェブサイトで無料閲覧が出来るので、態々購入する必要もないのであるが、おっちゃんは構わず商談を進行する。

    「一家に一台。家の宝になります。お子さんの勉強にも良いです。お子さんは」
    「いや。お子さんはいません。独身です」
    「ああそう。Single 」
    「え、ええ。シ、シングルっす」(そこだけ英語になるなよ。一瞬、慌てたじゃないか)
    「ああそう。ハングルですね」
    「だ、駄洒落が言いたかったんかい」
    「あなた韓国、来たばかりですか」
    「え、ええ。まだきたばかりなもんで」(2年も前だけどね)
    「それじゃ、あなた韓国語勉強しなさい。これさえあればバッチリね」
    「そ、そうでしょうか」
    「安いです。今なら特別価格30%引きです。30万ウォンです。安いっしょ」「や、安いっしょ、ですか」
    「韓国語勉強しないと駄目です。生活困ります」
    「いや、間に合ってますけど。最低限度の生活ですが」
    「これはあなたに絶対必要です」
    「別に必要じゃないですけど。全部韓国語なんでしょ」
    「そうです。勉強してください」
    「でもなあ…。ちょっと高いんじゃないですか」
    「じゃあ、3万ウォンでどうですか」
    「い、いきなり3万ウォンですか」
    「そうです。私の心意気に免じて買いなさい」
    「か、買いなさいって。でも、それウィンドウズ版ですよ」
    「そうです。凄いでしょ。写真もあって綺麗です。今すぐここにインストールしなさい」
    「(す、凄いでしょって、一体)でも、このシステムは Linux ですから駄目です」
    「お宅にコンピュタアはありますか」
    「ないです」
    「じゃあコンピュタアも買いなさい」
    「そ、そんな殺生な」
    「いいえ、折衝はセールスの命ですから。今ならオフィス2000も付いてます」
    「それってハングル版なんでしょ」
    「そうです。勉強しなさい」
    「でも今は Linux の勉強をしないと」
    「Linux なんて要りません。これからはオフィス2000の時代です。ワードもエクセルも必修です」
    「そうは思いませんけど」
    「ホームページビルダーもついてます。お得です」
    「Emacs さえあったら別にそんなのいらないです」
    「Emacs ってなんですか」
    「編集ソフトです。こんなやつです」(画面を開く)
    「うわあ、なんやらけったいですなあ。ワードの方が簡単でっせ」
    「急に関西弁にならないで下さい」
    「これは何を編集していますか」
    「メールを書いてます。日本語は読めますか」(これで話が逸れてくれ…)
    「ちょっとだけしか読めません」
    「へえ。これは驚いた。口は達者なのに」
    「口はセールスの命ですから。買いなさい」
    「…」(し、しまった。墓穴を掘ってしまった)
    「安いですから買いなさい」
    「私なんかより、あちらの部屋に韓国の方が沢山いますけど」
    「もう皆、買いました」
    「…」(う嘘だろっ、おっさん)
    「今やワード、エクセルは再就職の必修アイテムです。出来ないと馬鹿にされます」
    「そんなことはないでしょう」
    「いいえ。本当です。あなた、ワード、エクセル、知らないでしょう」「え、ええ。自慢じゃないですけど、出来ません」
    「なーんだ、パソコン初心者ですか。偉そうにして」
    「パ、パソコン初心者って。大体、ワードって簡単なんでしょ。今知らなくても、必要とあらばその時に使ってみせます」
    「本当ですかあ」
    「本当です」
    「でも皆さん、苦労してますよ。Perl とか大変みたいですし」
    「いきなり Perl かよ」
    「ほら、そうやって偉そうにする。いけませんね。夜道には充分気をつけて下さいね」
    「あ、すみません。じゃあ tar & gzip で圧縮解凍したり uuencode を掛けるとか、オフィス2000だと出来るんですか」
    「そういう難しい言葉を並べるところが、パソコン初心者にありがちです。特に日本人は」
    「…」
    「でも心配ないね。私に任せなさい。あなたが生まれる前からパソコン売ってます」
    「…」(おいおい)
    「ワードもエクセルも付いてますから安心しなさい。もう出来ないことはありません」
    「じゃあ Latex のコンパイルなんて出来ますか」
    「はい!何でもオッケー。ワードもエクセルも付いてますから」
    「ゴーストスクリプトや PDF への変換も?」
    「勿論!バッチリです。アクロバットリーダーで PDF ファイルも読めます」
    「いや、そうじゃなくて、DVI ファイルからの変換が…」
    「黙らっしゃい。ワードもエクセルも付いてますから平気です」
    「ええと、じゃあコマンドラインで FTP… いや、ファイル転送とか出来るんですか」
    「ワードもエクセルも付いてますから大丈夫です」
    「…」

    いい加減にしてほしい。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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