第55話 「ボデー・シャンプー」
シャワーの最中にシャンプーを切らして窮地に陥るということは誰でも一度は経験があると思うが、大抵そういうのは一箇月前位から前兆現象というものがある。シャンプーが大方無くなってくると、そろそろ予備を購入しておかねばと意識し始めるのが正しくそれである。だが、購買行動を起こすには未だ十分余裕があるのでつい忘れてしまうのもまた大きな事実である。忘れる事に対して何らパニッシュメントがない環境、例えば独身生活では殊更である。一週間前位になると一回の使用量が普段の半分以下に減ってくるのであり、そろそろ本気でやばいなと思うに至って、プレイボールの幕は切って落される。
先ずは序盤戦。残量3日分程度を残す局面である。健忘症が激しいせいか今宵も復、シャワーを浴びる段になってやっと気が付く為体。
「あ、いけねぇ。また忘れちゃった。がはは」
豪快に空振り三振である。節約の甲斐あってまだ結構残ってるなと勘違いするのも序盤戦の特徴である。そして相手も或日突然、それまでは調子良くストレートで圧して来た攻めから、「ポソッ」とか「パスッ」とかの情けない音を発して変化球主体の攻めに転じてくるから曲者である。これは流石にやばいと思い「明日こそは買って来るぞ」と、連日決意を新たにするあたりが序盤戦最大の攻防となる。
翌日には昨夜の決意などすっかり忘れてしまって、能天気にも「今日はカレーでも喰うかあ」などと考えたりするのが悲しいかな駄目人間の性である。カレーを食べ終えて帰宅すると「今日もお疲れご苦労さん。レッツ・シャワーターィム」と、素っ裸でボデー・シャンプーに手を伸ばす段になって漸く思い出すのであり、空振り三振の台詞もすっかり板に付いてくる頃は既に中盤戦。こうなってくると、スカスカになった容器に水を注入してシャンプーを稀釈するのが常套手段である。シャンプーに限らず市販の洗剤類は稀釈して使うのが科学的に正しい用法であり、従って、これは容器の内壁やキャップにへばり付く纔かな量の原液の持てるパワーを最大限引き出す由緒正しき正統派の戦法なのである。今日のところは辛うじて一日凌げる液量を確保して、明日の買い物に中盤戦の行方を託すことにする。
こうした努力の甲斐あって事無きを得た翌日というものは、またまた油断し勝ちである。昨夜の失策などすっかり忘れてしまって、能天気にも「今日は冷麺でも喰うかあ」などと考えたりするのが悲しいかな駄目人間の性である。然し最早、帰宅後に素っ裸で空振り三振の台詞を吐き乍ら笑っていられる余裕は流石にない。仕方がないので旅行用にとってある携帯シャンプーを代打に起用する。ホテルの鬚剃りやらシャンプーの小袋やら石鹸やらを持ち帰る貧乏癖の御蔭で、これ迄にも何度ピンチを救われたことか。ああ幸運の神様ありがとう。
扨、こうした好運の御蔭で事無きを得た翌日というものは、油断してエラーをしてしまい勝ちである。昨夜の失策などすっかり忘れてしまって相変わらず食い物のことしか頭にないのか、能天気にも「あの姉ちゃん綺麗やなあ」などと言って涎を垂らしたりするのが悲しいかな以下同文で、遂には代打要員も底を尽き、風呂場で素っ裸で呆然と立ち尽くす局面は終盤戦開始の狼煙である。ここまで健忘が酷いと権謀術数の策略にも奈何ともし難いものがある。むう。何か代わりになる物はないものか。流石に台所洗剤を流用するには躊躇いがある。そこで控え投手を代打に送ってみる。シェービング・クリームである。何だか妙に滑滑して汚れが落ちたのか否か良く分からないが、序でに無駄毛の処理もしておくと一石二鳥である。いい加減に買えよ。
日付も変わって終盤戦も佳境。流石にシェービングクリームの爽快な効き目あってか、出勤前に商店に立ち寄るという快挙を成し遂げる。鬼ババアの形相をしたちょっと恐そうなパンチパーマのおばちゃんが摩り寄って来て何やら◯△□×などと喋るので、「ボディ・シャンプー」と告げてみると、おばちゃんは「ボデー・シャンプー◯△□×」と言って手招きをし、こちらが商品を選ぶのを揉み手で待っているではないか。隣で揉み手に構えられると落ち着かないのである。「ええっと、じゃあ、こ、これにしようかな」と、手に取って凝視するとヘア・シャンプーでないか。しっかり違っとるやん。おばちゃーん。
流石に相手は手強い。ボデー・シャンプーは日英韓の何語だろうがボディ・シャンプーなのである。何をどうしたら間違えるのか皆目分からないのであるが、まあ良い。そんな事を咎め立てするほど私は無粋な人間ではない。まだ筆談という手があるではないか。だが如何せん、予期せぬ重大な問題が発覚した。漢字が書けないのである。「ええっと、せっけんのけんはっと。験の馬偏を歯に換えればいいんだっけ。いや正字だから驗で、歯の正字はっと?」「体の正字体はっと…」と、すったもんだの挙句に頭に浮かんでくる単語は、入浴石鹸、体洗液などと何だか別な物になってしまっている気がするが、そんな私の苦悶とは裏腹に、おばちゃんはこの球場ならぬ窮状を打開すべく選手交替を告げて、あっさりとダグアウトの中へと引き上げるのであった。手練れである。
選手交替である。ダグアウト角のレジを巻き込む様に、機敏な動きで若い店員が足早にやって来る。投球練習など要らぬと言わんばかりの面持に構える青年に、今度は英語でボデー・シャンプーを欲する旨を告げてみる。颯爽と投げ出された人差指の先を見ると判定は…、正しく私の所望する品が置いてあるではないか。セーフである。安心した序でにパン屋さんに寄って、間食用のパンを二つ買って職場へと向かう。あとはボデー・シャンプーの入ったこの黒いポリ袋を忘れずに持って帰れば、長きにわたった死闘はゲームセットである。
愈愈一日の仕事が終り、いざ帰宅。おっとっと。大事なボデー・シャンプーを忘れるところであった。傍らに放り投げてある黒いポリ袋を掴んで我が家へ帰り、さあて、シャワーターィム。いえーぃ。もう遠慮など要らないのだ。裸でクルクル回って燥ぎ乍ら鼻歌を歌っても、確りボデーシャンプーがあるのだ。黒い袋の中に手を入れて、パンをかき分け奥の方からボデーシャンプーを取りんん、あれれ?ボデー・シャンプーが無いではないか。あああしまったぁ。ボデー・シャンプーは別の袋に入っていたのだった。がーん。九回裏、痛恨の一撃とは正にこの事よ。仕方がないのでへア・シャンプーで用を足し、明日の延長戦に望みを繋ぐ。
扨、翌日の帰宅時間。仕切り直しであるが、人間、日付が変わると昨日の失敗などすっかり忘れて、二の轍、三の轍を踏むという事は実証済みである。「ああ、今日も一日ご苦労さん。明日は雑文更新日だったな。どんなネタだったっけ」と、構想メモに目を遣る。ああ、いかん。すっかりボデー・シャンプーの事など忘れて、脳天気にも雑文の事を考えておるではないか。馬鹿である。雑文ばかり書いていると馬鹿になるというが、本当にそうである。あろう事か私は、膝を打って吹きだし乍ら喜色満面に「おおそうだった」などとほざいている。遂に気が狂ったか。もし神が実在するならば、屹度こう呟くに違いない。
「おいおい自分の構想メモ見て笑うなよ。笑ってる場合じゃないだろ。シャンプーだよシャンプー。このボケが」
然し、天啓が通じたのか、将又、勝利の女神が微笑んだのか、私は運良く戦に終止符を打つ事ができ、久しぶりに快適なシャワーライフを満喫することが出来たのであった。
「ボデーシャンプー」と題された構想メモの御蔭で。本当に救いようがない。
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