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第110話 「極秘リポート」

    余り世間に滲透していない外国語を片仮名で書く行為には、何処となく馴染めないものがあるが、かといって横文字で書くと解らないだの偉そうだのと非難を受ける虞もある。だが私はつい最近になって、誤植や誤読や誤認や誤解や誤作動、誤射、誤爆などによる危険性を回避するにはきちんとアルファベットで書く可しという結論に達した。外国語を用いる以上、綴りを正しく押えておくのは当然であるし、それを怠るからこそ、「シュミレイション」などと言ってしまってその途端に相手から「貴樣の趣味は隷書かさあ張った。丁、半、丁、半、丁、丁、よおござんすか皆の衆。シブ六のヨン九。ヨロシク!」などと迫られたり、civilization を「チビリゼーション」と言ってしまって「ションベンちびるぜー、十回言ってみて」と十回クイズを挑まれたりするのである。ないない。

    このような恐ろしい二次災害を防止する為にも綴りは正しく覚えておきたいものであるが、それよりも私が重視しているのは「片仮名表記は紛らわしい」という問題である。これを納得して貰う為に、私が書いた極秘の調査報告書から例を紹介してみたい。

    依頼人及びその家族の安全を考え依頼人の名は明かせないのであるが、調査の対象欄には「サブロクターエンドギャンブル」と記されている。私は最初これを「サブロー」という人が作った賭博関連会社かと思ってしまったのだが、サブローってキカイダー01じゃあるまいし北島三郎でも関係あるのかと思って能く能く凝視してみれば、「サブロー」ではなくて「サブロクター」である。全ての過ちはこの誤読から始まる。

    先ずは「サブロクター」とは何ぞやである。人名ならば恐らく、獨逸人のロヒター(Rochter)姓がアメリカでロクターと訛り、日本人との間に生まれた子供サブ、即ち「サブ・ロクター」氏であろう事は想像に難くない。そして氏が幼き頃、父親は獨逸から移住してきたばかりで生活が旨い具合に行かずギャンブルに手を染め、暴力を揮って家庭が崩壊。そんな苦い想い出からギャンブルを根絶やしにしよう "End gamble!" と願いを込め、被害者救済組織「サブ・ロクター・エンド・ギャンブル」を起業した。収入源としては、賭博で擦った人に救済活動と称し「これでも飮んで忘れなさい」と言ってキューサイの青汁を売って歩く辺りが考えられるが、9歳の洟汁だけは勘弁願いたい。

    だがこれはちょっと出来過ぎた話であり、矢坂平四郎なら「これには何か裏がありそうだ」と言う場面である。若しかするとエンドとはアンド(and)の事かも知れず、そうするとサブ・ロクター氏とギャンブルという意味になって仕舞って、これではギャンブルを根絶したいというより、ギャンブルで儲けたい樣な雰囲気さえある。尤も、擦った人に青汁を売るのも賭博で儲けてる樣なものであるが、それにしてもサブと謂えば北島三郎や青年雑誌の名前で知られる樣に日本人には馴染みのある名前であるし、頑固な汚れにはザブである。依頼人が歌謡界やそっち方面に造詣が深いという事は一切聞いておらず、そんなものが本当に依頼人と関係があるのか。そうすると矢張り、アンドではなくエンドなのか。

    苦しい時は神頼みというから、ここは一つ天啓を得る可く鼻毛を抜き乍ら待っていると、有難くも神樣から「遠藤にしなさい」と、御告げが下るではないか。そうか。「サブ・ロクター・遠藤」だ。ロクターはミドルネームの日系三世に違いない。私も三世ではないが日系一世であるし、日経も読んでいるし、最近ではトトロットだかトトカルチョだかカマトトだか知らないがそういうのが流行らしいから、サブ・ロクター・遠藤氏のパチンコ会社だこれで決まりだ茶が旨い、と思った。

    ところがここで、この明晰な考察を覆す事態が発生したのである。今まで「サブロクター」と思っていたものは、能く見ると実はそうではなくてなんと「ザプロクター」と綴られていたのである。プロクター(proctor)は、代理人、学生監督。学生監督といっても学生が野球の監督をするのではなく、学生の面倒を見る方の監督である。procurator(訴訟代理人)やら、curator(博物館長、大学理事)などを知っていれば割と簡単に連想できる語である。こんな知識も「サブ」と「ザプ」を見違えていては全く糠に釘もいいとこで、"sub" と "the p" の違いは大きいのである。こんなものを入力し間違えるのは濁音符と半濁音符を区別しないチョソンの人か、和文タイプ方式で入力する日本の人くらいのものであり、いくらpとbが上下反転で似ているからといって流石に是等を見間違う者はいないのである。全く液晶画面における「プ」と「ブ」の見分けは難しい。

    振出しに戻ることを余儀なくされ途方に暮れた私は、最後の手段として検索エンヂンに頼ることにした。最初の定冠詞「ザ」は流石に除くことにして「プロクターエンドギャンブル」で検索に掛ければ、一発で検挙できる筈である。だが、目論見は見事に外れて該当頁は見つからず、更に「プロクターエンド」で検索に掛けても「プロクター遠藤」でも「プロクター安藤」でも、全く以て駄目である。一体どういうことだ。

    仕方がないので「ザプロクターエンドギャンブル」を尤もらしい英語にして the proctor and gamble と検索に掛けると、procter and gamble P&G というのがヒットする。1837年に石鹸や蝋燭の家内製手工業から起業し、現在は化粧品やら医薬品やらを販売する米国の会社である。P&Gは、日本の会社だと思っていた程に馴染みある社名だし、依頼人も化粧品関連の人なので、これでやっと不可解な社名の謎が解けた訳である。紛らわしい片仮名の所為で、真に長い旅を余儀なくされた。

    そんな次第で「片仮名表記はやっぱまずい」と思うのだが、報告書には不覚にも「ザプロダクターエンドギャンブル」と記されて仕舞っているのは勿論、極秘である。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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