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第6話 「広島のおじちゃん」

    この齢になっても未だに子供を持たぬ身にとって、子供の扱い方というのは大変難しいものである。人間、どんなに苦手な事柄でも日々弛まぬ訓練を重ねれば、どうにか人並み程度には至るもので、これは略、事実であるといって差支え無い。という事で私は二千円、じゃなくて二千年を節目に或る決意をしたのである。二千年のテーマ、それは子供から屈託のない笑いをとる事である。私と三頭身、否、三親等にあたる伯母の御宅に居候の身である今が、その絶好のチャンスなのである。私と四頭身、否、四親等である俗にいうところの従弟の御子息(三歳)並びにその姉(五歳)が、週末になると遊びにやって来るからである。私に子供がいれば其奴らは又従兄弟(姉妹)の関係にあるところの者達である。ああ、ややこしい。可愛いので養子にしたいのであるが、却下されるのは間違いない。

    先ずは御子息の健太君を紹介する。五親等なのに三頭身である。先達ってのとある休日の午前遅くの事である。気持ち良く熟睡中であらせられる御身の部屋に響くけたたましい声。朝っぱらから「おじちゃーん」などと叫びながら、御身の上で踊っている。更に「仮面ライダーくうがぁ、くうがぁ」と、愛らしく連呼してくるが、これがちょっと重たい。大人の所業であれば「市中引廻乃上打首獄門」を申し付けるところである。

    「何を訳の分からぬ事を言っておるのじゃ。仮面ライダー喰うがぁ?おいおい、それは食べ物ではないぞ。ん、ライダーチップスの事を言っておるのか。おおそうか。それならたんまりと有るぞ。篤と吟味致せ。ではおやすみ、グースカ」

    これでゆっくりと安眠出来るかと思いきや、今度は御身に蹴りが数発入る。
    「おいおい、広島の伯父ちゃんは疲れておるのだぞ」
     と、弁明に走る自分が情けない。そう。私は何故か出身地を冠して広島の伯父ちゃんと呼ばれているのである。
    「おいおい、もっと気の利いた呼び名は無いのか。はるおじちゃんとか」
    「だって節子おばあちゃんがそう呼べって言うんだもん」
     って、おいおい伯母ちゃん、頼むよぅ。とまあ、大抵、休日の朝は不機嫌な始まりとなるのである。

    さて、次に姉の舞ちゃんである。こちらは女子の人だけあって健太君ほど手荒い歓迎は無さそうである。しかし此方は結構冷静沈着で、中中ふざけたジョークが通じない。冗句ならぬ冗苦である。ベルリンの壁、鉄のカーテン、三十八度線である。相手を傷つけず自らを道化とするのが冗句道の真髄なのであるが、私はこういうのが苦手である。早速、舞ちゃん相手に練習をしてみようと思う。

    舞ちゃんは紙工作がお好きである。彼女の手には紙片が握られている。それには未だ熟練していない拙い字で、数字の零が六個書かれている。律儀にも「こどもぎんこう」と書かれている。「う」の字が鏡映文字になっているあたり、さすが大器たる片鱗を覗かせている。
    「舞ちゃんね、百万円でオウチ買うの。広島の伯父ちゃんにも百万円あげるね」
     すると私は反射的に目線をゴミ箱に遣りながら、
    「いやいや、伯父ちゃんは沢山お金があるから要らないで御座る。(意訳:そんな紙切れ貰っても困るんだよ。)それより、舞ちゃんに一億円をあげるで御座る。嬉しいかい」
    「うん」
     そこに伯母が割って入る。
    「あーら、舞ちゃん凄いわねえ、一億円よ。い、ち、お、く。すっごーい。零が幾つかなあ、すっごーい」
     年甲斐になくよく驚く伯母である。私はここで定番の一円置くジョークを発する目論見であったが、舞ちゃんの次のリアクションで完全に滑ってしまった。
    「一億円ってなあに?」
     どうやら百万という数字が、彼女の知りうる最大の数のようであった。駄目押しはこうである。
    「これ何?」
     彼女は一円玉を見るのはこれが初めてであった。完敗である。

    舞ちゃんは伯母の手によって記された一億の数字列に並ぶ零の個数を、真摯になって数えている。これからやって来るであろう波乱万丈、喜怒哀楽の人生を乗りきらんが為に必要な行為である。ところが全霊を傾けてその概念を将に習熟せんとする時、容赦なく伯母ちゃんの質問攻めが始まった。
    「節子御婆ちゃんは何歳かな?」
     投じられた疑問には全く脈絡も何にもない。大人など皆同じに見える年頃である。さすがに当惑している様子が覗える。
    「わかんない。んーと、四十歳」

    ひゃっひゃっひゃ。こりゃ面白い。伯母は六十と五歳であるが、後妻ではない。伯母は更に質問を浴びせる。
    「じゃあ、広島の伯父ちゃんは幾つかなあ?」
    (だからその呼び名はやめてくれよぅ、おばちゃん。)
    「んーとねえ、二十八歳」

    なかなか正直である。偽り無しの大器である。しかし私は惚けてみせる。
    子供の反応を観察する為である。
    「残念でした。伯父ちゃんは、八十歳だじょー」
    「えー、嘘だよ。変なの。だってママはハタチだよ」

    ゑっ、ハタチ??「んな訳ねーだろ」と冷静に思いつつも、一瞬色めき立つ自分が情けない。それにしても冷静な反応である。変人扱いである。もっと驚いたり笑ったり豊富なリアクションを示して貰いたいものである。

    広島の伯父ちゃんは、この後、「実は伯父ちゃんは宇宙人なんだよー」と言う心算であったが、密かに却下したのは言うまでもない。完敗であった。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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