メインコンテンツへスキップ
見出し画像

第5話 「爆竹奮戦記」

    矢張り男児は、大自然の中で汗と土に塗れて遊ぶのが良い。私も色色やった。遊びには創意工夫を随所に凝らした小道具が登場し、色色なアイデアがふんだんに盛込まれた。主な遊びは何と言っても戦争ごっこである。当時、四天王と呼んで極めて局地的に流行っていた遊びは、パチンコ戦、チャンバラ戦、爆竹戦、吹き矢戦の四つであった。最後のは特に痛そうである。

    中でも印象深いのは爆竹戦である。縛竹ならもっと楽し、否否、そんな事をして楽しい筈が無い。抑抑、縛るならもっと別な物の方が愉しいのである。縛り方には色色あるらしいのだが、健全な男児の脳裏に焼付いて離れないあの異様な縛り方で、果たして堅固に縛れるものなのか甚だ疑問であったりもした。然し、そんな妄想に駆られたのはもっと後になっての事であるし、そういう遊びならば今すぐにでも試してみたいのである。て、それは良い子の遊びではないんだってば。同じバクチクでも博打苦では尚更に良い子の遊びではないし、婆駆逐だと老人狩りだし、昂じて強盗殺人だったりすると事態は最悪である。斯くもバクチクとは恐ろしく、縛ったり、博打をしたり、姥捨山だったりと様々な用途があったにも拘らず、最も単純且つ健全な戦争ごっこを好んだとは流石、子供である。健全じゃねえよ。

    不思議な事に、蛙の口に発破を仕掛けるという残忍な遊びに手を染めた経験は全く無く、矢張り殺戮行為には気が引けたのであろうか、ターゲットは人間である。て、おいおい。よくよく考えれば余程その方が過激ではあるのだが、闘う事しか頭に無い低能な我ら子供達は、そんな事にはお構い無しである。兎に角、勝つ事に無上の喜びを見い出す性癖のためか、正々堂々という言葉を知らぬ。自軍を強化せんが為、優秀な人材を登用すべくメンバー争奪戦から既に闘いは始まっている。我軍としては、親友みつを君を配備するだけで常勝軍の出来上がりであった。

    常勝。何と響きの良い言葉であろう。それは当時、王、長島を擁した川上巨人軍の代名詞でもあった。序でにカルビーのプロ野球カードも流行した。然し、いつも初めから常勝コンビが組むのでは、敵軍配属となった面々は面白くない。非難轟々、ブーイングの嵐、卑怯者呼ばわりである。実際そうなので仕方がないのだが、ここでメゲていては卑怯者の面子に拘るので一計を講ずる。一体どういう面子だ。そういう時には一度みつを君を敵軍に参入させ戦闘を開始するが、我軍が大勝する様に申し合わせておく。謂わば八百長であるから、どちらが勝とうが関係無い。みつを君は、故意に三振やエラーを頻発し、態とらしく悔しがってみせる。いつも両親に嘘を見破られるみつを君も、こういう時に限って嘘や演技が上手であった。こうして、両軍の均衡を謀るという理由でみつを君に戻ってきて貰うのである。そうまでして勝ちたかったのかと思うと、我ながら情けない。

    何故か野球の話に変わってしまった。爆竹戦の話に戻ろう。

    我等の戦場は資材置き場である。山を切り崩した更地に設けられたこの資材置き場は、周囲を囲む亜鉛すず合金板を城壁と成し、崖あり、緑あり、水溜りあり、資材ありの変化に富んだ地形である。子供の遊びには絶好の場所と言えるのであるが、心無い大人共の所業か、立入禁止の立札が雑作もなく門前に添えられていた。然し、偵察隊より管理人不在との情報を得ていた我々は、そんな物体には目も呉れずに侵入し、ジャンケンにて二手に分かれ、両軍各々に本陣を構えれば戦闘開始である。勿論、我軍にはみつを君が入る。大将である。ルールは簡単。先に敵陣に侵入した方が勝ちである。簡単に侵入を許してはつまらないので、爆竹に点火し敵兵目掛けて投げつける。当然、当たると痛いので、恐れをなして誰も前線に出ようとはせず、大抵の場合、手持ちの弾薬が底を尽いて勝負がつくのであった。然し、こんなパターンが毎日続いては、流石に厭きてしまって閉塞感が漂うのか、いつしか皆の間に新しい刺激を求める気運が高まって行った。

    だが或日、異変は起こった。我軍の大将が新兵器を披露したのである。みつを君は犬の糞を発見するや否や、其処に爆竹を挿入着火し、間髪を容れずに「皆、逃げろっ」と絶叫した。後方より様子を窺っていた私は、事態を飲み込めず何事かと思って足早に近寄った。その瞬間である。やけに威勢のいい、それでいて何処か曇った鈍い爆発音が戦場に轟いた。大将自らの手によって仕掛けられた、犬の糞が炸裂したのである。衝撃の瞬間を目の当たりにして、私は一瞬たじろいだ。爆発と同時に火薬臭の混じった異臭が立ち篭め、阿鼻叫喚の叫びと共に辺り一帯を覆いつくす其の光景は、筆舌に尽し難く正に修羅場。あわや命を落す処であった。突如「糞弾一号ジロー、発射成功せり」と、みつを君の雄叫びが上がると、皆の歓声が沸き、大将の声に逆らって飛び出した私の愚行を喜んで見ている模様である。併し、どうやらそれほど接近していなかった私は、間一髪セーフであった。みつを君の声が続く。

    「爆竹を発火剤とし弾薬には動物の糞を使用。名称、糞弾なり。射程は弾薬の種類に応じて、一号(犬)、二号(猫)、三号(人)と命名すべし」
    いやはや何とも恐ろしい人物である。今頃はさぞ偉くなっているであろう事、推察申し上げる。

    軈て第二弾、第三弾と放たれた新兵器は、敵陣に甚大な被害を与えるに至った。捕虜となった敵兵の供述によると、飛び散り迫り来る糞弾の威力は、凄まじいものであったらしい。特に糞弾二号たまの射程距離には目を見張るものがあったと云う。戦闘終了後、糞弾の驚異に酔いしれた我々は、禁弾、いや禁断の糞弾三号ホウモセイピエンスを開発すべく辺りを探索したが、中中新鮮な薬味、否、弾薬が見つからず、最終案の自給自足も侭ならぬ状態で、結局その開発を断念する事と相成った。

    残念ながら試作品完成に至る事はなかったが、指揮官たるみつを君の叡智がフンダンに盛り込まれた偉大な作戦であった事に疑いの余地は無い。みつを君の功績を称えつつ、ここに栄光のフン戦記の幕を閉じよう。

       【前を読む】     【目次へ戻る】     【次を読む】


     
     
    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

    あなたへのおすすめ