第99話 「寒暖辛苦」
研究者というものは、物事を突き詰めて考察することに異常な集中力を発揮して大層な事を成し遂げたりするものだが、時には思考が広く行き渡らないのか中にはとんでもない事をする人がいる。
「君、亜米利加には大層美味な罐詰がある。私もカラホロニアに行った時には毎日食べていた。いいかね、猫印だよ。猫印」
と言って、人にキャットフードを食べさせようとする人がいたり、国際会議で皆が静粛に発表を聴いている中、突然立ち上がって
"You stole my idea!"
と、叫び出す人がいたり、5万円の祝儀に5千円のペンを返す男がいたり、事前に何の断りもなく私の所に段ボール箱を何個も送っておいて、保税倉庫まで一緒に取りに行かされたりと、全く何を考えておるやら解らない人に出会す機会が結構ある。
斯く言う私も唐突に何を考えておるやら解せぬことをするので、人の事を兎や角いう筋合いはないのだが、その批判は他人に任せることにして、ここでは他人事を書くことにする。研究者は他国の研究者と交流を能くするものであり、外国への渡航は珍しい事ではない。そうなると、渡航先の習慣やら言語やら滞在先周辺の地理などを事前に調べ、必要となるであろうと認めた物を持参するのは当然だし、更に生活するとなると周囲の行動樣式やら慣習やらを観察し、それに従って融け込む努力をするのが常である。だが、激しい競争の中を生き延びてきた人の中には、時に己の能力を過信してかは知らないが「なんとかなるさ」と、甘く見て何にもしない猛者もいる。
例を挙げよう。姓は忘れたが名はペトロフと云い、推定年齢50歳、昨秋にポーランドからやってきたおっさんである。西欧人はデフォルトで頭が禿げ易い仕樣なので、まあ俗に言う「ザビエル・ハゲ」である。所属部署は違うけど同じ異国人ということで私のいる外人部屋に入ったのだが、奈何せん構造上欠陥のあるこのオフィス、コンセントリック・プラグの根元は一個しかない。いや他にもあるのだが壊れているのである。そういう訳で蛸足配線におっさん用の電子端末が新たに加わり、電力を喰う煖房もパワーを絞ることにした。
秋といっても11月の韓国は寒い。といっても真冬ほどではなく、控え目な煖房と厚着で備えれば凌げるのであり、暑いと感じれば脱げばいいのだから涼をとるのも簡単である。そして、強く明るい日差しに相反して外気は結構冷たいのである。ところでおっさんは可也の暑がりである。ある天気のいい日、とはいっても今述べた通り気温は低いので惑わされてはいけないのだが、煖房を入れて快適に仕事をしていると、「窓を開けてもいいか」と訊いてくる。親切で人当たりが良くって温厚な私は笑顔で承諾し、その日は少々寒い思いをして過ごすことになった。最初はまあ、遠路遥遥の客人だし我慢もしなければならない。私は温厚である。
だが、日を重ねると、向うも遠慮なく無断で開ける樣になってくる。そして親切で人当たりが良くって風邪気味な私も無言の反撃を開始する。煖房のパワーを上げて遣るのである。ある時、「暑さ」に耐え兼ねたおっさんは、「君はあったかいのが好きなんだなあ」と、窓を開けたそうな眼で私に話し掛けてくる。なんだって? じゃあ其のセーターはなんなんだよ。態態寒くしてセーター着るこたあねえじゃねーか、え、あ、ちょっと待てコラ、開けるんじゃない。そして窓際の私にビュウーっと冷たい風が流れ込んでくるのであった。
それだけではない。鬼のいぬ間にと日曜日にきてみたら、電気は消えているが窓は全開。御蔭で室内で凍えて過ごすという日もあった。そうかと思えば或る曇天の日曜日、
「今日は寒いなあ。また窓開いてたら堪らんなあ」
と、思いながら出勤してみれば、窓だけでなく煖房も全開で入れてるじゃん。おいおい。
バトルは窓の開閉戦の外にも及んだ。「ソウル観光をしたいのだが案内冊子を貸してくれないか」と言う。温厚で親切な私は、笑顔で冊子を手渡し乍ら一瞬だけ手をさっと引こうかと思ったが止めて、「何処へ行くんだい」と、一定の形式に則った規律ある行為として尋くと、「君も一緒に来たいか」と宣ふではないか。厭だとは思ったが教育上宜しくないので、親切に一人で行くように勧めておいた。そして週が明けても冊子は戻ってこず、二週三週四週とたってからボロボロになった冊子が私の手元に残される事となった。どうして欧米人はどいつもこいつも背表紙がまっぷたつに折れる程に抑えつけてひん曲げたがるのか。無料の案内冊子といっても、腹痛で苦しんだ楽しい韓国生活の想い出に、祖国に持って帰ろうと大事にとっておいたブツである。そんな重宝な物は諜報活動の一環として、入国の際に空港で貰っておくのが旅行者の嗜みではないのか。まして英語が西欧並に通じる国でないとあっては猶更ではないのか。
少しサバイバル精神が足らないと思われるので、ここは一つ教育しておきたい処である。何しろ「これが俺の財布だ」と言っては鞄から裸銭をとりだす程に無頓着な奴である。或る金曜日の晩、焼肉を喰って焼酎呑んで酔っ払って仕事場に戻ってみると、16時には "See you again" と言って既に去った筈のおっさんが、20時なのに全く何事もなかったかの樣に平然と澄ましているではないか。而もエアコンの稼働音がする。冷房とは是如何に。いくらなんでもそこ迄する事はないんでないのか。ならば、致し方ない。ええい、本場の大蒜攻撃でもくらえぃ。うわっはははここは韓国だという事を思い知らせてやる。さてと残りの仕事を片付けねば。
敵が帰った後でエアコンを調べてみれば、結局冷房なんぞは稼働しておらず、単に窓が開いていて外のブーンという雑音が虚しく聞こえるのみであった。うむう。
そんなこんなで時節は12月も半ば。寒さも本格化し、池の水も凍り、水蒸気煖房装置の運転の季節が訪れた。最早、おっさんは降誕祭を前に母国へと帰ってしまった今、窓は確りと閉まっている。思えば大人気無いバトルであったが、そんな敵でも居なくなると寂しいものである。今までの事は潔く水に流そう。杉樽は泳がざるが如しと云うではないか。なんといっても私は温厚である。
それにしても春を迎えて今冬を回顧するに、えらく寒かったのだが、冷え込むという報道は終ぞ聞こえては来なかった。長いこと怪訝に思っていたら、なんと水蒸気煖房のバルブが閉まっておるではないか。そこまでするか。おっさーん。
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