第130話 「探検隊」
今回の我々の任務は、伝説の野人ナトゥーを追うことにある。全身毛むくじゃらで身の丈三尺もあり、神出鬼没で生態は全く不明。村人から神として畏れられているその謎の生き物の正体を見極めた者は未だ誰もいない。ミャンマー奥地から目撃情報が頻繁に寄せられた3年前、我々はナトゥー存在に確かな自信を覚えたが、このところ現地からの音沙汰が全くない。
果たして伝説の野人ナトゥーは実在するのであろうか。我々は疑念を払拭するために、本郷猛隊長率いる精鋭部隊をミャンマー山岳地帯へと派遣することにした。さしあたって事前の調査活動が必要だ。
確かな筋からの情報で我々取材陣はナトゥー公式ホームページを探し当てることに成功した。それに拠ると、鳴りを潜めていた筈のナトゥーが近々活動を再開するらしいとのことである。遂にあのナトゥーが動き出すというのだろうか。これまでの生態をとってみても、ロシア大統領選への出馬表明、ガラガラだった東京ドーム公演、生放送ドタキャン騒動など、その大胆な活動は記憶に新しい。それってタトゥーだろ。
日暮れ前にミャンマー山岳地帯に到着した我々一行は、まだ夕日のあるうちにキャンプを設営し、現地情報の収集にあたることにした。キャンプの近くには、ナトゥーを神の化身と崇めるナハズミ族の村がある。村人達の話によれば、この先の険しい峠を越えて吊橋を渡り、深い谷間を抜け、丸太が転がり落ちてくるという謎の坂道を登頂した者のみが、ナトゥーに出会えるのだという。そして長老は
「ナトゥーはとても我侭で獰猛な生物なのでこれ持ってけ」
と我々に一枚の紙を手渡しつつ、災いを避けるために御祓いをしてくれるという。有難い。
「はっはっはは」
それは御祓いでなくてお笑いだろ、という我々の突っ込みにも全く構わず、長老は友情の証にとスタッフから教わった「昼」という漢字をその紙に書き記し、念を籠めた。
果たして、これは一体何を意味するのであろうか。かなり気になるところだが然し、我々の目的は他にあるのだ。そんな紙片よりも早急に旅の疲れを癒し、作戦を練り、明朝夜明けとともにナトゥー探索へと出発せねばならない。我々の日程は限られている。一刻の猶予もならないのだ。一体何が行く手に待ち受けているのだろうか。
翌朝、探検隊は村人から教わった峠を越え、細心の注意を払いながら吊橋を渡ると、眼下には深い谷間が見える。村人が言った通りだ。ここに間違いない。谷間を抜けて霧の中を暫く進み、軈て視界が開けると、何とそこには雄雄しくも美しい大自然の山々が聳え立っているではないか。だが我々には山の風景を楽しむ余裕はなかった。足には既に見えない疲労が溜まっていた。人間達の侵入を許さない深い森に君臨する謎の生命体に、我々は遭遇することができるのであろうか。
するとその時である。丸田隊員が坂道を転げ落ちてやって来るではないか。「謎の坂道を見つけました」って、これが丸太が転がり落ちてくる謎の坂道かよ。丸田隊員の報告によると、坂道の頂上近辺には巨大な生き物のものと思われる足跡が発見されたらしい。そして、一緒に付近の探索に出かけた風見隊員が戻ってこないとのことである。
隊員を心配した本郷隊長は、謎の足跡を追って熱帯雨林の中へと突入していった。果たして風見隊員は無事なのであろうか。陽はもう落ちかけている。我々はキャンプを張り、隊長の帰りを待つことにした。
バサ。深夜3時。作戦本部テントの入り口を捲り上げる音がすると、意識朦朧の風見隊員を介抱しながら、本郷隊長が戻ってきた。
「何があったんですか、隊長。大丈夫ですか。何か飲み物でも入れましょうか」
「おお、頼む。あったかい紅茶。ブランデー垂らして。しっかりしろお、風見。大丈夫か」
「はいどうぞ」
「おおう、すまん。これで意識が戻ってくれるといいんだが。ごきゅんごきゅん。ぶはー」
「て、あんたが飲むんかい。隊長」
「おおう。気がついたか風見」
すると、風見隊員は開口一番、うわ言の様に謎の言葉を発するではないか。早くもナトゥーの情報をキャッチしたというのであろうか。風見隊員の倒れていた場所はナハズミ族の親戚にあたるマンダーライ族の村から然程遠くはない。果たして彼は、村人から何か情報を掴んだとでもいうのであろうか。その情報とは一体。そしてナトゥーはすぐ傍の闇の中に息を潜めているやも知れないのだ。
「昼…」
「何だ。もう一度、言うんだ。風見」
「あ、ひ、ひる…」
「家鴨か?家鴨がどうしたんだ。しっかりするんだ。風見」
「あ、ち、違う…。はあはあ。ヒ、ヒルとウジが…、丸で…、はあはあ」
「蛭と蛆と蛾の大群が、丸でナトゥーの様に襲って来たというのだな、風見」
「ち、ちがう。昼という字を丸で囲んで触角を描くと仮面ライダーっぽく見えるんだー。ズバッキッ。はあはあ」
「な、何だと。そんな馬鹿なあ。まさかあ。信じられない。結城、紙と鉛筆を持ってこい」
「はい。丁度ナハズミの長老から貰った紙がここにあります」
「おおう、昼だ。これを丸で囲む。で、触角を入れると…。おおー。確かに仮面ライダーっぽい」
「ていうか、これはV3ですよ。隊長」
何ということだろうか。我々は恐るべき現実を目の当たりにした。これがナハズミ族が崇めているナトゥーの正体だというか。だが、既に隊員たちは疲労困憊の上、今回の限られた予算ではここ迄の追究が限界である。隊長は解散を決意した。あと一歩のところでの解散は残念である。だが、隊員たちはナトゥー存在に一層の確信を深め、更なる探究心と闘志に燃え、彼らの顔は充実感に満ち溢れている。