第129話 「七色男」
困ったことが起きた。高校レスリング界で下町の黒豹の異名をとったタケシの必殺技が全く通用しないのだ。プロレスラーとの格差を見せつけられ、絶望の淵に立たされたヤマトタケシはレスリングを引退した堀田先輩のところへ相談に行った。
「俺の必殺回転落としが通用しないんです」
「はっはっは。あんなのは子供騙しだからな。俺も逆風車投げという得意技を持っていたが、プロになるには相手に刃物を持たれても掠り傷一つ負わない特殊な訓練と肉体が必要だ。」
「そんな人間離れした技なんて」
「インドに七つの顔を持つダイバ・ダッタという老人がいる。七色の光の中から現れ七つの超能力者に化身するという。腕に覚えのある世界中の格闘家が弟子入りを望んだが誰一人として彼の術を教わった者はいない」
「よし。俺が貰った。ダイバ老人の弟子になってやる」
「そうだ。余り役に立てないが、俺のドルを半額で譲ってやるから渡航資金の足しにしてくれ」
「先輩。有難うございます。」
「おおそうか。1年後のドルの落ちは未定だが変動相場になってからがんがん落ちてるからなあ。いやー儲かったよ。あ、いや、こっちの話。それはそうと印パ戦争の真っ只中なので十分に用心しろよ」
「はい」
然し、インド山中に遥遥とやって来たタケシは、早速パキスタン兵と間違われ印度兵によって射殺されて仕舞う。その時、七色の光球の中から現れたのが奇蹟の聖者ダイバ・ダッタであった。「東方の国日本から若い男が儂を訪ねて来るとお告げがあったが、儂が150年の間待ち続けていた運命の男かも知れん」と呟く老人。蘇生の呪文を唱えるとタケシは甦り、ダイバ老人の下で厳しい修行が始まった。
「儂の弟子になりたければ、お前自身の力でこの駄洒落を言えー。蒋介石の招待席」
「え。駄洒落。寒いよ」
「どうした。これぐらいの駄洒落が言えなくてどうする。儂の弟子になれば修行はもっと厳しいぞー。さあー、どうするのじゃ」
「よーし。それくらいの駄洒落ならちょろいもんだぜ。蒋介石の招待席」
「馬鹿もん。もっと捻りを入れろー」
「よーし。面白くない蒋介石のショー退席」
「面白くなーい。では儂の昔の職業を当ててみよー」
「ヨガの先生だったとか」
「馬鹿もーん。もっと捻りを入れろー」
「ダイバーだったとか…」
「それでよい。儂の生誕の地を当ててみよー」
「え。まさか…」
「驚くことはない。早く言ってみるのだー」
「お台場だった…」
「饗庭の読みはー」
「あいばだった」
「よかろう。わひのへひにひへやう」
「ああー。入れ歯だった!」
「駄洒落はもうよい。儂の弟子にしてやる」
「有難うございます」
来る日も来る日もタケシの修行は続いた。その厳しい修行は半年の長きに及ぶものであった。
「どうしたタケシ。もっと速くー」
「あう」
「腰をきめろー」
「はあはあ。もうー、こんな基礎訓練は終わりにしてくれないか。早く専門的な術を教えてくれー」
「よかろう。阿耨多羅三藐三菩提、アノクタラ・サンミャク・サンボダイ。んんっ、火焔の術。きえー。精神を統一して炎の道を、渡れー」
「無茶だよ」
「これくらいの危険を冒さずして、一つでも術が身につくと思うのか。渡れー」
「よーし。やってやらあ。いくぞー。あち、あち、あちぢ、あ゛ー」
「どうした。駄洒落を教えてくれと言ったのはお前の方だぞ」
「言ってねーよ」
「仕方が無い。今度は水遁の術じゃ。よいか。この滝壷の底に白い石がある。その裏側に文字が書いてある。それを読んで来い」
「はい」
もう何度潜ったことか。「弱音を吐くな。何度でも潜るんだ」とダイバの声に励まされ、遂に石を裏返すことに成功したタケシ。歓喜のうちに見た文字は、城井医師…。
「あれぐらいで気を失うとは何事じゃ」
「無茶だよ。俺は普通の人間なんだ。下らない駄洒落で溺れるところだったよ。魚にでもなれって言うのかい」
「その通り。水の中では魚に。空にあっては鳥に。土の中にあっては木の根に化身することこそヨガの術の極意。お前がここに来た目的はプロレスラーになること。然し本当の目的は妹の脚を治すことだった筈。それがいつの間にか己がレスラーになろうとばかり考えて駄洒落の虜になっておる」
「なってねーよ。おいらだって若いんだ。金だって欲しい。名も欲しい。それのどこが悪いんだ」
「お前は人間の真心というものを見失っておる」
「真心。そんなものが何になるんだい。金がなければ妹の脚は治らない。いつ迄たってもレスラーに必要な修行などこれっぽっちもない」
「ばかものー。まだ分からぬのか。儂について来い」
そこは崖の上であり、眼下には戦争で傷つき倒れた兵士達が転がっていた。老人は呪文を唱えた。
「オン・タタギャタ・ドハンバヤ・ソワカ。アノクタラ・サンミャク・サンボダイ。んんっ。かあー。どこも茸。いやいや、黄泉蛙ぅー」
ダイバの超能力で生気を取り戻す兵士達をみて感動するタケシ。そして、武器を取ろうとする兵士達を諭してダイバは言った。
「儂にとってインドもパキスタンもない。みんな同じ人間じゃ。己を慈しむ心は、即ち、相手を慈しむ心。争うでない。いくぞ〜。タケシ」
「待って下さい。お師匠さま」
タケシの呼び声も空しく、宙空に浮いた老人は言葉を残して消えていった。
これで教えることは何もない。あとは一人で修行するのじゃ。儂の命はもうじき尽きる。お前は夜明けとともに七色男となるのじゃ。己の欲を捨て、世界の人々の平和のために尽くす駄洒落の戦士。「とてもそんな力はありません」と返すタケシ。だが、老人は構わず最期の力を振り絞って続けた。
如来の力によって七つの超悩力を与えられる。ダッシュ1。漫才の話術の最高を極めた月の化身に始まり、ダッシュ2、炎の突っ込み。ダッシュ3、水の滑り。ダッシュ4、草木のボケ。ダッシュ5、黄金の乗り突っ込み。ダッシュ6、土の硬直。そして本体であるダッシュ7、太陽の駄洒落。七色男のエネルギーは5時間の寒いギャグの眠り。この時は死んだも同然。七色男の唯一つの弱点となるのじゃ。気をつけろー。さらばタケシよ。大連もいい都市でありますように。否、来年もいい年でありますように。
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