第58話 「将棋の時間」
「こんにちは。将棋の時間がやってきました。司会の奈津子フジノリです。今日はMHK杯決勝戦の模様を御送りしたいと思います。それでは対戦の御二方に抱負を伺ってみましょう。先ずは種川工事六段、如何でしょうか」
「昨年度は準決勝で犬山名人に破れましたので、雪辱したいと思います」
「はい、では犬山靖晴永世名人は如何でしょうか」
「骨抜きにします。種川だけに、種と皮だけ。なんちゃってー」
「はいはい。駄洒落も絶好調な様です。それではお二方には対局室の方へ移動して頂きます。棋譜読み上げは和歌原四段、秒読みは早柴初段、解説は加藤四五六七段にお願いしたいと思います。先生、宜しくお願い致します」
「はい、宣しく」
「先生、4567段ですか。凄いですねえ」
「ええ、昔から冗談でよく言われるんですけどね。加藤はいいなあ、初段の次はもう4562段だって」
「うふふ。何だか楽しそうですね」
「それはそうと、なっちゃん。今日の対局は見逃せませんよ。なんと犬山名人が目隠しをして戦います」
「そうなんですよねえ。これに対して新進気鋭の種川六段がどう戦うか。ほんと、楽しみです。それでは対局室の方へ中継です」
* * *
振り駒の結果、種川工事六段が先手、犬山永世名人が後手番となりました。持ち時間は五分、それを使い切りますと一分単位で合計十分の考慮時間がございます。それ以降は一手三十秒以内でお願い致します。尚、犬山名人は目隠しの為、口頭で指し手を指定して下さい。代理人が駒を動かします。では始めて下さい。…ピシッ。先手、7六歩。… グゥー、スヤスヤスヤ。グー、スヤスヤスヤ。め、名人、起きて下さい。ゆさゆさ。
「おお、すまんすまん。あんまり暗いもんで、つい眠ってしもうたわい」
「いいんですか、名人。持ち時間無くなりますよ」
「おお。その声は種川君か。もう始まっておるのか」
「その通り。早く指された方がよろしいかと」
「え、はいはい。じゃ、Dの4」
「なんですか、それは。囲碁じゃないんだから」
「ああ、そうか。すまんすまん。間違えておったわい。3四歩。バシイッ」
「何ですか、バシイって」
「え、いや。効果音」
「効果音は余計です。全く。口をきいて良いからといって、調子に乗らないで下さいよ」
「調子に乗っておるのは君の方じゃないのかね。種川君」
「な、何をおっしゃるんですか。目隠し対局だなんて名人が勝手に決めた事じゃないですか。私は目隠しなんてしませんよ」
「ははあ。さては、怖いんじゃろ」
「な、何を馬鹿な。私は正当なルールに従って…んん、め、名人、目隠しに目がっ」
「ん、これはどっきりシールじゃ」
「そんなもん貼らないで下さい。剥ぎますよ。べりっ。あ、穴が空いてるじゃないですか」
「それも、どっきりシールぢゃ」
「嘘つかないで下さい。本物の穴じゃないですか」
「そうじゃない。儂が言っとるのは、『ほうたいの血』じゃ」
「いい加減にして下さい。これも剥いじゃいますよ。べりっ。ああ、こっちも穴空いてるじゃないですか。もう」
「ゆうべ、寝不足でのう」
「それがどうしたんですか。もう三回目の考慮時間に入りましたよ」
「目に隅(くま)があるじゃろ」
「ええ」
「これがほんとの穴熊。なんちゃってー」
「はいはい。テープで塞ぎますね」
「つれないのう。そんな邪慳にせんでも」
「いじけて後向きに座らないで下さい」
「え、いや、先後のイメージが合わんもので、つい」
「もう好きにして下さい」
「こりゃどうも。ところで種川君。8二飛車から一旦、5二飛と振っておいて、また8二飛と戻る戦法を知っとるかね」
「完全に手損じゃないですか」
「ほほう。光速流も手が出ぬと見た。良いかな、これは大変な発見なんじゃ。八間飛車ぁ」
(… 一遍、脳梗塞で死ねや)
「あと、これは未だ思索段階なんじゃが、克服せねばならぬ障害が幾つかあって実戦テストを積まねばならんのじゃが」
「まさか四間目に振るんじゃないでしょうね」
「そうじゃが、なんで判ったんじゃ」
「試験飛車でしょ。名人の考えそうな事です」
「いいや、シケイン飛車じゃ」
「… 名人の手番ですよ」
「分かっておる。1一角打つ」
「ええっ。何でそんな所に角打つんですか」
「ふふ。これで5二金から4二、3二金と寄れば、穴角囲いの完成じゃ」
「王様を囲わんかい」
「何を言うか。これぞ最強の居玉囲いじゃ。名付けて穴角居玉戦法じゃ」
「もう何も言いません」
「ちょっと膝を伸ばしても良いかのう」
「どうぞ勝手に。んん、何やってるんですか。金鎚なんか出して」
「うむ。これがほんとの、かっけの棋士… 月下の棋士。なんちゃってー」
「… (この人、本当にやる気あるのかあ。先刻から駄洒落ばっかり言って。名人の持ち駒はっと)」
「ねえ、種川君、聞いて聞いて。メッカの棋士」
「聞いてないです…(よし、あとは6五桂と打捨てて、8三飛成りから7二龍と入れば優勢だ)」
「すまんすまん。昨日駐車違反で車持って行かれたもんで、景気附けにと思うてのお。これがホントのレッカーの棋士。なんちゃってー」
「いいんですか。そんな事ばかり言ってて(よし、7二龍が決まったあ〜)」
「ほほう。随分と余裕じゃのう、種川君。7二龍で決めた積もりじゃろうが、駒をようく見るがいい」
「… んん、た、瀧じゃないか」
「対局前に儂が差し替えておいた。左甚五郎の孫に彫らせた特注品じゃ」
「そんなもん作らせないで下さい。全く。名人の番です。さっさと指して」
「ん。じゃあ、7五歩打つ」
「はい、名人の負けです。二歩です」
「え、どうして」
「どうしてって、二歩と言ったら二歩ですよ。7三に歩があるじゃ…って、またですか。勘弁して下さいよ、どっきりシール」
「これで最後じゃから許して」
「はいはい。ところで名人、何で4、5、6筋の歩に釣糸なんかくっつけてるんですか」
「ああ、これ? ダンスの歩じゃよ。種川君の銀、死んでおるじゃろう」
「死んでないって」
「儂もこの対局の為に操り人形で特訓してきたんじゃ。目が見えなくとも自由に操れるぞ。ほうれほれ」
「そういうもんじゃないでしょ。ダンスの歩って」
「他にも箪笥の歩とか、笑点の歩とか、欽ドコの歩とかあるぞお。教えて欲しいか」
「いいえ。教えて欲しくないです」
「ちょっと目が痒いんじゃが、テープを剥がして掻いても良いかのう。これが本当の穴掻く戦法」
「構いませんが、終ったらまた隠して下さいよ。ルールですから」
「ふう。種川君も結構きつい事言うのう。股隠せって」
「違うでしょ。穴です。あなぁ」
「え、鼻隠せ? 穴が癖。穴被せえ。穴が臭せえ。間長くせえ。罠がくせえ。あら学生。尼学生。海女が苦戦。アンナが苦戦。芳賀が苦戦。歯が臭せえ?」
* * *
「先生、種川六段の様子がちょっとおかしい様な。大丈夫でしょうか」
「そうですね。早く指さないと時間切れになりますよ」
二十五秒。…六、七、八、九、十。規定により種川六段投了とみなします。後手5八龍まで、132手にて犬山永世名人の勝ちとなりました。
「どうしたんでしょうか、種川君。今日はかなり挙動不審ですね」
「種川六段、慌てて駒を摘もうとしたんですが、間に合わなかったみたいですね」
「それは変ですよぉ。なっちゃん。種川六段の持ち駒は無い筈ですよぉ〜」
「種川六段、何やら駒台を指差して猛烈に抗議してる模様ですが」
「ああ、そうか。シールに騙されたんですね〜。いやあ、これは一本取られましたぁ〜」
「先生、最後にコメントを」
「いやあ、鮮やかな勝ち手でした。どっきりシールと駄洒落のコンビネーションが決まりましたね。流石です」
「はい。皆様、お楽しみ頂けたでしょうか。優勝は犬山靖晴永世名人、惜しくも敗れました種川工事六段は準優勝となりました。来月からは犬山名人の駄洒落で憶える将棋講座も始まります。それでは、皆さん、さようなら」
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