第59話 「ライン冗話」
ドイツ観光といえば猫も杓子も「ロマンティッシャー・シュトラーセ」とりわけ一番人気のローテンブルグ・アン・デア・タールは絶対一度は行くべきという定説がある。
だが私は父親の教育の甲斐あってひねくれ者に育ったので、ドイツ人でも案外知らないシュベービッシュハルとか、ヒルデスハイムの「白い蝶巡り」など古びた建築物が実に美しいマイナーな村が好きであったりする。特に五月は水と緑と城のトライアングル・アタックが冴え渡る時期。萌える緑を背にして紺碧の川面に燦然と映え亘る、古びた茶煉瓦の城下街は必見である。例えば、マイン川の真珠ミルテンベルグ、連合軍の大空襲から破壊を免れたネッカー川の真珠ハイデルベルグ、モーゼル川の真珠ベルンカステルやコッヘム。これらを見て感動しない者は、船に乗って江戸城から出動してきた萬屋錦之助扮する「破れ奉行」こと早見右近の裁きを受けるであろう。ほれ、言っているではないか「人間じゃねえ!叩っ切ってやる!」と。
ミッターライン(ライン川中流域)も忘れてはならない。川幅がでか過ぎな所為でミルテンベルグやハイデルベルグの様な洗練された繊細な美しさには及ばないが、この地域には沢山の観光ポイントがあり、五月の陽気の中を歩けば存分に自由を謳歌できるであろう。五月病の時には緑溢れる沿岸の村々を巡れば、ムラムラっときて陰鬱な気持など「布団がふっとんだ」という気分にさせてくれる。行き交う観光客の笑顔、街頭に響き亘る陽気な音楽とカラフルな衣装が織り成す活気。美味しい鳥獣料理。視線を上げれば緑に浮かぶ茶色い古びた城館と、葡萄畑の中にポツンとある素朴な城砦。そして丘の上から眺める美しい景色と澄んだ空気が心を洗う。川の水は汚いが。
このミッターライン、上流のマインツ(Mainz)から下流のコブレンツ(Koblenz)迄の約50粁の間には橋が無い。人も自動車もフェリー船に載って対岸へと航る。上流から下流に向かって右岸にはリューデスハイム(Ruedesheim)、アスマンスハウゼン(Assmannshausen)、カウプ(Kaub)、ザンクトゴアスハウゼン(St. Goarshausen)、ブラウバッハ(Braubach)、ラーンシュタイン(Lahnstein)が、左岸にはビンゲン(Bingen)、トゥレヒティンクスハウゼン(Trechtingshausen)、バハラッハ(Bacharach)、オーバーベーゼル(Oberwesel)、ザンクトゴア(St. Goar)、ボッパルト(Boppard)、コブレンツ、と色々な駄洒落ポイントが顔を並べる。「牛が屁を放いた。カウプー」だとか、白髪染めには「ビンゲンへアカラー」だとか、アスマンハウゼンに至っては邦訳すると「尻男の家」である。何なのだ。それは。
のんびりと遊覧船から眺めるだけの旅も一興だが、教会や城などは入館して制圧したい向きには大いに不満が残る処である。そこで全く参考にはならないが、私の編み出した「ドイツ鉄道周遊券元取り日帰り大作戦」を紹介してみたい。周遊券は特急にも乗り放題の一日券が10回分で使用期限は一箇月。拠点からの日帰りにすれば余分な宿代は不要。だが、我家はフランクフルトまで50粁しかないハイデルベルグ。単純に上記の村々を往復するだけでは採算が取れないので、もっと遠いモーゼル方面も含めて遠征する。見応えあるモーゼルは良い。だが、コブレンツより更に下流域は工業地帯であり、目玉の大聖堂だけでは勿体ないケルン、昔行ったら閉まっていたアーヘンの管主教会、余り興味はないが元暫定首都のボン、ドイツの中の日本と呼ばれるデュッセルドルフも義務と思って泣き乍ら消化する。
これでも全然元は取れてないので、更に全然方向が違うけどメジャーなディンケルスビュール、ネルトリンゲン、マイナーなルートビヒスブルグ、メスペルブルン、ジグマリンゲン、リンブルグなどを採り入れて、計6回分の日帰りメニューを組む。これで元は取れているので、残り4回分は好きにすればよい。
実行に於いては、効率的に回る為に最遠の目的地へ朝一で到着しておき、同岸の村を巡って上流方向へ戻って来るという戦術をとる。時刻表から各地の予定滞在時間を予め決めておくのは言うまでもない。城と呼ぶには少々図々しいカウプの中洲に浮かぶプァルツ城や、館内見学不可のものは車窓から眺めるだけにする。1日の往復で二回も拝めるし、ライン沿岸を何回も通るので回数だけは自慢できるのである。要は観賞時間×回数=総合時間が同じなら良しとする考えである。だが早朝の川霧で殆ど視程のない窓の外を、通勤者に囲まれて一人凝視している姿はかなり間抜けである。
結果、リューデスハイム、ビンゲン、ブラウバッハのマルクスブルグ城(Marksburg)、ラーンシュタインのラーンエック城(Burg Lahneck)、トゥレヒティンクスハウズンのライヒェンシュタイン(Burg Reichenstein)、
バッハラッハ、ザンクトゴアのラインフェルス要塞(Burg Rheinfels)、シュトルツェンフェルス城(Burg Stolzenfels)をじっくり観て回る事が出来た。而も城内で躓いて図らずもクルクルと自転する姿を衆目に晒すというおまけ付き。それと、シュトルツェンフェルス城はコブレンツからバスで行くのでドイツ語が必要だが、聢り一駅乗り越して歩いて戻って来たのは秘密である。オーバーベーゼルのシェーンブルグ城(Schoenburg)他2城も見たかったが、余り遊んでもいられないので断腸の思いで次回に残しておく事にした。次回っていつだよ。
締め括りにあたり、地形的なスポットにも言及しておきたい。まずはローレライ。大層な名前だが徒の崖、一個の巨岩だという。古代巨石建造物をメガリス(Megalith)というが、この場合は自然物だし巨人が腰かけた伝説から「メガ椅子」と呼びたい。でも矢つ張り徒の崖なので、私はこれをコペンハーゲンのリトルマーメイド像、アムステルダムの小便小僧に加えて「世界三大がっかりスポット」と呼ぶことを提唱する。
もう一つは「Boppard の大湾曲」である。これは凄い。英訳するならメガミャンダー(Megameander)と称するのが相応しい。ミャンダーとは川の曲がりくねりを意味し、転じて漫談、漫歩をも表す言葉である。沿岸を走る電車に乗って見ていると、大きな川が急カーブを描いて180度旋回する様は圧巻である。なにしろ右手の窓に見えていた川が左手の窓に大きく転回…、いやいや転回するのは川ではなくて太陽である。
そういえば昔、大洋ホエールズに漫談の好きな放浪癖のある大変身軽な選手がいた。その名はミヤーンだあ。
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