第57話 「囲碁の時間」
「こんにちは。囲碁の時間がやってきました。司会の宇根澤由香里です。今日はMHK杯決勝戦の模様を御送りしたいと思います。それでは対戦の御二方に抱負を伺ってみましょう。先ずは石鯛芳夫九段、如何でしょうか」
「昨年度は準決勝で本因坊に破れましたので、雪辱したいと思います」
「はい、では王銘案本因坊は如何でしょうか」
「昨年は師匠から、テレビ中継で駄洒落の一つも言わんかと叱られたので、一発いきます。鯛の尾より儂の頭です。なんちゃってー」
「はいはい。それを言うなら『鯛の尾より鰯の頭』ですね。それではお二方には対局室の方へ移動して頂きます。棋譜読み上げは那珂澤彩子四段、秒読みは酒に酔って暴力事件を起こして段位剥奪となった大囃子永世一級、解説は先日、日本に帰化なされましたマイケル・霊怒主水九段です。霊怒主水先生、宜しくお願いいたします」
「よろしく」
「先生は中学生の時に、非業の死をとげた平安時代の貴族の霊がひょいっと憑依したのが切っ掛けで、プロ棋士になられたんですよねえ」
「ヒカルちゃん、それ、漫画の読み過ぎじゃないの。本当は江戸時代の仕事人の霊です」
「もう、先生こそ漫画の見過ぎです。私はヒカルじゃなくって、由香里です」
振り駒の結果、石鯛九段が先手番黒石、王銘案本因坊が後手番白石と決りました。持ち時間は五分、それを使い切りますと一分単位で合計十分の考慮時間がございます。それ以降は一手30秒以内でお願い致します。では始めて下さい。…ピシッ。黒、Dの16。…パシッ。白、Qの4。…ピシッ。黒Qの16。…パシッ。白、Dの4。…ビシッ。黒Kの16。…バシッ。白、Kの4。
「先生、なんか単調な気がしますが」
「そんな事はないですよ。お互い三連星の布石ですね」
「先生、三連星というのは」
「碁盤(参考図)を見て下さい。例えば白がD4、K4、Q4の三つの星に並べて打ったとします。これを三連星といいます」
「先生、変なものが混じってますけど」
「え、ホントだ。変わった白石ですねえ」
「石じゃないって」

「それで、黒い点が星。線を端から一間、二間と数えます。ラーメン屋は一軒、二軒と数えますね」
「先生、音声ではわかりませんよ」
「それで、一間空けて打つ事を、一間飛びといいます」
「そうですよねー。二間空けて打つと、二間飛びですよね」
「そうそう。眉間に皺を寄せてジャンプする事を、三間跳びと…」
「言いません」
「それから二間飛ぶけれど、一つ線をずらして打つのを桂馬といいます」
「将棋と同じですよね」
「他に、桂馬なんだけど三間飛ぶ場合を、大桂馬。星を起点に飛ぶ桂馬を、星飛雄馬といいますね」
「言わん言わん」
…石鯛九段、持ち時間を使い切りましたので、これより一回めの考慮時間に入ります。…30秒。…50秒。…六、七、八、九。石鯛九段、二回目の考慮時間に入ります。
「黒、随分考えこんでいますが、どうするんですかね。Kの15と中央にノビるのが定石ですが。これに対して白はHの4と一間開き、黒Lの16と固めて、白もKの5とノビてきます」
「先生、そんな定石ありましたっけ」
「何を言ってるんですか。勉強不足だよ。由香里ちゃん。見て御覧なさい」
「あ、先生の言った通りの展開になって来ましたあ」
…石鯛九段、八回めの考慮時間に入ります。
「途中、捨て石も打ちますが、基本的には自陣の方から厚みを付けて中央へ盛り上がってゆきます」
「あ、本当ですね」
…王本因坊、持ち時間を使い切りましたので、これより考慮時間に入ります。
「両者とも考慮時間に入りました。先生」
「石鯛九段、時間を使い過ぎるのがちょっと気になりますが。中央のシチョウを気にし過ぎると良くないですよ」
「先生、これはシチョウアタリですか」
「いえ、まだ判りません。ですが、筋を間違えない様にしないといけません。アタリにする石をしっかり読んで、シチョウを外さないと駄目ですよ」
「そうですね。狙いをしっかり定めないと失敗しますからねえ。視聴者の皆さんも、シチョウには十分気を附けて下さいね」
「そのとおり。特に、市庁舎の視聴者の皆さんは、栄養失調の市長の出張には充分気をつけて下さいね。もし、ちょっとでも古市長のフルシチョフとフル出張の幹事長とが何しちょったら…」
「いつまで続けるんですか」
…石鯛九段、最後の考慮時間に入ります。…50秒。…六、七、八、九。石鯛九段、考慮時間を使い切りましたので、これより一手30秒となります。…10秒。…20秒。…六、七、八。ピシッ。黒、Eの4、カスメツケ。
「先生、今のはコスミツケでは」
「いいえ、掠めたのでカスメツケです。いい位置にツケました」
「どういう事でしょうか」
「ここからアテて、曲りで押えていけば黒、優勢ですよ。この手筋はアテて逃げるので、当て逃げといいます」
「そんなあ。本当ですか」
「本当です。そうそう、アテてマガってっと。あ、外した。黒、外しました。惜しい」
「手が滑べったんでしょうか」
「いやいや、白の厚みに圧されたんですね。いやあ、今の白の手は気付きませんでした。いい手でした。銘案だけに名案」
「いい加減にせえや」
「いやー、これは痛いですよお。白からの反撃が厳しいですよお。因みに私も痛いです。何でこんな所にフライパンがあるんですか」
「かろうじて一間めに残りましたが、ほんとぎりぎり綱ワタリですね。風が吹けば飛ぶ様な感じです」
「この石を落されると黒、左辺の拠点を失います」
「どうするんですかね」
「あっ、ええーっ、投了ですか。これは意外や意外。詰んでますか。え、あれれ。詰んでますよ」
「先生、将棋じゃないんですから」
「黒、もうちょっと粘れると思ったんですが、矢つ張り老眼では厳しいのでしょう。いやー、石鯛九段、残念でした。銘案だけに明暗を分けました」
「はいはい。感想戦が楽しみなところですが、放送時間も無くなって参りました。先生、どうも有難う御座いました。皆様、お楽しみ頂けたでしょうか。優勝は王銘案本因坊、惜しくも敗れました石鯛九段は準優勝となりました。以上、MHK杯御弾き選手権の模様をお伝え致しました。それでは皆さん、また来週」