メインコンテンツへスキップ

第63話 「探偵ごっこ」

    我らは二組に別れ、先発組が仕掛けた秘密の手懸りを頼りに、後発組が宝物を探し当てるという遊びを開始した。宝物といっても只の空缶だったりするのだが、要は予め談義で決めておけば何でも良いのである。手懸りには探偵セットのアイテムが活用された。先発組はしんたくんが年歯も行かない弟達を統率し、溜り場の原っぱを30分前に出発。対する後発組のメンバーは、みつを君と私と「山ちゃん」こと山口君である。

    後発組の方が断然楽しいと思い勝ちであるが、先発組にもそれなりの楽しみがある。何しろ秘密であるから手懸りを残している処を目撃されてはならないし、人目につかぬ様に、それでいて後発組の目に止まる様にせねばならない。「自然に大膽にこっそりと」と矛盾しているのが楽しい所以であり、結構笑いながら手懸りを仕掛けてみたり、後発組の後から追いて行ってヒントなんぞを出して後発組を嘲笑う事も出来る。謎謎に譬えれば、出題者の楽しみ方である。

    いつもは15分程度で戻って来る筈の先発隊だが、中中帰還して来ないのに業を煮やした我々は、30分経った時点で追跡を開始した。原っぱの外れに来ると早速、手懸りらしいものが発見された。積石や結んだ草でメッセージを送るボーイスカウトで習うあれである。よく少年雑誌にも登場していたので、その意味を正確に知る者は皆の憧れの的であった。頭の弱い私にはさっぱり駄目であったので、ここは専門家の山ちゃんの任務である。どうやら半径三メートル以内に危険があるらしい。一体何が危険なのか全く意に介さないで足を踏み出そうとすると、みつを君が「危ない、よけろ」と叫ぶではないか。危うく犬のうんちを踏みつけるところであった。

    難を遁れた我らは、原っぱを抜けて電柱の前に到着した。昔から電柱はメッセージを残す定番の場所である。幼児が描いたらしいへたくそな絵の貼紙を調べれば、来週盆踊り大会があるらしいが我らの関心は他にある。おお、あったぞ。我らの見つけた物。それは探偵アイテム其の一「尾行用極秘通信シール」である。簡単なイラストで「右へ曲がれ」とか「左へ曲がれ」「前を見よ」「後ろを見よ」「一時間後に待つ」「待機せよ」「危険」と書かれた、はっきり言ってそのまんまの極秘でも何でもない徒のシールである。電柱に貼られた指示は「左を見よ」であった。早速、我らは左手の壁に視線を投げた。白いコンクリートブロックに、消し墨で大きく「バカ」と書かれた落書きが目に入る。くそぅ。だが落書を具に調べてみると「バカ」の端の方に小さく矢印が添えられており、その先を見遣ると怪しい線が引かれているではないか。おお。我らはそれに沿って進む。

    交叉点に辿り着くと、今度は路面にチョークで矢印が描かれている。早速それに沿って進んでみるが、奇妙なことに何やら短い線と長い線が出鱈目に引かれている。路面へ書くにはチョークの消耗が激し過ぎるので節約したのだろう、と思いきや、山ちゃんがこれはモールス信号だ、と言うではないか。
    「なんだ、その猛烈信号というのは」
    「ちがうってば、ノー留守だって」
    と、事態の呑み込めぬ私とみつを君とが天然惚けを噛ましていると、山ちゃんは徐に探偵手帳を開いて信号解読にあたるのであった。
    「…は、…ら、…へ、…つ、…た。繋ぎ併せると、腹減った」
    だー、なんだそれは。

    信号解読を終えて周囲を観察すると、道外れの広場に向けて一本の線が引かれているのを発見する。辿って行くと終端には一本の樹があり、その辺りを捜索すると、二枚の白紙と十円玉が一つが発見された。ここで探偵アイテム其の二「文字が出たり消えたりするペンセット」を取り出し、文字が出るペンを使う。だが残念な事に、一枚目は只の白紙であった。二枚目を塗ると、今度は首尾よく文字が浮かび上がる。成功だ。読んでみると、何と吃驚する事に「はるちゃは院京さんが好き」と書かれておる。馬鹿もーん。何だそれは。確かに好きだったけれども、探偵ごっこと如何な関係があるというのだ。恥しいので消せるペンで消しておく。証拠湮滅は探偵の嗜みである。

    他に手懸りはないものかと途方に暮れて宙を見上げていると、何やら樹上に一枚の紙片が認められるので登って捕獲する。日中の暑い最中に運動した所為か喉が乾いたので、先刻の十円玉で一本五円のアイスクリームを二本購入し、渇きを潤す。当りが出たらもう一本貰えるのを当て込んで、みつを君の説得により山ちゃんは溜飲することとなったが、当りは出なかった。嗚呼、哀れなり山ちゃん。一本五円というのも可成りな額であるが、因みに当時私は月に五十円貰っていた。五十円だぞ、こら、そこの糞餓鬼。んん、誰だ、袖を突くのは。何何?儂は二十円だったって?すまぬ。弟よ。

    扨そんな事より、先刻の紙切れには「かくれ家で松。ヒントはマンホール」と、書いてある。「松」は「待つ」の暗号としても、はて、隠れ家とは一体。而も略図には十円の絵があって「あとで十円返せ」と記されておるではないか。やられた。見なかった事にしておこう。幸いにして水に溶ける紙なので、小水を掛けて証拠を湮滅しておく。

    三人で連れションをしていると、向こうに察の巡回車がちらと見えたので、顔を見られてはやばいと思い変装する。探偵アイテム其の三「変装セット」が役に立つ時がきた。ホクロや付け鬚や傷跡のシールを顔に貼って変装する。万全を期して服も交換する。だがそんな事をすれば目茶目茶怪しいに決まってんねんなのであるが、当人達は真剣そのものである。ある時などはみつを君のお母さんに見つかって
    「みつを、もう帰りなさい」
    「僕、みつをじゃないもん」
    「何馬鹿な事やってんのよ。べりっ」
    「ちぇ、何でわかったの。完璧な変装だったのに」
    という会話があったくらいである。

    扨、小水によって紙も溶けてしまった事だし、近辺のマンホールを一つ一つ当たってみる。鉄蓋に「西の方角」というシールが貼ってあるのを発見するや否や、みつを君が「こっちだ」と指を差して我らを誘導する。流石隊長と思いきや、山ちゃんが「そっちは東だよ」と叫ぶが、みつを君は自信満々に「こっちに空き家がある。隠れ家はそこに違いない。屹度、西と東を間違えたんだ」と喋る。成る程と、みつを君の至極尤もらしい推理に我らは納得し、空き家を目指して進軍する。

    五分ばかりして空き家に到着し、侵入早々彼らの名を呼んでみても何の反応もない。「とりあえず宝だ」と、土足の儘上がり込み、押入を開けたり、天井裏へ這い上がったり、畳を捲ってみたり、衝動に駆られて障子にライダーパンチを繰り出したり、襖にライダークロスチョップを噛ましたりと、本来の目的を忘れて大暴れしていると、勝手口の方から「こらーっ」と、腹巻をした恐そうなおっちゃんが闖入して来たので、我等は「うわあっ」と吃驚の声を上げ、慌てて逃げる始末である。

    その頃先行隊は、西の方角にあるしんたくんの家で、家族盤ゲームに興じているのであった。

       【前を読む】    【目次へ戻る】    【次を読む】


     
     
    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

    あなたへのおすすめ