第62話 「刑事板」
私の名は安浦一之助。山手中央署に勤務する窓際刑事だ。住所は郵便番号 156-0044 東京都世田谷区赤堤 6-2-11。エリ、ユカ、ミカの三人娘がいる。世間では「はぐれ刑事純情派」などと呼んでるみたいだが、あれは仮の姿。テレビで本当の姿を暴露してしまっては、現実の捜査に支障を来してしまう。本当の姿は、闇の仕事人、じゃなくって謎謎刑事である。え、謎謎刑亊の謂れかい。あれは十年前の事だった。私は六本木で発見された謎の他殺体の犯人が判らなくて途方に暮れ、何時もの様にカフェバア「さくら」に足を運んでいる途中だった。
「ああ、今日も来ちゃったよ。入ろかなあ。よそうかなあ。今月はもう五万も飲んじゃったしなあ。でもママに会いたいしなあ」
「へへへ。どうしちゃったの。中年のおっさん」
「むむ、怪しい奴。何者だ」
「ぼく、ドラエムン。友達の野火太君が静香ちゃんと結婚して、家を追い出されたんだ」
「友達を追い出すとは、ひでえ事しやがるな。で、その野火太とかいう輩は今何してるんだい」
「会社入ってもう十年経つんだけど、あんたと同じ窓際だよ」
「う、うるせえな」
「刑事さん、犯人が判らなくって困ってるんでしょう。とっても親切で良い人の僕が助けてあげよう」
「嫌味な奴だな。それに、おめえさんヒトじゃねえだろっ」
「あ、そう。残念だなあ。とっても有力な情報があるんだけどなあ。じゃ、さよなら。スタタタター」
「あ、こら、待て。いや、待って下さい」
「え、五萬円くれるって言った」
「言ってねえよ」
「あ、そう。じゃ、バイバーイ」
「あ、ちょ、ちょっと。払うよ。払うから待ってぇー」
「ありがとう。毎度ありぃ。じゃ、刑事さんにコレあげるー」
「何だい。こりゃ」
「けいじばーん」
「え、掲示板かい。そんなもんいらねえよ」
「違うってば、刑事板だよ」
「何下らねえ事言ってやがんだ。逮捕するぞ。こら」
「ああ。もう。駄目だなあ。頭硬過ぎだよ。頭柔らかい人じゃないと使い熟せないんだからね」
「こんなもん使い熟したって犯人が捕まる訳ねーじゃねえか」
「だからぁ、カキコするんだよ」
「ああ゛、何が柿子だ。訳分かんねえ事言ってんじゃねえぞ。それにガイシャの名前は晶子だ。こら」
「痛いなあ。殴らなくたっていいじゃないか。訊きたい事を書き込むんだよ」
「何でえ。それで犯人が判るってえのかい。からかってるんじゃねえだろうなあ。この猫人間め」
「猫人間は余計だよ。もう説明してやんないよ、おっさん」
「あ、すまんすまん。じゃ、早速。『犯人は誰ですか』っと。カチッ」
「あ、刑事さん。名前書かずに送信しちゃ駄目じゃん」
「おお、そうだったな。ははは。慣れないもんで。んじゃ、もう一回っと」
「駄目だよ」
「え、なんで」
「書き込みは一日一回迄だよ。さもないと書き込み禁止になるよ」
「随分しけてるじゃないか」
「だって世界中の刑事さんが書き込みに来るからね」
「へえ。そんなに流行ってるのかい」
「そう、だから、最初に挨拶して、きちんと事件の経緯を説明しないと管理人も訳解んないし、無視されちゃうよ」
「そりゃ、そうだな。明日出直すとするか」
「じゃあ、頑張ってね。柔軟な発想だよ。忘れないでね」
「ああ、どうも。ありがとよ」
そんな次第で今や刑事板は私にとって大事な秘密の商売道具。最初は可也使い方に戸惑いを覚えたが、今では柔軟な発想を駆して事件解決の有力な情報源になっているのだ。先月の事件も刑事板の御蔭であっさりと解決したばかりだ。だが駄目刑事を演じるのも中中、骨が折れるわい。あ、田中(課長)が見回りに来やがった。
「あれ、中村さん。まーた掲示板なんかで遊んでるんですか。さっさと尋き込みに出かけなさい」
「わたしゃ中村じゃないですよ。安浦です。間違えないで下さい。課長、この謎謎なんですがね…」
忘年会は皆みんな大参加よーって言ってたのに、金曜日に行ったら一人も来てなかったよー。なーんでかっ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。なーんでかっ。
「ありゃま、今ごろ忘年会だなんて、なんて季節外れでセンス無いんでございましょ」
「でしょ。私もそう思ってたとこなんですよ。いやあ、課長とは気が合いますなあ。ははは」
「ま、中村さんと気が合うなんて。縁起でもないですわ。あー、やだやだ」
行っちまったぜ。まあいい。これは先週の書き込みに対する返信だ。垂れ込み情報で容疑者は金大地、鈴木大地、家屋敷大地の三人に絞られてるんだ。一番怪しいのは金大地なんだが、奴が犯人だとするとガイシャの死亡推定時刻と可能な犯行時刻とが、どうにも一致しねえ。一体何時殺害されたのだと思って先週「犯行日は何時ですか」と、書き込んだって寸法だ。そして謎謎の答えは第三火曜。
だが、そうだとすると益々わからねえ。この日の金大地にはアリバイ証言がある。で、三日前に「犯人は誰ですか」と、書き込んでみた。その返信がこれだ。
犯人は探偵の名前なんだけど、鍵を斜めに挿す癖があるんだよーっ。なーんでかっ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。なーんでかっ。
ほうら見ろ。探偵の名前、金田一、やっぱり金大地じゃねえか。だがどうにも解せねえのは、奴が鍵を挿すのを観察したら、然りげなく真直挿しやがる。記帳面な奴だ。大地と大中を聞き間違えたかなあ。金大中。ってまさか、外国の大統領が犯人な訳ねーよな。そこで別の角度から攻めてみようと思って、昨日は「犯行の動機はなんですか」と尋ねてみた。これが返信の謎謎だ。
デッドボールを胸に受けて心臓が苦しかったんだけど、審判が差し出した薬を飲んだら治っちゃったよーっ。それはそれは一体何だったかわかるかなーっ。わかるかなっ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。なーんでかっ。
全く、ジャンジャカは余計だっちゅうの。このなぞなぞは簡単だ。球審だから救心だ。だが、何で救心が犯行動機になり得るんだ。救心…、急進派から攻撃を受けて求心力を失った大統領の逆怨み…、いかんな。金大中から一度離れて国内に目を向けるべきだな。と言うか、そもそも容疑者じゃないって。急進派から攻撃を受けていた代議士はというと…、んん、そうか。代議士秘書の家屋敷大地か。第三火曜日の奴の行動はっと、自宅でビデオ観賞。何だ、アリバイ証言は代議士じゃねえか。くせえ。連んでやがるな。だが、どうしてこいつが探偵の名前なんだ。こいつも鍵を真直挿しやがるのは確認済みだし。
私は殆困って「さくら」に足を運んだ。それとなくママから謎謎の答えを訊き出すためだ。謎謎の御蔭で会話も彈んで楽しいし、全く刑事板様様だ。「それって、シャーロック・ホームズじゃないの。鍵を斜めに。斜めに鍵を。斜めにロック。斜あロック。シャアロック・ホームズぅっ」
成る程そうか。ホームズは家の複數形。家と屋敷で家屋敷か。そういえば今日は未だ何も書き込んでなかったな。私はタクシーを拾って急いで署に戻り「犯人は家屋敷大地ですね」と、書き込んだ。11時55分。ぎりぎりだ。これで今夜はぐっすり眠れそうだ。
翌日である。出勤してどんな返信があるものかと、期待に胸を膨らませて刑事板を覗いて見る。図星なら謎謎はもう返信されず、私の書き込みは削除されている筈だ。以下のメッセージを残して。
「中村さんへ。プライバシーの侵害にあたるのでこの書き込みは削除しました」
だから中村じゃないってば。
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